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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
宝石の旅路
310/443

309 ゴング sideフィーネ

  






呆然としながら、フラフラと里を出ようと歩いていた。…ここを出て、ゲートを安全に開ける場所を探し、猫の庭へ帰ろう。そうだ、ぼくにはいま食事と睡眠が必要な気がするよ。


…それくらい、エネルギーを消耗していた。


もう少しで里を出て、マザー施設へ続く道に出ようかという時。懐かしいマナの旋律が聞こえて、思わず立ち止まった。出口のすぐそばにある宿から…そうだ、数年前に会った広報部の数少ない「おいしいマナを持つ人」、ダンさんのマナだった。元気そうでよかった、とボンヤリ考えているとダンさんのマナからアルの名前が飛び出て驚いた。


『…アルノルト君、やっぱり僕を警戒してる、よねえ…絶景の話をしたら一瞬すごく瞳が輝いて興味津々になったのに、グッと押さえた…きっと儀式のことを聞いて何か知っているんだろうけど。ダメだな、僕自身を信用してもらえなきゃ、こんな大事なことは話してもらえるはずもない。はぁ…ほんとに僕、なんで山吹なんだろ…どこに行っても信用されないな…』


ダンさんは残念そうな旋律を漂わせ、しかし無理強いはすまいという自分自身のポリシーを持ってアルと話しているようだった。では、アルはどう思って話しているのだろうと思い、集中してみる。


しかし…しばらくぼくはアルのマナから考えていることを読み取ることはできないでいた。そんなバカな、と思う。今までは表層思考ならば、アルのものだって読めていたはずだ。心が開け放たれているアルは旋律や香りが強烈に漂っていたせいで深い思考を読みにくくなってはいたものの、表層思考ならなんとか読めていた。


四苦八苦しているとダンさんが宿から出てきて、がっくりと肩を落としてマザー施設の方へ去って行った。するとフッと、アルの思考が流れ込んできた。



『…ごめんねダンさん、でもダメなんだ。ミロスラーヴァさんの昇仙だけは、ダメなんだ。心がどうにかなっちゃいそうなくらいに、ミロスラーヴァさんが大好きじゃなきゃ…彼女の一生を感じるには、そんな代価じゃ足りない』



…今日のぼくは、厄日か何かか?


なぜにぼくに恋をしていると言ってくれたアルから、こんなに熱い他人への想いを聞かなければいけないのか。それが例え幼女だろうと老女だろうと関係ない。アルがこんなに…ぼくでさえ思考が読めないほど心をガードして、守ろうとしていたのは最長老様。


ダンさんは山吹には珍しいほど倫理観のある御仁だ。緑青で会ったと言う母上のお父様、ゲラルト氏は裏表のない人物で、アルはああいう人は大好きなんだと嬉しそうに言っていたではないか?ダンさんだって、そういうタイプの気持ちの良い人物なはずだ。そのダンさんに心を閉ざしてまで、愛しい最長老様を守る、だと?


…まったくもって面白くないよ、アル。


ぼ、ぼくにだってプライドというものがある。


君の想いを真剣に感じようと思った矢先にこれとは…ひ、ひどいではないか…





*****




猫の庭で夕食をいただいたが、グルメを自認するぼくが「味がよくわからない」という事態に陥っていた。おいしい料理をいつも作ってくれるアロイスとナディヤに一食をムダにさせてしまったという気分になり、申し訳なさと情けなさでどんよりした気分になるのを止められない。


これはヘタに一階にいると皆に察知されて心配させてしまうね、と思って自室へ下がった。



…悔しい気持ちで、心が淀んでいくのがわかる。


【自分だけで完結してはいかん。閉じるな、繋がれ】


アルを独占しているその当人から言われた言葉に、心が荒れる。図星をさされているからこんなに悔しいのだ、それだってわかってる。そうさ、ぼくは愛する人々の幸せそうな様子を見て、幸福のおこぼれで満足して自己完結していたさ!だがそれは悪いことかね!?だって本当に嬉しい気持ちになるんだ!


閉じるなとは…繋がれとは…きっとアルのことだろうとは思うよ。アルをヒナ扱いして閉め出すような思考をしていたのは認める。だがそこを理解して、きちんとアルを知ろうと思ったんだ!なのにアルを独占しているのはあなたではないか!?



くそ、ぼくは…悔しくてたまらない。カナリアの最長老、ミロスラーヴァ。あなたはぼくの…ライバルだ!負けてたまるか…っ






*****





翌日の仕事は慎重に取り組んだ。この心の荒れようでは、気を取られてミスをしでかしそうで怖かったからだ。しかしアロイスに『なんかやっぱりフィーネがヘンだなあ~』などと看破され、ミッションを一つ終わらせて報告していたら「今日はもうあがってねフィーネ、他も手伝いが必要ってほどでもないからさ」と気を遣われる始末。…情けなさに拍車がかかるよ…


ぼくは「また金糸雀へ行って、最長老とアルの仲睦まじい様子を出歯亀するなどプライドが許さん、冗談じゃない」という気持ちと「だがアルが何を感じ、何を考えているかを真剣に感じると決めたではないか」という気持ちがせめぎ合っていた。


結局、別にアルが何をしているのか後を付け回すつもりではないのだからと思い、初志貫徹することにした。金糸雀の里をゆっくり見て回り、アルなら何を感じ取るだろうと思いながら探索しようと思った。






今日も金糸雀の里は賑やかだ。しかしこの弦楽器の音を聞くと昨日のアルから流れてきた旋律が思い出され、ムカムカするのはどうしたものかね…


歩いていると、またそこかしこから「昇仙」という儀式に関するキーワードが聞こえ、ぼくのささくれ立った心から「ふん、最長老の儀式など何がいいと言うのだい…」と拗ねた思考が零れ出る。ああ、腹立たしい。なぜぼくがこんなにイライラせねばいけないのだ…!


金糸雀の里は細かい路地がくねくねと入り乱れ、趣があると言えば聞こえはいいが、把握しにくくて仕方ないね。そうか、そういえばアルはヨアキムに金糸雀の地図をくれと言っていたらしい。やはりこの里を把握しようと一生懸命だったのだろう。


だがこの路地の多さ…昔から金糸雀はこの土地にいたし、小さな里だった頃から段々と里を拡張していったという話だからね。余所者が地図を見ただけで把握できるものではないだろうに。とすると…うん、アルなら足で歩いて把握するぞ、なんて考えそうだ。ぼくもやってみるかな。


行き止まりになってしまったり、そんなつもりはなかったのに民家の庭に入り込んでしまっていたり、ぼくはなかなか見事な迷子になりつつあった。ハァ、疲れたな…少し休みたいなと思った時に、海岸を思い出した。


以前、儀式の歌をこっそり聞いていた海岸…あそこなら透明化を解除してもそうそう見つかるまい。なんとか路地を抜けて海の方向へ歩いていたら、昨日アルと最長老を見かけた花屋が目に留まる。…ふん、花か…昨日最長老が持っていた花は…ああ、デイジーだったのか。あんなに鮮やかな黄色のものがあるのは知らなかった。ぼくが知っているデイジーは真っ白い花弁で中心が黄色のものだったからね。


ふうん…ぼくがあの時アルに好きな花を答えることができていたら、ぼくにも花を贈ってくれたのだろうかね…デイジーを嬉しそうに見る最長老に向ける、あんな蕩けるような笑顔を、アルがぼくにも向けたのだろうかね…





なんだか毒気が抜かれたような気持ちで海岸を歩く。そうだ、ぼくは自己完結していたから、自分自身の物欲が薄いところがあるようだと最近気付いた。アルマのように服装に気を遣うでもなし、ニコルのようにぬいぐるみが好きなわけでもなし。ユッテだってスポーツウェアには一家言ありって感じで選定基準が高いのだ。ぼくが欲しいものって何だ?と真剣に考えたが、本当にわからなくて困った。


唯一、食事やお菓子はおいしいものを食べるということに重きを置いているが…好きな食べ物はアロイスとナディヤのごはん、好きな菓子はヴァイスのデザートと母上の持ってきてくださる虎猫亭の限定菓子。どれもこれも、アルに言うには…何か違うような気がする。ヴァイスを除けば「ぼくの大好きな人が提供してくれるおいしいもの」という意味合いが強い気がするのだ。


つまりぼくは…「これが好きだから欲しい」ではなく「大好きな人がくれたものが好き」ということなのがわかった。…これではアルのご要望には応えられない。だからミロスラーヴァにアルを独占されているのか?デイジーが好きだと言えないから!?


…そんな訳、ないではないか…


ああ、もう脳も体もヘトヘトだ。なんというくだらないことばかりを考えてグルグルしているのだか。あの丘の真下にある大岩へ体を凭れさせて…透明化を解除。もし誰かに見つかっても、もういいよ。アルにさえ気づかれなければね…


グッタリしていると、正面から満月に近い月が白いまま空にあるのが見える。


ぼくは一体…何をやっているんだか。カナリアの最長老と言えば、ぼくを泣くほど感動させたあの歌を紡いだ人々の頂点ということではないか。あのような荘厳な祈りの歌を紡げる御仁を、ぼくはなんという汚い心で貶めていたのだろう。恥ずかしくて…情けなくて、涙が出そうだ。


まったく、いくら男性との恋愛に免疫がないからと言って、これではただのヤキモチではないか…


盛大に溜息をついて自己嫌悪で大反省会をしているぼくに…あの声が降り注ぐ。



【ほっほ…あなたもヤキモチ焼きかい】


「…最長老様、ですか…」


【そう苦々しい顔をしなさんな。上から失礼するよ、こうでもしないとあなたと話せそうにないからねえ】


「ああ、丘にいらっしゃるので。初めまして、フィーネと申します。…アルとの逢瀬は、本日は終わりですか」


【ひょっひょ…そうだね、今日はとても素晴らしい花畑を見せてもらえたよ】


「…それはよかったですね」


【フィーネや、悪いがあなたの気持ちは丸見えでね。そんなに虚勢を張ることもあるまいよ。アルノルトを返せと怒っても良いのじゃよ?】


「ぼくにそのような主張をする権利はございませんよ。アルは自由だ」


【ほっほ、そうかえ…まったく、あなたは四角四面に物事を考えすぎる。だがあなたの感情からはアルノルトをとられて悔しいとしか感じられんよ?】


「…それはですね、ぼくの心が未熟で醜いゆえのことです」


【ほう?ではアルノルトが誰に恋をしようと自由だから、あなたから心が離れるのも自由というわけじゃな?】


「あのですね!アルはぼくに恋していると言っていた!だ、だから…もうぼくに恋などしていない、他の女性を愛しているときちんと言ってくれるならば、ぼくにそれを止めることなど…」


【まーったく、だまらっしゃいこのアホっ子。それだけ熱心にアルノルトの心を理解しようと動く気持ちがあるのに、あなたがアルノルトを好きではないと思う理由なんぞないじゃろ。本当に愛しているのか、などという問いは後から思い返してわかるもんじゃ。こんな場所で悶々と一人で考えるのが悪い。アルノルトへその気持ちを話さんかえ】


「う…アホっ子とはまた酷い言い様ではないですか…」


【アホをアホと言うて何が悪いんじゃあ。こんな婆に好いた男を取られおって情けないのう~。大体、この婆を本気でアルノルトが伴侶にしたいと思うわけもなかろうに。本気で嫉妬して拗ねるなんぞ、アホっ子を通り越してドジっ子へ格下げじゃぁ~】


「ぐぬぬ…人が敬意を持って丁寧に話しているというのに…何と言う意地悪婆さんだ…」


【ふふん、悔しかったら明日の夕方またそこへ来ると良いよ。明日、昇仙の儀式というのがあってのう。わたしの歌声でアルノルトを魅了する予定なんじゃあ。アルノルトがどういう気持ちで儀式を感じ取るのか、しかと見届けるが良いわ~】


「…その勝負、受けて立ちましょう…!アルはそんなフラフラした男ではない!ぼくは見届けた上で、アルへきちんと前向きな話をしてみせる。そしてあなたから『アホっ子だのドジっ子だの言ってすみませんでした』と謝罪を受けてみせるぞ…」


【ブッヒョッヒョッヒョ!!そりゃあ面白い。わたしから謝罪を勝ち取れるものなら取ってみるが良いわぁ~。ではのう、明日を楽しみにしとるぞえ】


「…ええ、では失礼しますよ…っ」



ふんぬう~!負けんぞ…アルは…アルとぼくは、まだこれからなのだ。これから理解を深めようという段階なのに、見事にジャマをしてくれるものだよ…!


ぼくは心の中で、ゴングが鳴ったのを聞いた気がした。






  

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