280 運命って。 sideアロイス
アルが学舎にいる時間帯に、グラオ全員とナディヤも含めた全員で一階に集合していた。昨日の突き抜け事故や、ルカの能力について話すためだ。問題点は二つある。一つはアルの変化について、一つはルカの能力について。
アルの変化についてはフィーネがかなり戸惑っている。リンケージグローブでフィーネの能力を体験しているからこそ理解できる話ではあるけれど、フィーネに接続して神経を集中すると本人のマナから副音声とでもいうべき『本音』や『願望』が聞こえるんだ。もちろん本人が必死に隠そうとしてガチゴチに緊張していると簡単には読めない。そういう時に聞こえてくるのは『なぜ緊張しているのか』という理由になるからだ。
ところがアルは、それがなくなっている。昨日フィーネが皆にこっそり頼んで観察してもらっていたんだけど、全員副音声は聞こえない、という結論だった。フィーネによると、こういうケースは金糸雀でしか感じたことがないと言う。
フィ「ぼくはカナリアの合唱を聞いたことがあるんだよ。マナの大いなる流れに感謝して祈りを捧げる、いわゆる神事にあたる合唱さ。そのカナリアたちからは歌声以外何も聞こえない。雑味が一切ない、純粋な願いや純粋な祈りを、意識を丸裸にしたかのようにむき出しにして捧げるのだよ。だからマナから余計な声が一切ないんだ。でもアルは…普段通りの状態であれだろう?何か深淵の後遺症なのではと心配になってね」
アロ「…正直言って、僕でもそれはわからない。アルが深淵から戻った人物としてはレアケースなのだとわかってはいるけど、今までフィーネみたいな観点で治癒師が診察したっていう記録がないからね…」
ニコル「フィーネ姉さん、昨日ね、精霊に『アルはどうしたの?』って聞いてみたの。そしたらさっきフィーネ姉さんが言ってたのと同じ事言ってたよ。『ぜんぶ開け放ってる』って言ってた。私はわかる気がするんだけど、アルはきっと私が宝玉になった時みたいに感覚の扉が全開放されているような気がする。だから落ち着けば段々元に戻るんじゃないのかなあ…うまく言えないんだけど」
フィ「…そうか…じゃああの竹林はもしかするとアルの心が丸見えになっているのかもしれないね。ふむ、それならば精神汚染かもと警戒する必要はないか」
ヘルゲ「そうだな、ニコルも最初は守護が勝手に出てきたりしたもんな。アルは大丈夫だろう、あとはルカか」
ヘルゲが持ってきたミッタークとナハトの回答は全員見た。最初はコンラートだけに見せて、ナディヤへ知らせるかどうかを相談したんだ。でもコンラートはしばらく考えてからニヤッと笑った。「…俺の嫁はな、つええんだ。俺からナディヤには話しておく。グラオの会議にももちろん出るぜ」と手をヒラヒラ振って自室へ行った。コンラートと一緒に一階へ降りてきたナディヤは、いつも通りのふんわりした笑顔だった。
ナディ「ルカがもし強い力を持った占術師だとしても…それを悪用しないような子に育てばいいんでしょう?大丈夫、この子は白縹よ?グラオの皆に囲まれて育って…イタズラくらいはするとしても、本気で悪事に手を染める子になるほうが難しいわよ」
コン「な?そーゆーワケだ。まあその能力がどーゆーモンかっつーのは参考までに知っておきてえけどよ、まるっきりそのヴェールマランの占術師と同じたぁ限らないんだろ?」
ヨア「ええ、たぶんその占術師の記録って緑青の分体から持ってきた情報だとは思うんですけど。私もその二つのケースは存じてますよ、運気制御能力者が自殺したと断定されていることまでは知りませんでしたけど。まず大前提として、魔女…つまり女性の占い師は視ることに長けているんです。中央にも占い師はいるでしょう?紫紺の一般人がやっていたと思いますが、視る能力者ならどこにでもいておかしくない。ヴェールマランでは魔女がとても多かった時期に占術師の小さな町ができたので有名になり、能力も総括して”ウィッチ”と呼ばれていました」
ナディ「視る…そうね、私も視るだけだものね…」
ヨア「ええ、それに対して男性の占術師の力が強いと恐れられていたのは、視る力よりも『運命を変えてやる』という、力を加える意識が強く働くからなんですよ。占星改竄はホロスコープ・クラッシュと呼ばれていました。占い結果を見てから星の運行を無理やり改竄して、一時的に運気を操作するんです。でもあまりに大きい改竄をするとその人に後から大きなしっぺ返しが来るらしく、結局人の幸運の総量は変わらない、運命など簡単には変えられないという『常識』を占術者の間に植え付けました」
ヨアキムはここまで言うと、少しナディヤたちを見ながら、意を決したように話しはじめた。
ヨア「…それで、運気制御ですね。これはラック・コントロールと呼ばれ、先ほどお話しした幸運の総量という常識を突き破る能力でした。この能力は実は占術など関係ないんです。能力者が対象者を視て『この人はこれから悪い人物に出会って殺される』と感じ、『そんなことはダメだ、死んでほしくない』と思って能力を行使すれば…その人は殺されません。意図的に占術を捻じ曲げるわけでもなく、ただ願うだけで最悪の未来を回避させる。もちろん対象者に何のしっぺ返しも来ない。対象者の運気を捻じ曲げたわけではなく、対象者の周囲が勝手に数々の偶然を起こして結果的に救うのですからね…」
ヨア「もちろん彼の争奪戦は凄まじかったと聞きます。子供の病を治して、死んでしまう未来を回避してくれとか。それならまだいいのですけど、欲にまみれた者ほど彼を欲しがるわけです。金持ちになる未来を呼び寄せろ、政敵を蹴落とせる未来を呼び寄せろ…結局彼は裏社会の者に誘拐されそうになっていた所を保護されましたが、王宮内でもこっそり彼に依頼しようとした数人は悪運を呼び寄せられて変死しました。彼は『俺が彼らに悪運を呼び寄せたかもね?でもどうやってそれを証明するんだ?』と嘲笑ったそうです。そして、自分にも悪運を呼び寄せて”自殺”したようです…まあ、捜査の観点から言えば賊が入って殺された”他殺”だったわけですが」
全員がヨアキムの話を聞いて「うぅわ…」という顔を隠せなかった。
カイ「…ま、つまりはそいつ…守ってもらえなかったんだろ?周囲にそいつを守ろうとする壁がなかったか、あまりにも薄かったか。ルカは心配ねえわ、この守りを突破できるヤツがどんだけいるってんだ」
カミル「そういうこったな。それに他の子供たちも、ルカに負けねえくらい初見の能力がボロボロ出てくる可能性が高いだろ。こんくらいで動じてらんねえよ」
アロ「んあー…確かに。よっし、じゃあ子供たちの能力については何かあったら全員で情報共有。臨機応変に対応していきましょう!」
全「うーい!」
うう…最近、教導師の頃の心配性が復活してきた気がする。僕らって…マザーを改変しても何かしらこういうことで翻弄される運命なんだね。




