310 魔石とデイジー sideフィーネ
翌日の勝負の日。アロイスにわざわざミッションの調整をお願いしてまで夕方からの時間を確保した。しかしまあ…一晩寝て起きてみれば、多少は冷静になれたね。
早い時間に起きて熱いシャワーを浴び、さっぱりしてから修練に入る。いつもよりも長い時間、ダイブするつもりだった。ぼくの今の問題は、最長老に煽られて闘志が滾ってしまうほど嫉妬に支配されている点。しかしそれでは本末転倒で、ぼくがアルのことをどう思っているかが本題だったはずなのだよ。
静かに…心を静かにしてみる。何も「考えず」、ただ「感じる」。悔しいが、最長老の言うことは的確なのもわかっている。ぼくはすぐに理屈で物事を考えがちだ。仕事ならそれでいいが、恋愛となると感情の問題だからね。慣れないが…ぼくの感情をそのまま感じてみよう。
今日は青い結晶の魚たちも元気がない。
魚たちが元気に跳ね回るのは、新しい方陣を見つけたり、開発のアイデアを思いついたり、そんな時ばかりだねえ。
ごちそうがないから、そんなに元気がないのかい?
違うな…アルの心がわからず、最長老に煽られ…なんでそれで自分の心が乱れるかがわからないから、元気がないのだね。
一匹が、ぱしゃんと跳ねた。
…ああ、君は最近生まれていたねえ。アルの心を暴いてから生まれていた…そうかい、アルのことが知りたいかい。そうだね、曲がりなりにもぼくを好きだと言ってくれた人物なのだ。大切にしなければいけなかったね。
?
ぼくは…アルを大切にできているか?
手荷物扱いされているから拗ね、旅をしていてもぼくには通信してこないことに拗ね、一時帰還をしても皆と同列に扱われることに拗ね、今度は最長老と仲良くしていることに拗ね…
うわ…今気付いたぞ…ぼくはアルにきちんとした愛情を示されないことに、盛大に拗ねていたのか…!
そこへ自分が無理矢理アルの心を暴いた罪悪感が入り、まったくもって「素直」という場所から縁遠いところへねじくれてハマりこんでいたのか!?
くあ…これは最長老からアホだのドジだの言われるわけだ…
*****
いつもより集中してミッションを完遂し、アロイスへ報告する。やはり今朝の修練が良かったのか、心は落ち着いている。今日はあがりでかまわないと言われ、さっそく金糸雀の里へやってきた。
ぼくはね、あなたを感じようと思うんだ、最長老。
アルが愛したあなたは、きっと花屋で感じたように静かで深い人物なのだろう。だったら…あんな演技で煽られるのは間違っている。ならば正解は、あなたを感じて、知ることだ。
すう、と息を吸い、アルへ接続する。…そうか、最長老の家にいるのだね。おや、ダンさんのマナの波もある…ふふ、よかったよ、ダンさんがあんなにガッカリしているのは気の毒だと思っていたんだ。よし、では今日は気配遮断だけして、姿はそのまま金糸雀を歩こう。透明化や幻影を纏ったままだと、ほんとに少しだがマナの感度が鈍くなるのでね。
てくてくと歩き、目的のカナリア管理部署へ行く。ここはカナリアの才能を顕現させた者の集まる集会所のようなもので、男子禁制ではないもののあまり歓迎はされない。たいてい女性のカナリアしかいないからだ。アルは来たことがないと思うのだがね。
「失礼します」
「はーい、こんにちは。どういったご用件ですか?…あら、金糸雀の方では…ないのかしら?」
「あ、はい。ぼくはフィーネ・白縹と申します。名だたるカナリアの皆様にお会いしたくて…突然すみません」
「えっ白縹!?うわあ、すごいわ、入って入って!ねえみんな~!すっごいお客様よ?」
ぼくが白縹と分かると、カナリアの女性たちは歓迎してくれた。話を聞くと、やはり瞳が特殊な一族に対する親近感があるようだ。自分たちは二つの声帯を持ち、身体的な特徴を持つ者同士だから、という感じらしい。
ぼくが金糸雀の里は芸術が溢れていて素晴らしいと思っていることや、カナリアの歌声に魅了されてあるもの(接続用の紐)を作るインスピレーションになったことなどを話すと、嬉しそうにしてくれる。彼女たちから薫るマナは麗しく、みずみずしい。
「ところで、最長老様のお人柄を皆様に伺いたいのですよ。皆様の頂点に立つ方がどんな方なのか、お教えくださるとうれしいです」
「あ…ええ、最長老様はね…とても愛情深い方よ。いつも私たちのことを想ってくださっていてね。でも普段は茶目っ気たっぷりの可愛いお婆ちゃまなの」
「ふふ、そうなのよねえ。いたずらっ子みたいな目をして、からかうのよ?でもねえ…大抵は、私たちを元気づけるためなの。私たちのために、いつも自分を使う…そんなところがあるの」
「なるほど…皆さんは本当に最長老様が大好きなんですね。おっと、楽しいと時間が早く過ぎ去ってしまいます…申し訳ありません、そろそろ行かなくては。勝手に押しかけたというのに丁寧にご対応くださって感謝します」
「ううん、いいのよ!また時間がある時にでも来てね!」
…カナリアのお嬢さんたちにいろいろ聞き、やはりなと思った。あの意地悪婆さんめ…ぼくを煽ってけしかけて、自分は天国へ逃亡予定だったか!アホもドジも、言い逃げか!そうは行くか…一矢報いてやるぞ、最長老。
若いカナリアたちは、今日これから起こるであろう悲しい出来事に心を支配され、それでもぼくを歓待してくれた。いつもより多い人数がカナリア管理部署に集っていたのもそういう理由だ。彼女たちは…最長老様の最期が今日の満月の夜なのだと悟り、儀式の邪魔にならないところで静かに祈りを捧げるために集まっていたのだった。
*****
夕日に照らされた金糸雀の里。腹に響くような太鼓の音が鳴り響いた後、里からは一つの目的のためだけの音しかしなくなっていた。
美しいカナリアが先頭を一歩ずつ歩き、一歩ずつ銀の錫杖を打ち鳴らしていた。シャリン、と鳴ればふわりと羽根が舞い、シャリン、と揺れれば花弁が靡く。どこかでアルも見ているのだろうか。愛したカナリアが死ぬとわかっていて、それでも幸せな気持ちになるように全力を尽くしたであろうアルは、どんな気持ちでいるのだろう。
ぼくは…ようやく気持ちの落としどころを見つけていた。まずは昨日の勝負の決着をつける。そして、曇りのない心で、アルのように開け放した心で、昇仙の儀式を心と体に取り込む。それが最長老という頂点を極めた者への礼儀だと、思った。
透明化し、先ほど用意した物を持って輿の横へ行く。遮音と誤認の複合方陣をチェックしてから、話しかける。
「失礼しますよ、最長老様。勝手ながらお供させていただく」
【おや…すっかり心を整理してきおったね】
「白縹ですのでね」
【ヒョッヒョッヒョ…そうかい。アルノルトもそうだったが、白縹というのはちょっとした刺激で化けるのが早いのう。婆がアルノルトをいい男にしといてやったよ?】
「はぁ…もうその手には乗りませんよ。ではぼくがいい女になる手伝いもしていただきましょうかね。これをどうぞ」
【魔石かい?映像記憶?】
「アルとぼくが出会ってからの全て…アルがどのように育ち、皆とどのように過ごしてきたか。ぼくからの視点で申し訳ないですが、同じ男を好いた者同士のよしみです。アルが何に悩み、どうしてこの里へやってきたのかを知ってください。あなたが仕上げてくださったいい男は、ぼくが貰い受ける。おいしい所を掻っ攫ってやりますよ」
【ブッヒョ!アッヒャッヒャッヒャ!なるほどのう、いいカウンターパンチじゃのう?】
「おや、一矢報いるのに成功しましたかね?」
【ほっほ、まだまだじゃよ?これから儀式なのだからねえ、アルノルトの心はもらったぞえ~】
「…ふっくっく…ではぼくもたっぷり堪能させてもらいますよ。悔しいがぼくもあなたが憎めない程度には好きになっているのでね。…では、さようなら最長老様」
花屋で手に入れた黄色のデイジーを一本、輿へ投げ入れる。
ぼくは行列を離れ、海岸への道を歩き出した。