307 心配 sideアロイス
「…アルが心配ねぇ…随分とこの半年で一本芯が通ったっていうか、精神的に逞しくなったっていう感覚はあるけどお…でも、あんなに一生懸命喜ばせようとしてる人が…三日後に亡くなるわけ、でしょ?」
アルノルトから「カナリアの最長老様をデートで楽しませたいんだ」と真剣に相談されたマリーは、もちろん知恵を絞って熱心に指導していた。僕も横で聞いてたわけだけど、あんなに必死にデートプランを考えるほど入れ込んでいる人が死んでしまう予定だなんて…僕だって考えただけで鬱になりそうだった。
でも、何となくなんだけど。
アルノルトは普通ではありえないような「恋」を経験している気がする。もちろんフィーネに恋している気持ちが嘘だなんて思っていないけど、今回の「恋」は疑似的でありながらも、その辺の恋愛では得られないほどの真剣さを孕んでいる。アルノルトは…最長老様に惚れ込んで、真剣に愛情のやり取りをしているんじゃないだろうか。だとすれば。
「…マリー、僕は大丈夫だと思うよ。アルノルトはきっと、貴重な事を経験して、もっと強い男になると思うんだ。…まあ、勘でしかないけどもさ」
「そう…アロイスの勘なら心配いらないわね。アルが可愛いからって、過保護だったかしら」
「あはは、その心配も無用だね。アルノルトはマリーを頼ってきて、マリーはそれへ見事に応えた。頼りがいのあるお姉さんに縋ってきた弟を、誰が突き放せるっていうんだよー。事情を知ったマリーが心配するのも当たり前。マリーは何も間違ってないよ」
マリーの頭を抱きかかえて額にキスしながら言うと、マリーはクスクスと笑いながら僕の胸に頭を凭れさせる。マリーの心地いい重みを確かめながら、アルノルトが説明してくれた「長老」という制度と「昇仙」という現象を思い返す。
最長老様は、僕にとってのマリーとレティのような存在を得ることを放棄してカナリアたちの幸せを守った。もし僕が、と考えたら。
とても、その辺の人間に真似のできる生き方ではないだろう。僕はとても贅沢な幸福を享受していたんだと、痛いほど実感した。
*****
翌日、いつものように皆で手分けして複数ミッションをこなしていると、フィーネが怪訝そうな顔をして僕を見た。何だろ?と思って首を傾げると「ん?んん?」と言って…ああ、これは僕のマナから何かを読んでるわけですね?
「…アロイス、アルに何かあったかい?」
「ぶ…それか…何だかんだ言って僕も気になってたのかな。何かあったって言うか…アルノルトがいま真剣に頑張っていることがあるからさ。うまく行くといいなあって思ってね」
「そうなのかい?ああ、すまないね…いきなりマナを読むなど失礼なことをしたよ。アルのことだったので、ついね」
「今までだって読んでたのに~。急に謙虚になっちゃって、どうしたのフィーネ」
「ん?うん、まあ…ちょっと反省しようと思った出来事があったものでね。人の心が視られると思って調子に乗ってはいけないと思ったわけだよ」
「ふうん?でもフィーネは今までだってそんなに行き過ぎたことはしてなかったと思うけど…」
「ぐは…っ アロイス、君のその評価が今は心に痛い…今後も気を付けるよ。あー…その、読んでしまったついでの質問で申し訳ないんだが。アルが真剣に頑張っていることというのは、そんなに祈るような気持ちでうまく行くといいなと思わなければいけないようなことなのかい?」
「…いや、アルノルトに危険があるとかじゃないよ?ただ、そう願いたくなっただけ」
にこりと笑顔で答えると「そうかい、なら良いんだよ。失礼したね」とフィーネは自室へ行った。さすがにその…フィーネにこれをバラすのが僕らであってはいけないなーなんて思っちゃうわけで。とは言え、フィーネに隠し通せることでもない気はするけどもさ。
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夕飯を厨房で作っていたら、僕の隣で寸胴鍋の中のミネストローネをかき混ぜながらナディヤが言った。
「ねえ、アロイス。フィーネの様子がおかしい気がするのよ…お仕事で何かあった?」
「え?今日は一つ事件捜査を終えて…カミルのミッションの手伝いをしてくれたし…どっちも順調にクリアしたミッションだったけどな」
「あら…気のせいだったかしら。ごめんなさいね、あやふやな質問をして」
「いやいや、ナディヤのそういう感覚は頼りにしてるんだから…僕も気にしておくけど、ナディヤもそれとなく見ていてくれる?」
「ええ、もちろんよ」
その後食事をしている時にこっそり様子を窺ったら、確かにナディヤの言った通り…どことなくボンヤリしているフィーネの姿があった。うーんと…考えたくないけど、アルノルトの件で何か気付いたとか?僕にはそれしか心当たりないんだけども…
フィーネは食事が済むと、すぐに自室へ下がっていった。ナディヤに聞いたら、やはり上の空だったそうだ。でも特に何も言わないので、そっとしておいたと心配そうにナディヤは言う。僕は「何かあって、自分の手に負えなければきっと相談してくれるよ」とナディヤを安心させた。
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アルノルトが最長老様と会って3日目のことだ。フィーネは「アロイス、ちょっとお願いがあるのだよ」と言った。どうしたんだろ?何かやっぱり元気がないなあって思ってると、おもむろに話し出す。
「…すまない、出来たら明日は単発ミッションへ回してくれると助かる。数日猫の庭へ帰れないようなミッションは、明日は出られないんだ」
「ああ、かまわないよ。もしそういうミッションが出たら、誰かに頼むからさ。元気ないんじゃない、フィーネ?ナディヤが心配してたよ」
「あー…その、大丈夫だよ。ちょっと考え事をしているだけさ。ナディヤにもきちんと伝えておくよ」
にこりと微笑んでからスタスタと自室へ戻って行く。
でも、そう言っていたフィーネは次の日の夜、猫の庭へは戻ってこなかった。