31 三人の三年間 sideニコル
翌日、お昼の森には苦笑いした「先生」と、盛大にしょんぼりしている「仮病の兄」がいた。
「ごめんって、ニコル~。僕はマザーに生徒の様子とか修練の到達度の報告義務があるだろ?僕一人でニコルまでフォローしながら隠蔽できる自信なかったからさ、ニコルに言うわけにいかなかったんだよ~」
「む…本当にすまん、ニコル。俺はこの通り、元気だから」
「わかってますぅ!でもあえて言わせてもらいますっ私の涙を返してっ」
二人ともしょぼんとしちゃった…もう勘弁してあげよっかな。
「うー、もういいよ、わかったってば…というか、ヘルゲ兄さん…顔、いいの?」
私は二度目なのでなんとか衝撃に耐えられるけども、村では大変な騒ぎだってアルマが言ってた。
「あー…さすがに軍では『うっとおしい、切れ』の一言でな。着いたその日に床屋行きだったぞ。まあ、向こうではそんなに騒ぎにはならなかった」
まあ、厳格な軍の中でなら、そうなのかもね…
「かわりにこっちではひどい騒ぎだよ…養育セクトでは質問攻めにされるし、家に同期が押し寄せてくるし、ヘルゲは療養中だから会わせられないって言って断るのも僕。ここに来るのも方陣フル活用で隠密行動だからねぇ~」
ああ、アロイス兄さんが遠い目になってる…
そんな感じで大混乱を経て、ヘルゲ兄さんは1か月に一度軍へ行っては「力が不安定」なところを見せ、残りは白縹の村でマザー相手に「化かしあい」をする日々が始まった。
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現在、私は中等の4年で14歳。兄二人が私と初めて出会った年齢になったと思うと、感慨深かったり、微妙に落ち込んだり…
だって、どう思い出しても二人とも私より賢かったし、しっかり修練されてて大人だったように思う。
私はあのバイパスが繋がった日から、赤ちゃんっぽさが少なくなったとユッテに褒められたりした。「子供っぽい」を通り越して「赤ちゃんぽい」ってヒドくないかな…
でもなんとなく原因はわかる。あの日、私の散らかり放題の心に地面が出現した。とても気持ちのいい草原になって、おじいちゃんの木が心に住み着いて、たくさんおじいちゃんと話せるようになったからだ。
修練も以前より辛くなくなったし、整理が進むにつれて心はとても落ち着いた感じになっていったし。
それでも、私はしばらく同期に修練で追いつくことはできていなかった。
もっと大人に見せようと見栄を張り、中等に上がってすぐ「お兄ちゃん」から「兄さん」と呼び方を変えてみたりした。
今思えば、そんなことで私の中身が変わるわけない。そんな見栄っぱりも「子供っぽい」のだとは気付かず、滑稽な私だった。
今は、逆に「緑玉」になれるんじゃないか?と言われたりするほど到達度が上がってる。整理が順調に進み、以前とは比較できないほど片付いてるもの。
あとはねぇ~…応用修練がどうにかなれば…ふぅ。
先生方から、口を揃えて「こんなケースみたことない」と言われる私のマナ収束のお粗末さ。
アロイス兄さんでさえ、「集中力もあるのに何でだろうねぇ?」と首をかしげる。
でも同期もみんながみんな強力な魔法を放出できるわけではないじゃない?
私は中規模魔法なら火属性以外はできるもん…出力はそんなに高くないけど…
とか考えて、いつも自分に言い訳してるのがヤダ。
あーあ!と、いじけた自分を物理的に吹き飛ばすイメージで頭を振る。
こんなんじゃ、またアロイス兄さんに落ち込み気味なのがバレちゃう。
いまだにバレるんだよねぇ、嘘とか隠し事…
「男湯に突撃」までのお仕置きは今までないけど、一度ぬいぐるみコレクションたちが全員で私の頭をぽふん、ぽふんと順番に叩いていく刑はあった。
あれができるなら、男湯に突撃なんてワケないんだろうなぁと思うと、さすがに進んで嘘をつく気にはならないよ。
アロイス兄さん最恐は、今でも変わってないです…
ヘルゲ兄さんは「化かしあい」が順調なようで、軍に行くと「残念なモノを見る目」で見られるそうだけど、痛くも痒くもないってどこ吹く風。
それでもたぶん、あと1~2年のうちに「仮病」はやめざるを得ないっていうことだった。いくらなんでも、そりゃそうだよね。
何といっても仮病で戻ろうと思った主な理由が「ここを離れたくないから」で、そのために精神疾患という、マザー相手に「絶対ごまかせない病気」をごまかしてしまう離れワザを、もう3年も続けてる。
しかも兵器としてのお仕事は「病気」でできないけど、ヘルゲ兄さんはどうもマギ言語使いというすごく高度な魔法を使うえらい人に気に入られ、マザーを通じてその人の研究のお手伝いを仕事としているのだそうだ。
アロイス兄さんはよく「あんな変態魔法使いを普通だと思ってはいけない」と言ってたけど、いまならその意味がよくわかる。
自分が中規模魔法を使えるようになったからこそ、ヘルゲ兄さんの異常な魔法の数々が恐ろしく思える時がたくさんあるもの。
でも、やっぱり…私には「中身がかわいい黒くま」で、「外見は色気ダダ漏れの黒ヒョウ」のヘルゲ兄さんに変わりがない。
相変わらず森でいろんな話をするし、優しいし、天然ボケだし、私に甘い。
たまにおじいちゃんに会わせてくれって言って、鍵付きの部屋で二人で話してることもある。
こんな風に、私たちは三年間過ごしてきたの。
ヘルゲ兄ちゃん在宅ワーカー