29 作戦会議 sideヘルゲ
よっし、とアロイスは気合を入れ直すように顔を叩くと、少し考えてから話し出した。
「まずは、最終着地点の設定だよな。人体実験の阻止って言っても、恐怖で絡めとるってのは一時的で、かつ一部にしか有効じゃないと思うんだよね。怖いからこそ、見てみたくなる心理ってあるだろ?今いる害獣を駆除しても、また違う害獣が出るのがオチさ」
「ふむ」
「で、だ。今現在の実験体はヘルゲ一人だ。そして君を育成中ってことは、データ収集中ってことだ。僕らは来年、高等学舎を卒舎する。君は軍に配属されて、マザーのお膝元で検証されることになるんだろう?では、やつらの盲点はなんだ?」
「…俺が、ここまでマザーに反抗的なまま成長していること」
「正解~。しかも、それが完璧に近い状態で隠蔽されていて、さらに協力者がいる。そしてヘルゲ、君の蓄えた情報戦闘力と魔法戦闘力は、マザーを騙せるほどの技量がある。ま、ここまでがプラス要素だね」
「マイナス要素は…俺に弱点があること。しかも、致命的だ」
「そ。ヘルゲはニコルが絡むと冷静な判断が下せない。ここを突かれたら、君の戦闘力は宝の持ち腐れってことになるね。もう一つ、僕が不安に思うのは“数の暴力”だ」
「数…」
「そうだ。大国アルカンシエルは中枢の紫紺一族が六つの主要部族を従え、さらに白縹を飼っている。そして僕らは、二人しかいないんだ。ヘルゲ、この戦いは絶対表に出してはいけない。秘密裡に、誰も気付かないうちに、いつのまにか変わってしまうのがベストだと、僕は思う」
「…中枢は、部族を掌握するためにマザーで管理・統括している。だがマザーの優秀さに頼り、マザーの判断なら間違いないという認識が定着している。なら、マザーを…『品質調整』して倫理回路を書き換えたら、どうなる」
「それができるなら、一番安全確実だろうね…言うは易しってやつだな。僕の感覚だけで言うなら、ヘルゲはマザーを“騙す”のがうまい。それは認識をその都度ミスリードするやり方なんじゃないのか?」
「…そうだな、ダミーと隠蔽を多用して、俺がいないと思い込ませるって手口だな」
「そうすると、ヘルゲの言う『品質調整』とは意味合いが違ってくる。マザーの基幹である倫理回路を、騙すだけではだめだ。人体実験で心をいじくるという提案を、思いつきもしないように書き換えなきゃいけないんだからね」
「…マギ言語の構築と、マナの錬成…要するに演算速度が、圧倒的に足りない。俺が作業している間にマザーが異変を察知して、バックアップから修復作業に入るだろうな」
俺はせっかく見えた道筋が、急に閉ざされたような気分になっていた。
あんなに力をため込んだと思っていたのに、まだこんなにも足りない。
「…なるほどね。うん。でもさぁ、ヘルゲ」
「…?」
「けっこう、今日だけですごい進歩じゃないか?」
「…そうか?」
「そうさ。僕らの力や人数が大国に比べてちっぽけだなんて、最初からわかりきってたことだよ。でも攻略法はある。あとはどうやって手が届くように工夫するかってことだろ?」
…まいったな。
アロイスがいるだけで、こんなにも違う。
他者が協力してくれるというのは、こんなにも可能性が拡がるってことなのか。
俺だけでやってやろうなんて、傲慢な考えだったんだな…
「ああ、そうだな。これからもっと工夫することを考えないと、な」
「そういうことだね~、んじゃ『第一回作戦会議』はここまで!あんまり煮詰まると、ろくなこと考えつかないもんね。おやすみ~」
「おう」
そうか、会議とは二人以上いないとできないな。俺は、一人ではないな。
俺はさっきまでの自分へのガッカリ感も忘れて、深く眠った。