305 世界を貴女に sideアルノルト
その日の朝、俺は修練でダイブしていて気付いた。フィーネの竹と同じくらい、ミロスラーヴァさんの竹は育っていた。たった、3日間…この分じゃ、今日の4日目が一番濃い記憶になるんだろうから、フィーネの竹を超えちゃうな。それだけ、俺がこの数日でミロスラーヴァさんに集中していたってことなんだろう。腕の一振りも、少しの表情の変化も、ちょっとしたマナの揺らぎも。ひとつも見逃すまいとしていた証拠だった。
*****
「おはようございまーす!」と元気に広報部へ入ると、ダンさんがわくわくした顔で待ち構えていた。「アルノルト君、待ちくたびれたよお!」と言うので、10時に迎えに来たのは遅かったのかなあ?って不安になった。「何時から待ってたんですか?」って聞いたら「昨日からっ!ここに泊まり込んで待ってた!」と言った。
何でゲラルトさんもダンさんも、すこーしだけ残念なトコがあるのかなあ。
「で?で?今日は何して遊ぶんだい?どっか行くの?花畑?」
「えーっと、どこにも行かないけど、どこへでも行っちゃうつもりです」
「…アルノルト君、それナゾナゾなの?白縹の問題って難しいんだね。山吹なんて屁理屈屋が多いから、ナゾナゾって流行らないんだ…」
「ダンさん、誤解です…ナゾナゾのつもりはなくてですね…まあ、ミロスラーヴァさんの家へ行ったら説明しますよお…」
幻影でまたダンさんを変装させて裏口へ回ると、インナさんと一緒にミロスラーヴァさんが出てきた。「遅いぞえ、アルノルト!待ちくたびれたわ、今日は何して遊ぶんじゃ!」とダンさんみたいなことを言われて苦笑いしちゃったよ。そして何気にインナさんも今日は一緒に遊ぶよって言ってあったから、ソワソワしていた。
「おっほん!では今日のレジャーを発表いたしまーす!題しまして『ダンさんプレゼンツ!お茶の間世界旅行』でーす!」
「…なんじゃ?ダンが行ったことのある場所の映像記憶でも見せてもらうんかの?アルノルト、全開放せんかい…こんな時だけ閉めおって、ズルイぞえ…」
「えっと…僕プレゼンツ?協力してほしいってコレのことかな、アルノルト君」
「そうです!それでですねー、まずはダンさんに俺の『至高の提案』を聞いてほしいです。俺はマナを可視化させる方陣が扱えます。なので、ミロスラーヴァさんの歌の光をダンさんはばっちり見ることができるでしょんぐああ!!」
…俺はゲラルトさんがデボラお母さんにグリグリ攻撃された時みたいな声を上げた。感極まってメーターが振り切れたらしいダンさんに、ハグと言うにはあまりに凶悪なサバ折りをされていたからだ…
「アルノルトくぅ~ん!君は僕にどれだけ幸運を運んだら気が済むんだ!?そろそろヤメテ、僕の幸運が底を突きそうで怖いっ」
「げふん…落ち着いてくださいよお、ダンさん…最初からそのつもりだったんだってば。それでね、昨日ちょっと準備したものがありましてえ…コレを手首に巻いてください」
俺は昨日ヘルゲさんに頼んで作ってもらった、簡易型リンケージグローブを渡した。グローブっていうか、リストバンドになってるんだけどね。接続先が固定されていて、ダンさんに渡したものだけがカイさん。女性二人に渡したのがカミルさん。マナを流すだけで、自動的に接続するんだ。もちろん俺もカミルさんに接続するものをつける。
一応昨日実験したから…大丈夫なはず!俺はちょっと大仕事っていうか、器用なマネをしなきゃならないけど、がんばるぞー!
「インナさん、クッションをたくさん自分の周りに置いてくださいね。…そうそう、ちょっとくらい体が傾いても平気なくらいね。ミロスラーヴァさんは俺の膝の上で抱っこしまーす。ダンさんは自分の記憶だから、大丈夫だと思うけど。一応クッションを用意してねー」
「…なんか、アルノルトさんの得体が知れなくて怖くなってきました、最長老様」
「ヒョッヒョッヒョ!アルノルトはのう、ヘンテコなんじゃ。最高に男前のヘンテコじゃあ」
「うわー、なんかドキドキしてきた…」
「ハイ、では始めます!そのリストバンドに生活魔法くらいでいいのでマナを流してくださーい」
「…ホ…こりゃまた…ホオオオ?」
「な…っ!ど、どうしましょう、私…なんだか悪巧みしたくなってきました…」
「僕はいたずらしたくなってきましたが…」
「あ、そこは皆さんグッとがまんでお願いします。そーじゃなくてね、『共鳴』っていうのが使えるでしょ?どうすればいいかは何となくわかるよね?」
「そうか…五感で僕の映像記憶を共有するのか!?そりゃすごい!」
「えっへっへー、さーらーに!そのリストバンドは安全対策のため、少々接続するラインが細いんです。なので本来の共鳴の半分ほどしかシンクロしないんですが…そこをベルカントのバイパスで補強!俺、伊達に緑青で真面目に勉強してたわけじゃないぞってトコをお見せしまーす!」
「な…何かよくわかんないけど。わかったよ、映像は任せてくれよ」
いっくぞー。
右手のリストバンドにマナを少し流してカミルさんに接続…左手のグローブでヨアキムさんに接続。翼を不可視…よし、ベルカントに繋がったあ!干渉しないように右手でミロスラーヴァさんを支え、左手は少し離して床へ。ベルカント、お願いしまーす。
バイパスで補強された共鳴の魔法でも、たぶんカイさんとカミルさん本来のものの八割くらいしかシンクロしないけど。でも、ただ映像を見るよりも断然すごい大迫力で、360度パノラマだ!
「ではいつも映像記憶を出す要領で、ダンさんのおすすめ秘境を見せてくださーい。もちろん解説つきでね!俺はこの前聞いた水のない滝と『ヴァルキューレの輝き』ってのが何なのか知りたい!」
「うわっは…なんじゃここは!ダン、ここはドコじゃあ!」
「アルノルト君のリクエストにお応えしまして、ブルーバック王国の『水のない滝』です。ご存知の通りブルーバックは青い峰と言う意味でレジエ山脈のことを指しているわけですが、東にもすっごい山というかバカでかい岩の台地があるんです。その高さはおよそ1㎞に及びます。で、台地の上にある水源から一本の滝が流れてるんですが、あまりの高さに途中からただの水しぶきになってしまうんです。なので、流れる水は見えないのに、そこには虹がかかります」
「…すごいわ…なんて大きさの台地…こんな場所があるの…」
「ちなみに僕はここへ行くのに現地の人の助けを借りて、一番近い宿場町から1か月かけて小船と徒歩で行きました!」
「うーわー…そんなに遠いんだね…」
「ん~、未開の地だからねえ。道なんてないし、森が鬱蒼としすぎて馬は無理。この映像記憶を撮った帰りに食糧が尽きちゃってねえ、ガイドさんと一緒にヘビを食べちゃいました。それも共有します?」
「「「やだ!!」」」
「残念だな~、意外とおいしかったのに…じゃあ次はトーチ国の『ヴァルキューレの輝き』ですね。ここは北極圏の国ですからねえ~、寒いの寒くないのって…」
「どっちなんじゃ?」
「寒いっていうかイタいんです。鼻水も凍りますし自分の息でヒゲがパリパリに白く凍ります。鼻が真っ赤になるほど痛くてですねー」
「むりむりむり、ダンさん寒いの少し共有したでしょっ!イタいのは無しー!」
「えー、臨場感が出るかと思ったのになあ。えっと、ヴァルキューレの輝きと言うのは、トーチ国での呼び名です。オーロラってご存知ですか?この大陸ではトーチでしか見られない自然現象らしいんですけど、トーチの人々はヴァルキューレが死者の国から飛び出してきた時に靡いている、輝く羽衣だと思ってるんです。それが、こちらです!」
「ホオオオ…フホオオオ…なんじゃあ…光の幕かい?…トーチの空の神はこんなことまでやらかすのかい…美しいのお…」
「…言葉が出ません…」
「すっげ…ほんとに羽衣みたいだ…うわあ、動いてるじゃん…うわあ…」
「ふっふっふ、ご堪能いただけました?じゃあ次はアルカンシエルじゃないのにアルカンシエル色の池!これはタンランのはずれにある未開の地ですが、すっごく標高の高い山の中にですねえ、石灰質が固まってできた棚田があるんです。そこの水がこれまたスッゴイ透明度でしてねえ、光の角度で色が変わるので虹の池って呼ばれてるんですよ。これです、すっごいでしょう!」
「…ホオオオオ…飲んだら死にそうな感じのする水じゃの…鏡のようじゃな…」
「…言葉…言葉が…私は馬鹿になってしまったんでしょうか…」
「これ、ほんとに自然の池?…誰かが魔法で作ったわけじゃないよねえ」
「そりゃそうです、誰が標高4000m近い場所で池を作るんですか…僕はここに行くだけで高山病になりました。頭痛するし吐き気するし、でもこの池を見て吹っ飛びましたけど。その時のことも共有…」
「「「しません」」」
「もー、皆さんズルいですよお…こんなにスッゴイ感覚共有できてるんですから、僕の苦労を分かち合ってくれても~」
「ダン、いまわたしがポックリ死んでもいいなら共有してもええぞい」
「うわあああ、ダメです、ダメ!まだ歌の光を見てませーん!」
「最長老様、このタイミングでなんてブラックジョークを…」
俺は、ダンさんの苦労を感覚共有できるのはヨアキムさんしかいないんじゃないかと思ったけどここでは黙っていました…
ダンさんはほんとにこの大陸中をあっちこっち行っては「秘境」とか「絶景」と呼ばれる場所へ行っていたらしく、俺たちはお昼の時間を過ぎても夢中で「世界旅行」を堪能していた。インナさんが我に返り、あわてて皆でお昼ごはんを食べながら、さっき見た秘境の話で大盛り上がり。
ダンさんは意外と無茶するタイプみたいで、「これが見たい!」と思ったら一直線。トーチへ行く前にレインディアを抜けようとしてアッサリ捕まり、スパイ疑惑がかかって投獄。だけどレインディア兵にアルカンシエルの軍事情報がありまっせと取引を持ちかけ、真っ赤なウソ情報を流した上で「大事な情報を漏らしたからアルカンシエルには帰れない」と言ってまんまとトーチとの国境へ送ってもらったそうだ。帰りは当然、クヴァシール経由で安全に帰国したらしいけど。
タンランのはずれ、虹の池へ行った時にはタンラン人から妙な呪いだか魔法だかをもらってしまい、左肩にテンみたいな動物の顔がくっついた。高山病は大変だったけどテンがいたから淋しくなかったらしい。でもそのテンが高山病にやられて瀕死になり、慌てて解呪師の所へ行ってテンを助けてくれって言ったら「お前は阿呆か、このテンに精気を吸われて死ぬとこだったのに助けてくれとは何事か」と怒られ、解呪されてテンも当然死に、泣きながらアルカンシエルに帰ってきたとか。
…なんかもう、呆れる。呆れちゃうけど、すっごく面白いんだよなー、ダンさんの話って!!
四人でワイワイやっていたらすぐに夕方になった。金糸雀の里のどこかで、太鼓がドォン、ドォン、と鳴り響く。それまでドシュプルールの音色や、いろんな歌声でどこか賑やかだった里からピタリと音が無くなった。
「…ほっほ、インナや、衣装をお出し。アルノルト、あなたなら姿を見られずにダンとあの丘へ来れるじゃろ?わたしは輿に乗って里を一周まわってから丘へ行くでな…頼んだよ」
「…ん、わかったよミロスラーヴァさん」
夕焼けの光が照らす横顔を見ていたら、ドォン、という太鼓の音が自分の心臓の音と共振して、胸に痛みが走った。