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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
宝石の旅路
312/443

311 餞の杯 sideフィーネ









海岸の大岩のそばで、赤い月を見ていた。


最長老には「アルを貰い受ける」などと言い放ったが、実際にはこんなに嫉妬深かった自分を発見して、アルに嫌われないだろうかと戦々恐々としている。だが、もう仕方ないと思った。


まるでオスカーへの想いがわかっていなかったリアのようだよ。ナディヤの長い期間の深い想いも見てきた。ニコルの真っ直ぐな愛も見てきた。そして思い返してみれば、恋とはこんな風に、醜い想いも抱えて、卑小な自分を叱咤しながらも苦しい道を歩くものなのだと、彼女たちは見せてきてくれた気がする。


ふふ、アルが好きだと思うこの気持ちが、本当に愛や恋なのかなどと悩むのは時間の無駄だね。ぼくがここ数日、アルに隠れてこそこそと金糸雀の里を徘徊していることが、もう証拠のようなものじゃないか。


アルの熱い心を浴び、目が覚めた。


アルを知りたいと思い、気持ちがグラグラになり、金糸雀の里を徘徊して。


最長老の言った通りだよ、愛しているかなど、思い返してみて初めてわかるのだから。アルにきちんと伝えて、それから始まるのだから。






丘の上で、シャリン、という音が響く。


始まったか…透明化と気配遮断でほんの少し鈍るのは仕方ない。なるべく感覚を研ぎ澄ませ、五感全てでカナリアの頂点を味わえ。この偉大な人生の幕引きを聞くことをありがたく思い、神経を極限まで集中する。


高いのか、低いのか、わからないほどのシンフォニーが極小の世界で震えている。旋回し、渦を巻き、どんどん力を取り込んで、力を増していく光の粒。小さく囁き、小さく応える。小さく口ずさみ、小さく追いかける。


ああ、ニコル。ここにもあったよ、正のスパイラルが。とんでもない光のスパイラルさ、繋がって、ひとつになって、力を増幅させ、空へ飛び立つ準備をしている。



大河よ、この魂はあなたと共に

タラニスよ、魂の言祝ぎを捧げ給う

大河よ、この魂は全の歯車

タラニスよ、魂の安寧を導き給え



シャリン、と音が響く。


次の瞬間、全ての力を爆発させたかのような衝撃波がぼくの体を襲う。は…はは、数年前にぼくは空の神タラニスへの祈りの歌をここで聞いたが、パワーがまったく違うではないか…っ


最長老ミロスラーヴァの力は、まさに今日が最大値ということか。ぼくは立ちのぼる光の柱を見た。その混じりけのない純粋な祈りを頬張る。天上の甘露でできた雲を味わうように。するりと舌先で溶けてしまう儚い甘露は、人知を超えた滑らかさだ。温かい霧のように。極限まで薄いオーガンジーのヴェールのように。



流れる空よ

          瞬く星よ

母なる大地よ

          生けるものどもよ

根源たる太陽と、その妻の月の名の元に

          闇を祓え、光よ集え

召しませ 召しませ 大河に還る御霊を受け取り給え

          大河に還る御霊を受け取り給え




ァァァァアアア…という地の底から湧きあがったかのような声が幾重にも重なり、ぼくの体内を沸騰させる。祈りとは…人の祈りとは、こんなに全てを超越できるのか。脳裏に浮かんだ全ての者の幸福を、こんなに強く願えるのか。空へ、大地へ、太陽へ、月へ。全てに祈りながら、自らをさらけ出す勇気。その人生を代償にしてまで願った、周囲の者の幸福。





ねえ、アル。


君はすごい御仁に惚れこんだものだ。


完敗さ、参ったよ…





しばし、高潔な魂への鎮魂の祈りを捧げる。最長老の御霊を受け取ったらしい満月はすっかり小さな普通の満月になっており、空へ還ったんですねとなぜか安堵した。ぼくは何の神も知らないけれど、でもタラニスよ、できるならぼくの願いを聞いてほしい。


アルが愛した彼女よ、どうか安らかに。

アルが惚れた最高の女よ、どうか安らかに。


ぼくの恋敵よ…どうか安らかに。






*****






今日はアルに会ってはいけない、と思った。だけど、すぐに猫の庭へも戻りたくない。ぼくはどうしても「納得」するために、完全に一人になりたかった。


一応アルの位置を確認すると、里を出たところでダンさんと一緒にいるようだった。…アルは、今晩眠れるだろうか。アルの心が壊れませんように、傷つきませんようにと、タラニスへの祈りを追加しておいた。…はは、こんな簡単に願ったくらいではタラニスへ届かないかな。


さて、では行こうか。


ニコルへ接続。気配遮断だけだが、まあいいだろう。守護くん、申し訳ないが里から見えない場所で高度を取ってくれないかい?ゆっくりでいいのでね。


( 是 )


里が見えない程度まで飛び、高度もかなり上げてもらった。視界には木も山も見えず、一対一で月と対峙する。立ち上ってスゥッと息を吸い、叫んだ。



「アルを悲しませた女になど、渡すものかあああああ!」



懐から杯を二つ出し、もう一つ守護くんにテーブル代わりの盾を出してもらう。米酒を注いで、チン、と杯を鳴らして片方を飲み干す。

カーッ!!と喉を焼くような熱さとフワリとした芳香が湧きあがる。最長老は酒が好きなのか嫌いなのかも知らないけれどね。死者への餞といえば酒でしょう!



「アルの心痛を思い知れえええええ!」



もう一杯米酒を注ぎ、チン、と最長老の杯を鳴らしてから飲み干す。



「アルをあんなに虜にするくらいなら、意地でも死ぬなああああ!」



米酒を注ぎ、ガチン、と最長老の杯を倒して守護くんを濡らしてから飲み干す。



「アルは…ぼくのものだああああああ!」



米酒を…そそごうとしたら、守護くんが( 頼む、もうやめてくれ… )と弱音をはいたよ?むう…では、もう一杯だけ!

ダポン!と注ぐと杯と手に注がれたようだが、構うものか。



「あるは…うー…あるはやらんぞおおお!」



むう…うん、すっきりした。守護くん、どこかにぼくをおろしてくれたまえ!



( 是… )



どこだかしらんが小さな森の中におろされ、簡易テントのピックを差す。


…ねむい。暗い。


うむ、温度調節の方陣敷いておけばあったかいね、ぼくはえらい。



…オヤスミ。








  

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