253 流動魔石 sideヘルゲ
翌日、ヴァイスで任務報告をマザーへ書き込んでいた時に母さんから通信が入った。
『ヘルゲ、ガヴィが来たよ。開発部屋へ案内すればいいかな?』
「あー…そうだな、直に来てくれ」
『…もしかして、もうアロイスが感づいたのかい?彼は鋭いねぇ~』
「もう少し形になってから話したいからな、あと少しの間だけ秘匿モードだ」
『わかったよ、ではすぐに連れて行くよ』
俺もヴァイスの自室からフィーネとヨアキムへ集合をかけ、移動魔法で直に開発部屋へ行くと、ほぼ同時に母さんとガヴィが入ってきた。アルは今頃学舎で勉強中だから欠席だな。
「ガヴィ、すまないな呼び付けて」
「かまわないわよー!んで?デボラがワッルーイ顔してたんだけど~?」
「おや、心外だね。楽しい顔をしていただけだ」
「母上、ぼくもそういう顔をするとアロイスに稟議が通りにくくなることを発見しましてねえ。最近は稟議通過しやすい笑顔を研究していますよ?」
「そうなのか…私も気を付けるとしよう」
「ガヴィさん、こちらへどうぞ。いまお茶を淹れましょう」
全員でテーブルを囲んでヨアキムに淹れてもらった紅茶を飲みながら、ガヴィに事の顛末を話した。柔らかい魔石を探している、もしガヴィが作れるなら依頼したいと伝えると、目を丸くしていた。
「昨日、母上と魔石商へ出向いたのだがね…大していい情報はなかったのだよ。磨かれた楕円体の水晶が一番効率いいからそうして売っているのであって、効率がガクンと下がっていいなら腕輪のように研磨することは可能だ。だが薄くすると割れるだろうと言っていたね。水晶はそこまで結晶としての硬度はないからねえ」
「そうだな、それに結晶として連続体になっていないと、ただの小さな魔石を繋いだ飾り物になってしまうとも言っていた」
「やっぱり普通の魔石調達じゃ無理があるんだな。ガヴィ、何かいい案がないか?」
「うわっは~、それにしても突拍子もないこと思いつくわねー!そうねえ…水晶は確かに作れるけど…柔らかい水晶はムリよねー!それならさ、やっぱ粘土よ粘土。それに水晶を粉末状にして混ぜてー…粘土自体にマナ・ピエトラの要領でマナを浸透させたら水晶粉末とのツナギにならないかなー…そんなにめちゃくちゃ流動的じゃなくていいんでしょー?」
「ああ、グローブの甲に仕込むつもりだし…動きが阻害されない程度でいいんだが」
「ん~、よっし!悩む時間がもったいないから実験実験~」
ガヴィはドココン!と3種類の粘土をテーブルに出した。
…え?いま言った粘土、一瞬で出したのか?え?
「左から水晶粉末含有率が70%、80%、90%ね!水分がトんじゃうとカッチカチになるからさ、グローブに仕込むなら何か密閉させること考えないとダメかもね~」
「…ガヴィ、またしても一瞬で出したね…私でさえ呆れるよ…」
「いやぁ…褒められると照れるー」
「褒めてない」
「これは…マナを充填していないんだな?」
「そうよー、悪いけどこれにマナを充填して何が起こるかなんて予測つかないからさ!一応ヘルゲに結界出してもらった上で充填作業したほうが安全だし」
なるほどな。俺はガードに粘土の周囲を盾形状になって守ってくれと頼んだ。ニコルの守護ほどじゃないが、普通の結界よりはよほど安心だ。ガヴィは満足そうに頷くと「いっくよー」と言って粘土にマナを充填し始めた。キラキラした水晶の粉末が入った、灰色の粘土が段々発光し始める。粘土にマナを浸透させている影響なのか、まるで油がかき回されているかのように流動的な、とろりとした動きをしている…
水晶粉末の含有率に従って光の強さも違っていて、一目で一番右側の粘土のマナが多いのがわかる。ガヴィは「うーん、こんなもんかな?」と言ってマナの供給をやめた。
「…なんだか…生きているような動きだねえ…」
「これ、この前フィーネさんとアルが見せてくれたマナの波みたいな動きをしてますね?」
「うん…なあヨアキム。この動き、私も見たことあるよ…マザーの中ってこんな感じのマナが渦巻いてないかい?」
「あ、そういえばそうですねえ…マザーは核に支えられてマナを空間に固定していますけど…要するに大規模な魔石と同じ原理ですしね」
「これさ~…流動体の魔石ができたと思っていいと思うなあ、私の直感だけど。粘土の水分どうこうじゃなくて、マナの流れで動いてるもん、コレ。でもこの中に方陣とかが入れられるかどうかは私じゃわっかんないなー」
「それもそうか…とりあえず映写用魔石と思ってデータを入れてみようか」
俺が今見ていた粘土の様子をインプットして起動させると、問題なく映し出される。今度はレベルの低い結界方陣をインプットして起動させても、問題ない。ちなみにグニグニとこねてみても、方陣の機能に何の影響もなかった。
…これは、ものすごい発明品をガヴィが一瞬で作り上げたかもしれない…
念のため、全てのデータを抜いてカラにした状態で水分を抜こうとしてみた。だがこの流動魔石は水分も含めた粘土にマナが浸透しているので、マナを充填した時点で水分が固定化されているようだった。
「ガヴィ、これはどこまで粉末水晶を練り込めるものかな?あまり水晶の含有率が高くなると、繋ぎの粘土の働きが悪くなりそうだし…効果の高い配合を知りたいのだよ」
「おっけーい、んじゃダメ元で99%から1%ずつ下げていきますか!ガンガン結界の中にマナの充填済で作っていくからさ、ヘルゲとフィーネで検証してってよー」
「おう、わかった」
含有率を微調整するからか、ガヴィは慎重に一つずつ粘土を出していった。やはり99%ともなると水晶粉末が多すぎて流動化せず、動きがギシギシしている上にマナを繋ぐ粘土が足りていないため何も方陣が入らない。
ちなみに流動化するなら水に水晶粉末を入れればどうか?という案も出たが、水だと本当に流れてしまって、粘土のように一つのカタマリとして安定しなかった。
そして実験を繰り返して出た効率のいい流動魔石は「水晶粉末含有率93%、粘土水分22%」と判明した。
「おおお…これなら上質の魔石と同程度と思ってもいい。たぶんヨアキムの器に使っている魔石の80%くらいの純度と換算できるね。グローブの甲に使うとして…分量はこれくらいか。うん、大丈夫。この数値ならパピィ一体分くらいの方陣は入るよヘルゲ」
「マナを充填したら水分の蒸発も考えなくてよくなっちゃったし!コレ大成功じゃなーい?」
「ガヴィ、これはすごい発明ですよ…」
「あっはー、この実験は面白かったわ!まあこんなの一般に売り出したらロクなことに使われないからさ、軍事物質作っちゃったとでも思ってグラオ以外では封印しとくわよ!このギャラはまたここの酒宴に呼んでくれたらチャラでいいわー、よろしくっ」
「ガヴィ、それはいけない。ギャラはきちんと受け取ってくれ、今後頼み難くなってしまうよ」
「ええぇ…ほんとにいらないのにー、デボラもマジメねー。…あ、んじゃ虎猫亭の限定菓子!知ってんのよー、デボラって虎猫亭の職人にコネあるでしょー…私にもあの大福!!ちょーだいっ」
「え…この大発明のギャラが大福?本気かガヴィ?」
「あの大福の良さがわからない甘味オンチな宝玉は黙らっしゃーい!」
「まあいいか…わかった、限定菓子を定期的にご馳走するよ。一生奢り続けてもギャラに届かない気はするけどねえ…」
「イヤッホーィ!」
――俺たちはこうして、約10㎏の流動魔石という大発明を大福で買った。




