3 困った人が二人いる sideアロイス
ニコル7歳、兄ちゃん14歳。
初等養育プログラム10年、中等養育プログラム5年、高等養育プログラム3年。
その中で僕らは中等4年生になっていた。
とはいえ、とにかく人口の少ない白縹の学舎。初等5年生(乳幼児から5歳)までは幼稚舎にいるものの、初等6年生から中等5年生までは同じ学舎で学ぶ。
たいして変化のないまま、いつもどおりの穏やかな初夏の日だった。
僕は翌週の品質検査に向けて、少し根を詰め過ぎて疲れ気味だった。
昼食を食べ、ちょっと涼しげで昼寝に向いている場所へでも行こうと、学舎裏手の小さな森へ入った。
木立が途切れると、一面にクローバーが生い茂った広場になる。ここの中央には学舎のシンボルにもなっているケヤキの大木があった。
気持ちよさそうだ、と思いながら木陰に入ると先客がいた。…ヘルゲだった。
「やあ。僕もお邪魔していい?昼寝に来たんだ」
幹にもたれて本を読んでいたらしいヘルゲに声をかける。
「…おう」
チロリとこちらを見ただけで、ぼそりと一言。
あとは興味もなさそうに読書へ戻るヘルゲ。
( まぁ、これくらいは慣れたな。悪気がないのはわかってるし…寝よっと )
少し離れたところで横向きに寝転がり、さやさやと吹く風が気持ちいいなあと目を瞑る。
突然、上の方で小さく「パキッ」と音がした。
次の瞬間、僕は何かに突き飛ばされて転がり、木の根にぶつかった。
「な…んだ…あ…!?」
振り向いた僕は信じられない光景を見ることになった。
小さい女の子が、浮いてる。
今まで僕が寝ていたところの、地上1mくらいで、ふわふわと。
ただし、でんぐり返しが途中で止まったかのように上下さかさま。
かぼちゃパンツ丸出しの、あられもない姿だった。
どうも風魔法で浮いているらしく、なんとかフィールドから逃れようとジタバタしているが、まったく報われていない。
「んぐ…む…たすけてぇ」
女の子に声にハッと正気に返った僕は立ち上がろうとしたけど、向こう側からヌゥッとヘルゲが近寄ってきたので驚いて動きを止めてしまった。
ぼふ、と音がすると、女の子が跳ねて半回転した。
頭が上になったところでがしっと胴体をヘルゲに抱えられ、捕まった猫の子みたいにぶらんぶらんしている。
目が回っているらしい、5歳くらいのグッタリした女の子。
それを抱えてのっそり立っているヘルゲ。
ふっとばされてアホ面さらしてる僕。
(誰か解説プリーズ…)
誰も何も発言しない奇妙な静けさの中、僕は根っこにぶつけた腕が痛いだけではない理由で涙目だった。
*****
女の子を寝かせ、生活魔法で濡らしたハンカチを額に乗せてみた。
介抱せねばと思ったが、こんな状態をどうしたらいいのかさっぱりわからない僕の精一杯だった。
「なあ、さっきの風魔法ってヘルゲか?それともこの子?」
「俺だ」
「でもヘルゲって少し離れたとこにいたよね?僕のことふっとばして助けてくれたのもヘルゲか?」
「ああ」
「そか、ありがとう…で、それも風魔法…?」
「ああ」
…もの凄いショックだった。
どうやら木の上から落ちたらしい女の子に気付き、上方向への風魔法で「浮かせる」。
真下にいる僕が危ないと判断し、横方向への風魔法で「大けがしない程度にふっとばす」。
これを一瞬の判断で、驚異的な精度とスピードで。
(魔法の同時行使…なのか?聞いたことないんですけど…しかも同属性って。干渉させずにそんなことってできるのか?それにボールじゃあるまいし、均等な形状でない子供を浮かせたまま風で維持とか…!)
「うー…」
僕がぐるぐる考えていると、女の子が呻きながらむくっと起き上がった。
「あの…たすけてくれて、どうもありがとう」
座ったままペコリ、とおじぎする。まだフラフラしているようだが、声はハッキリしていたので僕はほっとした。
お礼を言われたのに無言でただ女の子をぼんやり見ているだけのヘルゲに、何か言えよ!と思いつつ僕から話しかける。
「あー…僕はアロイス。こっちが君を助けたヘルゲ。中等4年生だよ。どっか痛いとこ、ない?大丈夫?」
こくん、と頷くとチラッとヘルゲを見つつ返事してくれた。
「わたし、ニコルです。どこも痛くない、大丈夫」
「木登りしてたの?この木はニコルには大きすぎるから危ないんじゃないかな…幼稚舎の先生もナニーもいないとこでは、登らない方がいいと思うんだけども」
「…ゃないもん…」
「ん?」
「幼稚舎じゃないもん!初等の7年生っ!」
「え?うわ、ごめん!その…ばかにしたわけじゃないんだ。えっと…そうだ、ヘルゲ!ヘルゲがでかいから、小さく見えちゃったんだよ!」
ものすごく慌てた僕は、ついヘルゲを生贄に言い訳してしまった。
言った直後に「あ、しまった…」と思っても後の祭り。
そーっとヘルゲを伺い見て、驚いた。
ヘルゲがあうあうと、口を開けたり閉じたりしていた。
まるで、ヘルゲも慌ててるように見える。まさか。あの、ヘルゲが??
「…すまん…?」
(謝ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
「いいよ、ちっちゃい子にまちがわれるの、なれてるし。あのね、おじいちゃんが『下にいるよ』って言うから、ついのぞきこんじゃって、そしたら枝がおれておっこちちゃったの。いつもはこんな失敗しないんだけど、こんどから気をつけます」
ちょっとふくれっ面になっていたニコルだが、ヘルゲに謝られてすんなりと許してくれた。
その後すごい勢いでぺらぺらーっとしゃべり出したので、さっきからヘルゲに驚きっぱなしの僕は目を白黒させながらニコルに聞き返した。
「はい?え?おじいちゃん?」
ほぼ全員が人工子宮で生み出される子供たちに、親とか祖父母といったものは基本的にいない。
皆等しく兄弟姉妹という扱いだし、先生やナニーに育てられる。年齢を重ねた人、という意味で○○婆、○○爺とは呼ぶけれど、「おじいちゃん」だけで通じる人物には心当たりがなかった。
まさか、まだ樹上に老人がいるのか!?助けなきゃ!と僕は上を透かし見る。
が、誰もいる気配は、ない。
「ニコル、おじいちゃんて、誰?ウッツ爺…ゲルト爺、とか?」
「わかんない。ここに来ると話してもらえるけど、わたしもみたことないよ」
ニコルは大木の幹をぺちぺち叩きながら言った。
(え?何の話だこれ…ユニーク…?いや、想像力が豊かな子、なのかなぁ…わかんないな…)
「…ふうん、じゃあ、そのおじいちゃんが、僕たちが下にいるって教えてくれたのかな」
極力、疑ってませんよって声と表情を作って尋ねてみた。
「んーと、『くらい火』と『ひかる水』って言ってたかな…おじいちゃんの言うことってたまにむずかしくて、少ししかわかんない」
「 ?? そうなんだ?僕もよくわかんないな…」
お手上げだ、と僕は理解することを放棄して言葉を濁した。
すると、ふっと目の端でヘルゲが身じろぎした気がしたので視線を向けた。
「…くらい火とひかる水…を、ニコルは、どうしたいんだ?」
(いっぱいしゃべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
二言以上をヘルゲが話しただけで驚愕した僕を、誰も責められないだろう。
でもヘルゲを知らないニコルは、いたって普通に受け答えする。
「わたしはね、水にいっぱいもらって、火を…つつむ?とかなおす?んだって」
どうも「おじいちゃん」の声を聞きながら話しているらしいニコルの言葉は、僕にはまったく不得要領で、外国語のようにわからなかった。
(水「に」?火なのに「なおす」?僕らがいると聞いたって話じゃなかったっけ…比喩的に考えたら、瞳の色か?火がヘルゲで水が僕…いやいや、これマジメに聞く話なのか、そもそも?)
頭の中が疑問符だらけの僕とは対照的に、ヘルゲは静かにニコルの言葉をかみしめているように見えた。
「…そうか。ニコルは、すごいな」
「えへへ、そっかなぁー?でもヘルゲお兄ちゃんもすごいね、わたしを助けてくれたまほう、ふわふわういたもんね!空とべるかなぁ~」
「無理だ」
「そっかー、ざんねん…」
「浮くか?」
「…こんどはズボンはいてるときがいいな…ちょっとさっき、はずかしかった…」
「…すまん」
(会話が成立すんのかよ、すげぇぇぇぇぇ!!!)
もう、僕は驚きすぎて声も出なかった…
アロイスの苦労人スキル発動。