297 アルの躍進 sideヘルゲ
アルは緑青の街でおよそ2か月弱を過ごし、その短期間に4人の友人を得たと言って快活に笑っていた。そのうちの一人、パウラという女子が泣いてアルを引き止めたほど仲が良かったらしい。俺にはとても真似ができん。何年も経ってようやくデニスと打ち解けたくらいだからな…
その後アルは蘇芳要塞都市へ行き、蘇芳学舎のクラブ活動にだけ参加が許されてコテンパンにされつつ鍛えられたようだ。その他の時間は要塞の構造を調べてみたり、街をくまなく歩いては住民と話し…二日に一回は不審者扱いで職務質問を受けるので辟易していたらしい。だが規律が厳しい代わりに決定権というか命令系統がハッキリしているので、とにかく何事も周知徹底されたり決定されるのが早いのだそうだ。
蘇芳には肉体強化系のユニーク持ちなどが多く見られ、アルはそれを興味津々で学生に聞きまくった。最初はうるさがられたらしいが、アルが「そんなに最初からすごい筋肉してんのに、まだ強くなるの?スッゲー!」と率直に褒めるので、そのうち気分よく教えてくれるようになったようだ。結果、俺たちでも知らなかった「マナによる瞬発防壁」や「マナによる瞬発攻撃」という蘇芳独自のマナ利用法について聞き出した。蘇芳はこれを秘密というほどではないが、自分たちのアドバンテージだと理解していてあまり外部へ大っぴらにはしていなかったらしい。…アルは情報収集の才能でもあるのか?と皆で驚いたものだった。
蘇芳を辞したアルは、11月末の品質検査に合せて猫の庭へ一時帰還した。その検査結果に、これまた全員が唖然とする…
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学科成績 S+判定
屈折率・反射率・硬度…宝石級、B判定
透明度 B-判定
総合到達度 B-判定
錬成量 C+判定
錬成速度 A+判定
収束度 C判定
放出精度 A+判定
総合 B判定
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アロ「…ちょ…リアさん?」
リア「…てへ?」
ヘルゲ「オスカー、お前が諭す役だよな?それとも俺がアイアンクローをやればいいか?」
オスカー「あー…俺から言うよ…ヘルゲ兄のアイアンクローくらったら流産しちゃうからさあ…」
リア「だってアルがこんなに覚えがいいなんて思わなかったんだもの!作った課題だって、一回に送るのは約一か月分の量なのよ?それをあの子ってばほぼ完全な理解度で半月以内に返信してくるんだもの!それに悪阻がキツくて学舎を休んでた間はやることがなくって…つい高度な課題を作って試しに送ったら、二日後に返信されてきたし~…面白くなっちゃって~…」
コン「うあー、あんまりリアのこと責めてやるなよ…俺もオスカーたちを面白がって鍛えちまった経験あるしよ。あんまし教え甲斐のある生徒持っちまうと、楽しくて仕方ねえんだって…」
アロ「それにしたって、なんだよこれ。見たことないぞ学科でS+なんて…アルは今までこんな成績取ったことないだろ?」
リア「そりゃそうよお、全てに於いて可もなく不可もなく、ド真ん中の平均君だったわよ。でも、たぶん本気になってんのよ。この集中力は間違いないわ」
…アルは頭脳特化か何かか?確か卒舎時のリアだってA+判定だったと言っていたのにな。アル本人は「だってこんな成績じゃ旅を続けちゃダメ!なんて言われたらヤバいしさー、必死だよー」と照れている…そういう問題じゃないぞ、中枢のシンクタンクに目を付けられたらどうするんだ…
デボラ「まあ、貴重なマギ言語使いが増えるのはほぼ確定と言ってあるからな。それを引っこ抜いてまでシンクタンクに持って行くことはしないだろう。勉強の秀才を探すよりマギ言語使いを探す方が難しいんだからな」
ヘルゲ「それならいいが…一瞬冷や汗をかいたぞリア」
リア「あははー、ごめん!でもそれなら…もっと課題の難易度上げても何も問題ないのよねえ?」
アル「えっまだ難しくなるの!?ちょ…あの、程々にしてください…街を見る時間が無くなっちゃう…」
アルはそう言って困ったように笑い、フィーネを捕まえては抱き上げて持ち歩き、彫像のように固まるフィーネはアルがまた旅へ出発するとドッと疲れたように弛緩する。…さすがに最近の言動を見ていれば分かるが、アルはフィーネに本気で惚れているようだ。
ヨアキムは以前「重症の刷り込み」だとアルを診ていたが、アルはそれを理解した上であの行動に出ているのだとフィーネに説明されて納得していた。「ふむ、これが白縹の精神性の特殊さなのですかね…ちょっとしたきっかけで大化けするケースの多いこと…」と逆に感心していたくらいだ。
アルは年末までの一か月を露草で過ごし、何でも合議制になっていることに驚いていた。ほとんどの業種に組合が設けられており、諍いも話し合いで解決するし、成績不振で潰れそうな店に協力して、倒産を回避することもあるのだという。ただし…何事も決定するのが遅い。十人いれば十通りの意見がぶつかる中で、全員が渋々とでも妥協するポイントを探すのは大変だからだ。
露草の特徴として、
①とにかく我慢強く話し合いをする忍耐力がある
②協力して助け合う意識が強い
というのが一般に言われることなのだが、アルはやはり違う視点でいろいろ質問してきたらしい。実は露草の人々が一番頼りにしている特徴を持つ人のことを「バランサー」と呼ぶのだそうだ。つまり会議で意見がまとまらない場において、妥協点を見つけて会議を落ち着かせることに長けている人が一定数いて、そういう人物は漏れなく民部や露草内の組合で重要な職についている。
…なるほどな。フィーネはよく「緑青に祖先でもいるんじゃないのか」と魔法部で言われるそうだが、俺はアロイスに「露草に祖先でもいるんじゃないのか」と言いたい。俺だけがそう考えたのかと思ったら、話を聞いていたコンラートやナディヤ、リア、フィーネといった同期のやつは全員スゥッとアロイスを見た。
アロ「…皆して僕を見ないでくれよ…僕、そんなに決定が遅い?」
ヘルゲ「いや、お前は決定が早いバランサーだから問題ない。だが、何と言うかだな…」
リア「軍で合議制なんて普通はありえないのに、わざわざそういう苦労を背負込んで皆の意見を纏めてグラオを運営しちゃうトコがそっくりなんじゃなあい?苦労大好きよねえ、アロイスって。何でSなのにMみたいなトコがあるのかしら」
アロ「紅~!リアのお宝本にかっこいい”こうぎょく”の絵を描いてきていいよー!」
紅「はーい!おまかせおまかせえ~!」
リア「きゃああ、ごめんなさああい!」
…アロイスは紅たちにハンドサイン付きの指令を認識させるようにしていて、今のお仕置き指令も『ブラフ』であるサインを出していた。本当に落書きをしないのはいいが…ちょっと待て。
ヘルゲ「おいアロイス…なんだ”こうぎょく”の絵ってのは…」
アロ「そりゃもちろん、こうぎょくのだいぼうけんの表紙にあったやつだよ」
コン「ぶっふうううう!」
俺は右手でコンラートの顎を引っ掴んで握力にモノを言わせたが、アロイスへ記憶緊縛を掛けようとフィーネに接続したことを看破され、マイナスベクトルでマナを押さえられてしまった。一勝一敗だ、くそ。