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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
宝石の旅路
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300 男子学舎 sideアルノルト

  





翌日、ゾーヤさんにミロ婆ちゃんやインナさんと知り合いになったから遊びに行くと言ったら仰天していた。ゾーヤさんは「私はカナリアではないから、最長老様がいつでもおいでと言った真意はわからないです。でも程々にした方がいいと思いますよ」と忠告してきた。



「えっと…あ、アレか。不敬になるってことかなあ?」


「最長老様がいいと仰ったなら不敬には当たりません。ですが、その…お年を召されていますしね!毎日では疲れてしまいますよ。ね、ですから今日は学舎へ行ってみてはどうです?」



…一生懸命に俺をミロ婆ちゃんから離そうっていうマナがですね…ゾーヤさんから流れて来るわけで…でも俺にイジワルしているわけではなさそう。何か、俺が深入りして悲しまないように、みたいなマナの波。


今日はゾーヤさんの言うことを聞いて、学舎のクラブ活動に参加することにしたのはそういう理由だった。…でも、俺が行った学舎は何と…男子学舎。わかる?コレ。男子しかいない学舎なんだよっ!どっち向いても男・男・男。教師も男、食堂にも男。おばちゃんもおばあちゃんも見当たらない、男だらけの学舎!!


ゾーヤさんは「私はここから入れませんので…」と正門で別れ、俺は一人で教員室ってところへ向かった。



「失礼します、ゾーヤさんから紹介されて参りました。アルノルト・緑青と申しますが…」


「おお、君が魔法部の研修生かい!ようこそ金糸雀の里へ。クラブ活動に参加してみたいって話だったね?」


「あ、はい!なるべく邪魔にならないように気を付けますので、是非お願いします」


「ははは、ジャマだなんて思ってないよ!熱心な人は大歓迎さぁ。さて、どのクラブに参加したいかな?絵画にインダストリアルデザインにテキスタイルデザイン、衣装デザイン、舞台美術に演劇。えーと、楽器ができるなら音楽部、歌がうまいなら声楽部とか。あんまり男子に人気はないんだけど、俳優さんの髪形やメイクを勉強する美容部なんてのもあるね」


「…えっと。運動系は」


「…運動系…一番体を動かすのは演劇部かなあ。意外と筋力が必要だよ、どうだい?」



俺は空気を切り裂く音がするくらいに頭を横に振った。もう、全力だった。無理無理無理!あれでしょ、リア先生お得意の大階段でしょ?俺、死んじゃうから。心が死んじゃうからっ!!



「あ、えっと…それじゃあ見れる限りでいろんな部を…どんなことやってるのか見学していってもいいですか?」


「おお、かまわないよ!各部長には君が参加するかもしれないと伝えてあるから、遠慮せず部室へ入っていくといい。じゃあがんばってね!」



お礼を言って、学舎の案内書を見ながら教員室を出た。

ふおおおお、俺にはハードル高過ぎィィ!!

演劇なんてやったことないよ、グラオのみんな(特にアロイス先生とヘルゲさんとカミルさん)が演技上手すぎて困るってエレオノーラさんに聞いたけど、俺はやったことないよっ!

歌なんてベルカントの歌やナディヤ姉ちゃんの子守歌メインで聞いてるだけで、自分で歌ったことないよ!

楽器?ナニソレ、腕で持つと音が出るならフィーネで充分!!

絵画?デザイン?ウソでしょ…俺がルカとお絵かきで遊んだ時、出来た絵を見てナディヤ姉ちゃんが俺の絵をルカのものと間違えたんですけど…っ

美容部?うああ、アルマ姉ちゃん助けてぇぇぇ…



ととと、トンデモない所に来てしまった感がハンパない…

でもせっかく来たんだ…皆がどんなことやってるのか見に行こう!

アルノルト、ファイト!


絵画部へ行ったら「よく来たね!どうだい、僕らの絵は爆発しててうねっていて、芸術って太陽だぜって感じだろ?」って言われた。確かに、と思ったのは部員がみんな脳みそ爆発したかのように狂おしく描いていたからだ。


インダストリアルデザイン部へ行ったら「どうだよ、この斬新な馬車!スピード出そうだろ?」と流線型で先の尖った馬車の模型を見せられた。まるで馬がサクッと刺さって、一瞬で走行不能になるかと思うデザインだった。


テキスタイルデザイン部へ行ったら「これで君の服を作ったら、里一番の伊達男決定だぜ?」と言ってド派手なファイアパターンの布を見せられた。兄ちゃんたちにこれで作った服を見せたら確実に「ヘルゲリスペクトで炎獄模様かよ、攻めてやがんな!」と爆笑されるに違いない。


衣装デザイン部の人は、演劇部員の採寸をしていたり、ちくちくと衣装に細かいスパンコールを縫い付けていた。俺に気付いた衣装デザイン部長さんは「おお…すまない、いま追い込みでね…」と目の下にクマを作っている。演劇部の部長さんは反射光が目に痛いキラキラしい衣装を着て「おお、君が研修生かい!戯曲は好き?」と真っ白い歯をキラリと輝かせるハンサムだった。一瞬、初代と二代目のグラオ王子や、アルマ姉ちゃんの専属お貴族様が脳裏をよぎる。

舞台美術部の人たちも「追い込み」とかで、舞台から離れずトンテンカンテンと何かを組み立てていたので遠慮した。


美容部へ行ったら「君の頭はありきたりだな…ちょっとおいで!」と座らされた。俺のこげ茶の髪は糊みたいな何かを付けられて重力に逆らう髪形にされ、色粉みたいなものを振りかけられて瞳と同じ緑にされた。鏡を見せられて「どうだよ、これで君も緑の精霊役ができるぜ!」と言われたけど、ニコル姉ちゃんの精霊がこんなにファンキーだとは知らなかった。





俺はこんなに入り込めない学舎を初めて経験して、もしかして俺って金糸雀に生まれたら本当に落ちこぼれだったのかなって思って打ちひしがれた。トビアス、フォルカー、パウラ、ロッホス…会いたいよー…


気を取り直して、残った音楽部と声楽部が合同で練習している部屋へ入った。そこは里の路上でも見かけたドシュプルールを練習している人や、カナリアの歌ではなく、普通に歌う人が発声練習とかをしていた。見学させてくださいと言うと「じゃあ後ろで静かにしててね」と言われ、初めて「見学」ができるなあという気持ちになれた…


有名な金糸雀歌劇団で使われる楽器はもっと多岐に渡っていて、里で主流のドシュプルールやショールではなくオーケストラが主流。大きな管楽器や弦楽器を練習する男子が多く、重厚な音が鳴り響く。もちろん声楽部も男子だけだし、この高等学舎ではバスやテノールしかいなくて、皆の声が腹に響く感じ。ギリギリでアルトまで出せる人はいるけど、ソプラノはさすがにいないので合唱できる曲に少し制限があるのがつまらないとか何とか…


ほー、へー、ふーん…と話を聞いて、でもやっぱりみんな上手いなあって感心していた。そこへ、一人の男子が俺の所へやってきた。



「…なあ、君って昨日、ミロ婆を抱っこしてた人?」


「うあ、あれ見てたの?あはは、ミロ婆ちゃんが砂浜で歩きにくそうだったから、つい…インナさんに言われて、初めて不敬ってわかってさあ…」


「あ~、そういうことかあ。ミロ婆も、そろそろ昇仙だって話だしさ…淋しいよな」


「…昇仙て?」


「 ! あー、えっと、まあ大した話じゃないよ。そういや金糸雀じゃないんだもんな、君。分かりにくい話だと思うから…じゃあね」


「え、ちょ…」



インナさんもゾーヤさんも、今の子も…ミロ婆ちゃんに関して余所者には言いたくないことを持っているのがわかって。何だろ?って思った瞬間には無意識にマナの波を読もうとする俺がいて。…ほんとに、無意識だったんだよ。でも俺は、波から人の想いが聞こえてくることがこんなに辛いってことを初めて経験した。



『…ミロ婆がもうすぐ死ぬだなんて、わざわざ余所の部族の人に言って悲しませることもないよな…』


『ミロ婆も、昇仙した姿を見てほしいと思ってるかわからないしさ…ごまかしてごめんな…』



これが、今の彼から聞こえた言葉。

音楽部の人も、声楽部の人も、一生懸命練習しているはずなのに…

俺は目で見る「音が出ているはずの光景」に反して、耳から何も聞こえてこないというシュールな経験をした。ィィィン…という耳鳴りのようなものだけを残して、世界の音が消え失せた。






  

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