215 遊ぼう sideヘルゲ
完成披露パーティーの後、俺と大佐、コンラート、カイ、カミルはいつのまにか食堂で寝ていたが、ゆさゆさと執拗に揺さぶられて目を覚ました。目の前に白くて丸い何かがいて一瞬驚いたが、アインたちがひっきりなしに『おきゃくさーん、もうへいてんだよ!』『まいったなー!』と言いながら俺たちを起こしていた。
…バッカスがいない。
大佐と俺と一緒に最後まで飲んでいたオスカーは大佐に「…おめえ、今度褒美に俺の火酒1ケースくれてやらあ…」と言わせ、俺からは酒の神バッカスの称号を進呈した。本人は「えー、あんまりその称号嬉しくないんだけどヘルゲ兄…」と微妙な顔だったが、ここにいないと言うことはあいつ普通に部屋へ戻ったんだろう?あいつが今まで一生懸命鍛えてきたのは、筋肉じゃなくて肝細胞だったに違いない。
俺とコンラートはなんとか起きたが、カイとカミルは完全に酔い潰れ、大佐はアインたちが揺すったくらいじゃビクともしない。「アイン、この三人はもういい。リンたちに頼んで、毛布くらい掛けておいてくれ」『がってんしょうち~!』…相変わらずの返事をしてから大佐に群がっていた白いモチの群れは離れ、リンたちが予備の毛布を三人に掛けていた。
ふらふらと自室に戻ろうとして、ふと思い付いて紅に聞いた。
「…紅、母さんたちはどうした?」
『みんなをあいているおへやにごあんないしたよ~。ぷろふぇっさーでぼらとえれおのーらさまはA-202にいる~』
「…さま?」
『まちにまったおきゃくさまだもの~』
「…そ、そうか」
部屋へ戻ると、ニコルはむにゃむにゃ言いながらニヘラ~っと笑った顔で寝ていた。襲ってしまおうかとニコルを覗き込んだが…俺はそのまま電池が切れて、ニコルの胸に頭を乗せて寝てしまった。
*****
数時間後に目覚めると、ニコルが「びっくりしたよお!苦しくって目が覚めたらヘルゲが乗ってるんだもん!」と赤い顔で言った。…くそ、電池切れだと俺も起きないからな…その瞬間に起きていれば、いいものを見られただろうに。
俺は毎朝、開発部屋のミッタークとナハトの調子を確認しに行く。ニコルはそのまま1階に降りて行った。「俺もすぐ行く」と言って別れ、開発部屋へ行くと…母さんが既にいて、なんとヨアキムと話していた…
「おや、ヘルゲおはよう。…ミッタークたちに触ったらヨアキムが話しかけてきてくれてね。ずっと、今まで話していたんだ」
「ヨアキムも大概だな…こいつらに逆ハックできるとは思わなかった」
『はは、違いますよ。紅蓮の悪魔…ああ、すみませんってば、わかりましたよ…ガードが連れてきてくれたんです。デボラがいて驚きましたよ』
「ああ、そういうことか…まさか一晩中話してたのか、母さん」
「うん、ヨアキムとの話は面白くてねぇ!つい時間が経つのを忘れてしまったよ」
「…仲直りできたのか、ヨアキム」
『ええ、おかげさまでね。デボラにも何とか許してもらえました』
「私は最初から許していますよ!人聞きの悪い!」
『あっはっは!デボラはすぐ怒る。エステルそっくりだ』
俺はヨアキムの大きな笑い声を始めて聞いた気がした。こんなに陰りのない笑顔も。母さんは…すごいな…
俺も嬉しくなって、ヨアキムに言いたかった言葉を投げかけた。
「ヨアキム、俺たちと遊ぼう」
二人で食堂に降りると、女性陣とオスカーは元気に朝メシの準備を手伝っていた。リーとコンラートはまだ少し酒が残っていてうーうー唸っていたから、解毒をかけてやった。そして酒瓶の森にある3つの死体は、皆スルーで食べ始めている…俺は母さんと一緒に中佐のところへ行った。
「中佐、ちょっといいか?ヨアキムのことで話がある」
「ん?…ここで話してもいい内容なのかい?」
「大丈夫だ。中佐も開祖の話は聞いてるだろう?」
「ああ、厄災の箱にいるデボラの祖先の魂だね」
「彼を…この猫の庭で自由に動けるようにしたいんだ」
「はぁ!?」
「あー…自由って言っても1階と開発部屋くらいか?」
「問題はソコじゃないだろうが、ボンクラ息子!どうして!どうやって!と聞いてるんだよっ」
「ボンクラ…また罵声バリエーションが増えたな…」
「 ソ コ で も な い よ っ 」
業を煮やした中佐は、藍に言いつけてアロイスを呼んでこさせた。…あんなにぎゃあぎゃあ言ってた割にはあっさりとコンシェルジュを使いこなしているじゃないか。アロイスは俺たちの分の朝メシをフィアとフュンフに持たせてテーブルへやってきた。
「アロイス!このボンクラ息子から要点を聞き出しな!」
「え?あぁ…ヘルゲ、どうしたのさ?」
「ヨアキムをな、猫の庭に解放したいと思ってる」
「…厄災の箱から連れ出せるの?」
「それはまだ検討中だ。魂喰を消すかどうかしないと危ないからな。だが…もし連れ出せるなら、この猫の庭をヨアキムの魂を保護する新しい匣にできると思うんだが」
「…技術的には要検討、か。デボラ教授も一緒ってことはマッド親子が全力で取り組むってことなんだね、うわあ…あとは…ヨアキムの気持ち的なところはどうなの?」
「ヨアキムに、俺たちと遊んでくれと言った。ヨアキムはめちゃくちゃ嬉しそうだったが、魂喰を飼い慣らす役目は絶対に放れない、たまに端末で俺たちと話せればいいと淋しそうな様子になった。…俺は自由なヨアキムと遊びたい。協力してくれないか」
「…エレオノーラさん、こういうことみたいですが?僕としては全面協力に一票。すぐにでも取り掛かっていい案件かと思います。安全面ではすでにガードがいますし、ヘルゲも魂喰に再度殺されるようなヘマはしないと思いますが?」
「…ふん…デボラ、緑青の歴史的重要人物をここに縛るというのは…緑青としては許せる範疇のことなのかい?」
「問題ないだろうね。緑青の誰も…私たち以外は開祖が現存することなど知りもしない。緑青で物珍しい研究材料として見られるくらいなら、ここでヘルゲや私と遊んだ方がヨアキムも楽しいに決まってる。彼は得体の知れない伝説の開祖などではなく…一人の、強い意志を持った人間だったよ」
「いいだろう。フィーネにも話してすぐ取り掛かりな。…アロイス、ニコルはヨアキムと確執を持ったまま、あれ以来会ってないんじゃなかったかい?」
「あ!そういえばそうか…きちんと話さないと、あの時のことを思い出してパニックになると可哀相だ…ヘルゲと一緒に話をします」
「そうしな。…ハァ、次から次へとアンタらは…私ゃ年取るヒマもないよ…」
俺たちは朝メシを平らげ、母さんには後で開発部屋へ行くと言ってグラオ全員を呼んだ。アロイスは三人で話した方がよくないか?と言っていたが、俺はもうグラオ全員で話した方がいいと思う、と提案してみた。もしうまくいってヨアキムをここに解放できることになったら、ここの住人全員が触れ合うことになるからだ。リアとナディヤへの説明は、フィーネとコンラートにまかせることにした。
アロイスからざっくり説明を受けたアルマ、ユッテ、オスカー、カイ、カミルは神妙な顔で聞いていたが、それぞれが納得した表情で頷いた。
「ヘルゲ兄、そんな危ないことして死にかけたのかよ。でも今度は大丈夫なんだろ?」
「ああ、問題ない。俺もニコルも守護が付いてるからな。俺だってもう一度赤ん坊からやり直しはゴメンだ…」
「ぶ…そ…それは確かに…」
「ねえニコルぅ、もうとっくに許してるんじゃなあい?ニコルって怒りが持続しないもんねぇ~」
「う…そりゃ、あの人が酷い目にあった人なのは聞いたし理解してるけど…でも、あんな危ない魔法仕掛けて…ヘルゲがあんな目にあった…」
「あんたはヘルゲ兄がぶっ壊れた記憶があるもんね、仕方ないけどさ。でも本当に攻撃受けたのはヘルゲ兄だよ?本人が許してんじゃん」
「…でもニコルは、一人でヘルゲの惨状を見て、一人でヘルゲを救った。ヘルゲは逆にその時の記憶が途切れているわけだからね。トラウマになっていても仕方ないとは思うんだ。その上で…ニコル、ヨアキムと話してみればいいと思うよ?話してみて、やっぱり許せないと思ったら、その時また考えればいいよ」
「…うん、そうだね。話さなきゃ、進まないね」
「いま話すか?」
「…うん」
俺は移動用端末をテーブルへ置いて、ミッタークに繋いだ。ガードに呼びかけてヨアキムを連れてきてもらう。
『ヘルゲさん、どうしました?』
「ああ、ニコルと話してやってくれないか」
『…なるほど、もちろんです。ニコルさん、お久しぶりです』
「う…あの…お久しぶり…です」
『…ニコルさん、無理に私を許してくれる必要はないんですよ』
「え?」
『ふふ、皆さんお優しい。ヘルゲさんに頼まれて、私をここから解放する算段でも立てていらっしゃるのかな?私はね、ここで魂喰を飼い慣らす役目を自ら進んで担っているんです。だからね、ニコルさん。あなたは私を恨んでいていいのですよ。当然の事です』
「…うー…うー…ヨ…ヨアキムさんっ」
『はい、なんでしょう』
「ごっごめんなさいって言って!」
『え?…ええと…ごめんなさ…い』
「…うん、じゃあもういいよ!あ!あと魂喰を飼うとか、もうダメだからね!飼うならカワイイわんことかにゃんことかに決まってるでしょ、悪趣味すぎる!どっかに捨ててきてくださいっ」
ぶぅっは!!
およそ全員が噴き出したあと、ゲラゲラ笑いながら次々にヨアキムへ話しかけた。
「やぁだ~もぉニコルってば…ヨアキムさんって言ったかしらあ、こうなったら全員止められないからねえ?悪趣味な魂喰の飼い主は廃業なさいなぁ」
「ヨアキムさんよー、もう諦めろや。あんたがどう言おうと、俺たちゃそこから引っこ抜くぜ?」
「「うえぇ~い、マツリかあ?」」
「はは、主に頑張るのはぼくら開発チームですかね?ま、ヨアキムが出てきた際には皆で宴と言う意味でのマツリですねぇ」
「「うえぇ~い、宴ぇ!」」
「兄貴たち、さっきまでダウンしてたじゃん…大丈夫なのかよ」
「「うっせぇバッカス!新兵に飲みで負けて悔しいんだから黙ってろ!」」
「キムキム~、早く出てきて遊ぼうよぉ」
「アルマ、ヨアキムだよ…あんたって、たまに変な呼び名付けるよね…」
ヨアキムはぽかんとしていたが、だんだん我慢できなくなったのか大笑いし出した。ぽろぽろと涙を零しながら、それでも大笑いしていた。




