290 裏マツリ in 緑青① sideヨアキム
アルが旅立ってから、二週間が経とうとしています。アルは緑青でトビアスさんという友人を得て、毎日いろんな講義を受けに行っているそうです。自分でスケジュールを立てて他の私塾へも聴講生として訪れているらしく、一部の生徒の間で有名になってしまったようですね。
『なんかねえ、やっぱり学舎で噂になるらしいよ。こういうヘンテコなのがいたけど、どこの学舎なんだ?みたいになって、でも誰に聞いても俺はどこの学舎にもいないでしょ。だから注目浴びることがあるんだー。話しかけてきてくれればまだいいんだけど、遠巻きに見て”誰だアイツ”ってマナが言ってるの聞くと、こっちから話しかける気が失せちゃう。でも何人か、トビアスの他にも仲良しができたよ!』
「それはよかったですねえ。マギ言語以外の授業でもためになるものが多いでしょう?」
『そうなんだよー!トビアスのいるエプタのユニークに関する授業はかなり面白いし、第四の私塾テッタレスは生活魔法とか生活を便利にする発明品の授業をしてるんだ!ガヴィさんはテッタレス出身なんだよって、そこで話した子が教えてくれてさあ!』
緑青の街のことを語るアルはとても充実しているようで、心底楽しんでいることがわかりますね。アルがいないのは淋しいと思っていましたが、ここまで様々な勉強が出来ているのはとても良いことです。私も楽しくなってきますよ。ですがちょっと、さっき聞いた第三の話は気になりますねえ…
「アル、第三で見かけた具合悪そうだった方…それから見かけました?」
『ううん、さすがに第三の私塾トゥレイスは聴講できないんだ。クロヴァーラ家で認められた血族か、魔法耐性に抜群の適性がある人しかいないらしくてさ。まあ仕方ないよねえ、研究の内容が内容だし…』
「第三て、クロヴァーラ家なんですか…なるほど。アル、第三の建物の周囲にはなるべく近寄るのをやめてくださいね。できればニコルさんに常時繋いで、守護に軽く警戒させておくくらいで丁度いいです」
『うえぇ!?な、なんかよくわかんないけど…わかりました。俺、第二のディオで方陣研鑽の授業受けてるし、テッタレスの発明品の授業へもよく行くから…第三の近くをよく通るんだ…』
「私が心配しすぎなのかもしれませんが、クロヴァーラ家というのは私のお師様の家なのですよ。お師様は魂喰の製作者ですので、クロヴァーラ家に伝わる心理攻撃魔法が伝承で残っていたら事です。デボラにも確認しておきますが、そういう訳ですので警戒はしておいてくださいね」
『うん、わかりましたあ!』
アルへの「通信マギ言語講座」とアルからの「近況報告」を聞き終え、私はちょっと考えました。心理魔法というのは暗号化もしていないまま読むと、ほんの三つほどのセンテンスで何かしら心に影響を与えるものが多いのです。“洗脳”などは二つ目のセンテンスを読んだ途端に意識が途切れ、何かしらの強制命令を受けるためのスタンバイ状態になってしまいます。私は慎重に、注視しないように読んでいたにもかかわらず、自分の部屋でセンテンスの効力が途切れるまで1時間は放心状態になっていた経験があります。
アルが「精神状態がギリギリ」と感じるほどの研究を日常的にしているというのは、よろしくないですね…まるでお師様が魂喰の言霊を組んでいた時のようではないですか。ちょっとヘルゲさんやアロイスさんにも言っておきましょう。
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ヨア「…というわけで、私の考えすぎという可能性もありますが。やはり気になったものですから」
アロ「そっか…緑青は極秘裏に、王朝時代からの伝統や文化を守ってるんだね。それならヨアキムのロジック概要が伝わってたみたいに、クロヴァーラ家に何か残っててもおかしくないかもしれないよね」
ヘルゲ「もし本当に俺かニコルに接続しないと危ないくらいの事態だとしたら、緑青の街全体が危ないぞ?対象が無差別だったら、アルを除いた人間全てが死んだゴーストタウンになりかねないだろう」
カイ「うっほ…ヘルゲやめろー…想像すると鳥肌立つわ…」
アロ「…デボラ教授にそういう可能性があるかを聞いて、エレオノーラさんにも相談してくる。どこからも指示のない裏マツリになるだろうけど、エレオノーラさんからの許可が出たら内偵しよう。皆OKかな?」
カイ&カミル&コン「うえぇ~い!!」
アロ「…だよねー、君ら裏マツリ大好きだもんねー」
アロイスさんはすぐにデボラとエレオノーラさんへ話をしに出かけました。私とヘルゲさん、フィーネさんは開発部屋です。
ヘルゲ「ヨアキム、緑青の分体へ入ってくれないか。望み薄だが第三のセキュリティ詳細があれば欲しい。…だが、俺ならセキュリティに関することはマザーへなど入れないし、厳格に管理されたサーバーにあるのが普通だろう。だから手がかり程度のものでいい。それと第三の研究者名簿だな」
ヨア「わかりました、お安い御用ですよ」
フィ「ヘルゲ、ヨアキム。ぼくの所属する方陣研究室のファビアン室長から少しだけセキュリティについては聞いたことがある。緑青ではアロイスの“迷路”のように、目的地にたどり着けないようにする軽微な心理魔法が使われるそうだ。それを発動させないようにするのは門衛詰所で登録するマナ固有紋登録システムだ。もしかしたらソレをハックするのは有効かもしれない。まあ他にも何かしらの手は打たれているだろうがね」
ヨア「なるほど、じゃあ緑青の分体から第三の門衛詰所まで辿ってみましょうね」
ヘルゲ「そうだな、頼んだ」
私はすぐに緑青の分体へとお出かけしました。ヘルゲさんの言う通り、各研究所のセキュリティに関しては人員の配置程度しかマザーへ記録されていません。そしてフィーネさんの言う通り、マナ固有紋登録システムを辿ると…ありました。登録されていない人間に対しては方角を誤認させる魔法や、進んでいると思わせてその場で足踏みをさせるような魔法が使われていますね。そして警戒方陣に防諜方陣に監視方陣…軍も真っ青の高度セキュリティです。研究所だから当然ですけどもね。
分体から戻って来ると、アロイスさんも戻ってきていました。デボラによると第三ではここ数年で心神喪失になった研究者が二名出ており、緑青の自治体から労働環境の改善警告が出ていたそうです。アロイスさんに断ってからもう一度緑青の分体へ行き、その労務事故報告書を取ってきました。
『研究者A:心理魔法研究室第9班 研究対象 “寄生” 魔法事故治癒院にて入院中 心神喪失状態』
『研究者B:心理魔法研究室第9班 研究対象 “共生鉱物” 魔法事故治癒院にて入院中 心神喪失状態』
私もこの二つの魔法は聞いたことがありません。まあ、名前からして禄でもなさそうですけどもね。これを見たフィーネさんは「気色悪いね、悪食の匂いがするよ…」と顔を顰めました。
アロイスさんは「エレオノーラさんは”何も聞いてないよ”って言ってくれたから大丈夫」と内緒の承認が出たことを皆に伝え、アルにも何も知らせない裏マツリが発動いたしました。




