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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
宝石の旅路
305/443

304 至高のカナリア sideアルノルト






広報部金糸雀支部は、マザー施設の敷地内にある。全体的に素朴な金糸雀の里にそぐわない近代建築物の並ぶこの敷地内は、いきなり緑青の街にでも来たかのようで、いつも違和感がある。その違和感を少しでも隠そうとするかのように木々で外周を囲っているあたりがせめてもの慰めという感じだった。


ゾーヤさんに一言断ってから、広報部の建物へ行った。思ったよりこじんまりしていて、中には3人ほどの人がマザー端末とにらめっこしていた。カウンターへ近寄ると、一人の男性が「こんにちは、広報部へご用ですか?何か資料の閲覧かな?」と気さくに声を掛けてくれる。



「お邪魔してすみません。アルノルト・緑青と申しますが、ダン・山吹さんにお取次ぎ願えますか?」


「ん?あぁ~、君が魔法部の?よく来たねえ、ダンなら編集作業室だな。呼んでくるからそこのソファで待っててもらえる?」


「はい、ありがとうございます」



…なんか、カイさんとカミルさんの話を聞いてたから、もっとこう…情報に飢えた感じのガツガツした人たちだと思ってた。しっかしスゴいなあ…魔石端末を一人が三台くらい同時に使って、三つのフォグ・ディスプレイでザラザラと何かのリストを見てて…開発スイッチが入っちゃった時のヘルゲさんみたい。



「アルノルト君!よく来てくれたねー!昨日いきなり行ったから、嫌われちゃったと思ってたんだ…来てくれてうれしいよ」


「え、俺はダンさんみたいな人、好きですよ?」



俺は思わず正直な気持ちを言ってしまって、言った後でちょっと気まずいなあって思った。だって、ゲラルトさんみたいに好きなタイプの人なのに、俺はこの人を信用しきってはいないんだ…でもダンさんは小さな目を極限まで見開いた後、びっくりするくらい目元を真っ赤にして破顔した。



「この支部に来て、こんな嬉しいこと言われたの初めてだなぁ~!うはは…」


「おいダン!お前ずるいぞお、アルノルト君にもう会ってたのかよ。俺だって楽しみにしてたのに…」


「お前は違うだろ!アルノルト君に”白縹から見た緑青”ってどんなだったか聞いて、緑青の良さをPRしたいなとか言ってたじゃないか」


「だーって、俺は緑青大好きなんだ!金糸雀の芸術も捨てがたいが、緑青の近代的な街ってカッコイイじゃんか!」


「ねえねえ、アルノルト君!金糸雀の里はどう?芸術に造詣が深いからここに来たの?私は歌劇団の専属記者なの!歌劇団とアナスタシア様の華やかさをアルカンシエル全土へ広めるために私は生きているの…っ」


「アルノルト君、蘇芳要塞都市にも行ったってほんとかよ?あそこは規律がキビしいからさあ、その辺の人に何か聞こうと思ってもすぐ不審者かって疑われるよな!」



俺は広報部にいた人たちに一気に話しかけられて目が回ってしまいそうだった。「金糸雀の里はどう?」の問いに返事しようと思っていたら、いつまにか蘇芳の話になってた…嫌な感じはしないけど、ガツガツはしてましたね…

だめだ、クラクラするう~…



「お前らいい加減にしてくれよ~、アルノルト君は僕に会いに来てくれたんだぞ。びっくりしてるじゃないか、今度こそ嫌われちゃうよ…」


「いえ、あの…俺は逆に何も知らないから金糸雀へ勉強しに来たものですから…えっと、アナスタシア様を知らなくてすみません…えっと、蘇芳では俺も二日に一回は職務質問をされました…」



広報部の人は、キョトンと俺を見て全員がブッハー!と吹きだした。



「ごめんごめん!出たよ俺らの”来客ツブし”!質問攻めしちゃうんだ、悪かった!」


「ごめんねえ~、私もつい歌劇団のこと話しまくっちゃうから…私はベティって言うの、よろしくね」


「すまんかった!今度時間がある時に俺たちにもいろいろ聞かせてくれ~」



笑って自分の席に戻っていく皆を見て、ダンさんがハァ~と溜息をついた。



「ごめんねアルノルト君…で、どうしたのかな?僕で力になれることがある?」


「あ…あの、今日はお忙しいですか?これからお時間あったら付き合ってほしいところがあるんです」


「おお、かまわないよ!今日は映像記憶の整理と編集をしていただけだからね!おーい、アルノルト君と外出してくるねー!」


「おーう、いってら~」



ダンさんはいそいそとコートを着て、嬉しそうに「行こっか!」と広報部の建物を出た。俺はマザー施設の正門を出たところでヘルゲさんに接続して索敵し、監視方陣の範囲外に出ていることを確認してから立ち止まった。防諜方陣を展開すると、さすがにダンさんも方陣に気付いて俺を不思議そうに見た。



「…ダンさん。最長老様がダンさんにお会いしてくださるそうです」


「…!! ほ…ほんとに…?ウソだろ…アルノルト君が頼んでくれたの…?」


「いえ。ダンさんには、その…申し訳ないんですが、俺は反対しました。でも最長老様は、ダンさんに直接会って、あなたを見極めるって」


「そんなの関係ないよアルノルト君…あ、ありがとう…君に会いに行って良かったあ…!反対なんて、そりゃするよ。広報部の人間をそんな簡単に近づけるもんか。それでも、アルノルト君が僕と会ったことを最長老様に言ってくれなきゃ…僕は今まで二年間も会うことさえできていなかったんだ!ああ、嬉しいなあ…っ!ありがと!ほんとにありがと!」



ダンさんは涙目になりながら俺の手を握ってブンブン振り回した…なんか心が痛い…反対したんだよって言ったのにこんなに感謝されたら…あうう…


防諜方陣を解除して、ダンさんはほとんどスキップでもしてるんじゃないかってくらいの足取りで歩き出す。俺はなんだか、この憎めない人を信じきれないでいる自分がとっても酷い奴なんじゃないかって気持ちでいっぱいだった。





*****





里へ入る直前で、俺はハッとした。インナさんは、ダンさんの人柄はいいのに前任者のせいで風当たりが強いって言ってた。てことは、金糸雀の人たちはどんな人柄であれ、尊敬する最長老様に広報部が近づく事を許していないってことだ…



「ダンさん、ストップです!えっと…変装してもらいますのでこちらへ来てください」


「え?変装って…僕は何も持ってきてないけど…」



マリー姉ちゃんへ接続。んーと、背格好からするとコンラートさんが一番いいかな…”幻影ファントム”発動。



「うん、いいですよ。大きな声はあまり出さない方がいいと思います。行きましょう」


「…ナニ…コレ…」


「変装の魔法です…」


「白縹…スゴイ…」


「ありがとうございます…」



なんか呆然としたダンさんと里を歩き、いつもの正面玄関じゃなくて裏にあるお勝手口の方へ行ってインナさんを呼んだ。インナさんはニコニコして出てきたけど、俺が連れているのが見たことのない男性なのでキョトンとした。



「インナさん、ダンさんを変装させて連れて来たんだ。中に入ったら魔法解除するから」


「まあ…そうなんですか、見たことのない魔法のマナだったからびっくりしました…」



インナさんに案内されてミロスラーヴァさんの部屋へ着く前に幻影を解除。フッと出てきたダンさんに、インナさんが「アルノルトさんてほんとに研修生なんですか…」と呆れた声を出した。…俺じゃないんだけどね、ほんとは…



「ほっほ…よう来たねえ。アルノルト、連れてきてくれてありがとうよ」


「お、お初にお目にかかります!ダン・山吹です。お会いできて、こ…光栄です…」


「ヒョッヒョッヒョ!そんな大層なモンでもないさ、楽にしとくれ。さて…ダン、あなたはわたしの歌を聞きたいとか?こんな婆よりも美しい歌声のカナリアはわんさとおるよ?紹介してやろうかい?」


「…いいえ、最長老様。僕はあなたの歌が至高だと考えます。身の程知らずなお願いだとはわかっています、ですが許されるなら最長老様の歌を!僕は、『至高』が見たい!」


「ほっほ…なぜわたしの歌が至高だと?カナリアの歌の良し悪しがわかるほど聞き込んでいるのかえ?」


「いいえ、僕は数度しか聞いたことはありません。最長老様、僕はいろんな場所を旅して参りました。雄大な大自然の驚くような景色は、人の手の届かない場所にこそあるものです。僕が焦がれるほど見たいと思っているのは…現存するカナリアの頂点にいる、手の届かないほどの高みにいる最長老様の歌の光です。耳触りの良い美しい歌声が聞きたいだけなら、このような身の程知らずの夢は持ちません。…すみません、偉そうなことを言いましたが、僕はマナの光を見る能力に乏しいので…結局、お姿を見て歌を聞くだけでしょうが、それでも…『本物』が見たい…」


「…なんとまあ。ずいぶんと若いカナリアを無碍にしてくれるねえ?耳触りの良いだけの歌なんぞ、カナリアは歌わんよ?魂を揺らす歌を紡ぐのがカナリアだ」


「あ…すみません…そのようなつもりは…」


「んん~!許さん、許さん。カナリアをばかにするとは何事か~」



俺はハァと溜息をついた。もー、ミロスラーヴァさんてば…



「ミロスラーヴァさん、その辺にしてあげなよぉ~。ダンさん、変な汗かいちゃってるよ?」


「そうですよ、最長老様。ダンさんは必死だったじゃありませんか。それにダンさんは若いカナリアの歌だって、今まで聞きたくても聞かせてもらえなかったんですから…」


「むぅ…ちょっとからかってやろうと思っただけじゃよ…」


「え?からか…へ?」


「ダンさん、ミロスラーヴァさんは面白がってダンさんをからかったんだよ、怒ってるわけじゃないよ」


「アルノルト、すぐバラしおって…つまらんぞえ」


「あ…怒ってらっしゃらない…?よ、よかったあ…」



ダンさんはハアア!と息を吐いて、ほんとに額に汗を浮かせていた。

かわいそ…すごく緊張してたんだなあ。



「ふむ、ダン。あなたは秘密を守ってくれるかい?わたしらはあなたに様々な制約を要求するだろう。それを飲んででもわたしの歌うところが見たいのなら…見せてやろうじゃないかい、『至高のカナリア』の晴れ舞台をねえ」



そう言って、ミロスラーヴァさんはくしゃりとダンさんに笑った。ダンさんは壊れたおもちゃみたいに首を縦にガクガクと振り、「もちろんです…ありがとうございます…っ」と言った。



「アルノルトや、ダンを送ってあげてくれるかい。変装させてくれたのは助かった、里の者が激昂してはお話にならんからの」


「うん、わかったよ。ねえねえ、午後は何して遊ぶ?」


「デートじゃデート!今日は花畑が見たいぞえ!」


「あっは、了解でーす!じゃあダンさんを送ってくるね~」



まだ呆然としているダンさんに幻影を被せ、裏口から出て歩く。だんだん現実感が出てきたらしいダンさんは、ポーッとしながら「どうしよ…どうしよ、すごいぞ…」とブツブツ言っていた。里を出たので幻影を解除してマザー施設の方へ歩いていたら、ダンさんは俺をじーっと見て立ち止まった。



「…アルノルト君は、最長老様とデートしに行くの?」


「うん、たくさんミロスラーヴァさんに楽しい思いをさせたいんだ」


「えっと…ちょっとさ、さっきの防諜方陣敷いてくれる?」


「うん?わかりました」


「…ん、ありがとう。えっとね、こうなったらその、率直に言うけれども!君、ヴァイスとかなり深く繋がってるだろう」


「…深くはないですよ?研修で蘇芳へ行く時に、ヴァイスの偉い方が便宜を図ってくれたくらいで」


「…あの変装の魔法、ヴァイスのレア・ユニーク魔法じゃないか…いや、すまない…暴きたいわけじゃないんだ。そうじゃなくて、さっき最長老様が花畑を見たいって言ってただろ?真冬に花畑とか、そうそうこの近辺にはないよ。たぶん、一番近いのは南へ20㎞くらいのところにある宿場町の菜の花畑。すごく大規模にやってるから、一面黄色の花畑だと思うよ。遠くまでいけるならお勧めは北のケルグ山中腹にある蝋梅ロウバイ園が今は見頃。あ、山茶花も咲いてるだろうな」


「…ダンさん?」


「あ…その…だからね、僕の知ってる至高の花畑さ!普通ならそんな場所にホイっと行けるワケないと思うけどさ。何となく…君は最長老様のためなら、何でもやり遂げちゃいそうな気がして。…はは、突拍子もなかったね、ごめん…」



あー、こりゃもう俺、ほんとダンさんが好きだな!そりゃ何もかもは話せないけど。でももう、俺は観念したよ。心の扉、既にけっこう開いちゃってるよ、もーう!



「ありがと、ダンさん!ミロスラーヴァさんをがっつり喜ばせてくる!それと、明日はダンさんも一日あけてくれる?4人で遊ぼうよ、迎えに行くから!」


「へ?最長老様と遊ぶの?僕が?いいの?」


「いいの~!俺、ダンさんにお願いがあるんだ。そのかわりにダンさんにとって、すごくいいと思う提案をするよ。それがもし『至高』の提案だと思ったら、協力してくれる?」


「うん、そりゃもちろん…うわー、ますます信じられないぞ…僕、何かいいことしたっけ?何このラッキー具合は…」


「ダンさんが今まで頑張ったからご褒美が来たんじゃない?じゃあねー、また明日!」



俺はダッシュしてミロスラーヴァさんの家へ戻った。


その日の午後は菜の花と蝋梅と山茶花を見せて、ミロスラーヴァさんに歓声をあげさせることに成功した。






  

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