298 旅する気持ち sideアルノルト
緑青の街を出るって決まった時、トビアスたちにはすっごく熱心に引き止められた。特にパウラが大泣きで、いつもは明るくてケラケラ笑ってるパウラがこんなに泣くと思わなくてオロオロしちゃったよ。
トビアスは「お前が短期間しかここにいないのは分かってたけどよ…もう少しいてもいいんじゃねえの…」とふくれっ面になり、フォルカーは「お前いないと、元の無愛想トビアスに戻っちまうよー。しかもロッホスの短気を押さえるやつがいねえじゃんかあ」と情けない顔になった。ロッホスは「…次にお前に会う時までには、短気は治しとく」と口を尖らせてボソボソと言った。
俺はほんとに一年ずっと緑青にいたくなって困っちゃったけど、絶対また皆に会いに来るからって約束して、最後の日はお母さんの家でどんちゃん騒ぎして遊んだ。もちろんパウラは家へ送ったしフォルカーとロッホスは帰ったけど、トビアスは「泊めろ」と言って残り、夜遅くまで二人で話した。
「…ロッホス、昔は仲良かったんだ。でもあいつの家…父親が死んでさ。その後何年かして母親が再婚したんだ。その頃から全部気に食わねーって感じになってな。…お前が能天気にあいつのことかまい倒してやんなきゃ、きっと落ちるだけ落ちてたろ。ありがとな」
「そっかぁ~、でも俺は好きに振る舞ってただけだから何にもしてないって。それにもうロッホスは大丈夫だろ?なんかスッゴい勢いで勉強し出して、学舎の…エッバ先生だっけ?びっくりしてたって言ってたじゃん」
「はは、C-から一気にB+だってよ。ユニーク魔法研究室じゃなくても、この分なら魔法部に入れるかもしんねえ。パウラは第七に内定済みだし、フォルカーは第二だしな」
「え!?フォルカーが何で第二なの?」
「アァ?お前それ知らなかったっけ?フォルカーは第二の…アスピヴァーラ家なんだ。あいつ、ファビアンさんトコの末っ子だぞ。資質で言えば第七が適性ってだけで、たぶん緑青の自治に関する補佐の仕事に就くだろ」
「ほええ…そっかぁ~。はは、俺と同じ末っ子か!」
「お前、ほんとにこれから蘇芳に行くのかよ?そりゃ、あの体術なら問題ないかもしんねえけどよ…」
「うー、だからあ!俺は軍人の兄ちゃんたちに鍛えてもらったけど、軍部へ行くほどじゃないから落ちこぼれだって言ったじゃん!蘇芳へ行ってもボコボコに決まってるって~。いい機会だから鍛えてもらうのー!」
「…アレで落ちこぼれとか…俺たちへのイヤミか…お前に教わっても付いていけなかったんだぞ…」
俺はあれからトビアスたちと「俺のまま」格闘術の組手や乱取りをやったけど、俺の全勝だった…そりゃそうだよなあ、俺はグローブでズルっこして叩き込まれてるんだもん。ああ恥ずかしい…
そして俺は蘇芳と露草へ行った。たくさんの経験をさせてもらって、たくさんのことを教わった。蘇芳では最初の頃、俺みたいな能天気なのが気に食わないので冷たくされたけど…根はいい奴が多いんだよね。一度がんばって乱取りに食い付いたら「根性あんじゃん」と言ってもらえて、その後はコテンパンにされながらも鍛えてもらえた。
露草でも、いろんなことを吸収しようとする俺を親切に案内してくれる係の人がいて、たくさん教えてもらった。
でも…トビアスたちみたいな友人は、蘇芳と露草では残念ながらできなかったよ。きっと会えば気安く挨拶もしてくれるし、笑って雑談もできる。そういう「知人」はたくさんできた。
俺ね、きっと二週間ごとに猫の庭へ戻っていなかったら…淋しくて泣いちゃったかもしれない。情けない話だけど、知人はいても友人はいないっていう状況がこんなに淋しい気持ちにさせるなんて思わなかったんだ。蘇芳も露草も、優しくてあったかい人は多かった。でも「白縹の客人」とか「緑青の研修生」でしかなくて、適切な距離感を保った関係で。
ああ、猫の庭のみんなと…トビアスたちって、特別なんだと思ったよ。
俺に「心の扉」を開けてくれる人が、こんなに大切だと思ったことはなかった。
*****
村で品質検査を終えた後、猫の庭で「露草の次は山吹と金糸雀どっちに行こうかなー」って呑気に悩んでいたら、エレオノーラさんが苦い顔で言った。
中佐「アル…お前、本気で山吹に行くつもりかい?悪いがヴァイスは広報部と犬猿の仲だ。行くとすれば魔法部扱いだが…たぶんお前のことを調べ上げて、白縹が緑青の養子になり、魔法部に内定していることくらいは判明させるだろう。白縹だとわかったら…群がって来るよ、あいつらは」
デボラ「ふむ…そのことなんだがねえ。確かに山吹は”隠された情報がある”と思うと調査せずにいられない。だから分体への理解を深めるとか、文化を学ぶという名目を使うのは危険だと、私も思うんだ。何と言ってもアルは、カイやカミル、ニコルという山吹にとってのオイシイ情報と直結しているんだからね。そこでだ、金糸雀に常駐している山吹の支部を尋ねるのはどうだろうね」
中佐「…ああ、広報部金糸雀支部かい…そうだね、それならまだマシだろうよ」
アル「?? うん、どういう違いがあるかわかんないけど…カイさんとカミルさんを追っかけまわした話は聞いてるし、無理に山吹へ行って情報を搾り取られる危険は確かに犯せないよね。俺はそれでいいです!」
中佐「アルが様々な部族と接触したいのは、清濁併せて理解したい気持ちがあるのはわかるんだがね…”濁”は中央でも見られるさ、せめて山吹にも”清”に近いのがいるってのは見た方がいいだろうよ。金糸雀支部でなら、白縹と明かしてもかまわないよ。いつも通り軍部の秘匿に気を付けてくれりゃあ、白縹の日常的なことは秘密でもないからねえ」
デボラ「なら、やはり魔法部の研修生として金糸雀の里へ手配しよう。たくさん見てくるといいよ、アル」
アル「うん、ありがとう!」
こうして、俺は金糸雀の里へ行くことになったんだ。
でもそこには、とても深くてとても明るくて、なのにとても哀しいモノがたくさんあった。