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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
その後の結晶たち
210/443

210 猫の庭 sideアロイス







10月下旬までに、フィーネは村の外縁に広い土地を確保した。村の方向には小さなブナの森があり、ブナノキ、ホウノキ、ミズナラ、ハウチワカエデ…いろんな落葉樹の木々が広がっている。丁度今は紅葉の時期で、森は見事な金色に染まっていた。反対側には小さな草原と砂浜。さえぎる物のない海の景観がなかなか気持ちいい。


ガヴィのトンデモ値引きのおかげで村のアパルトメントを売却しなくても充分賄えることがわかり、単純にこの賃貸物件を所有し続けられることになった。パピィの収入も途切れてはいないものの、納品し尽くしたので新たな需要はそうそう無い中、いい収入源だとフィーネもほくほくしている。



「さぁ~て、やっちまいますかあ!」



そう言うとガヴィは、模型を確認してから建物の基礎を作り始めた。まさに「ドバン!」という擬音がつきそうな勢いで長方形の大穴が空く。けっこうな深さなのでビックリして、地下室作るなんて話はあったっけ?と質問してしまった。



「あははー、違う違う!かなりの重量物が上に来るからね。まずは建物の周囲も含めて地盤改良すんのよ!ちょっとやそっとの”地壊”を撃たれたくらいじゃ地割れなんてできないわよ~?あ、ちょ…ヘルゲの地壊はダメだって!何実験しようとしてんのよおー!ヘルゲのはちょっとやそっとじゃないでしょー!」


「む…すまん。ガヴィの魔法を見てると実験したくてたまらなくなるんだよな…」


「よそでやってよヘルゲ…僕らがこれから住む所なんだからな…」



地盤改良が済むと、基礎を作っていく。ガヴィの作業スピードはとんでもなく速くて、左手に模型、右手にマナ、そしてニヤニヤした笑顔はフィーネとデボラ教授にそっくり。そのたった一人の女性が、積み木遊びをするようにゴンゴンと石材を生み出しては重ね、あっという間に一階部分の外壁が出来上がっていく。



「ふぃ~、よっしヘルゲ!今からこれを取り囲むように養生するから、迷彩お願いねー」


「おう」



…通常は建築現場の養生というと、足場を組んで布を張り巡らせ…作業で出た粉塵被害を防いだりするものらしいんだけど。ガヴィの作業に粉塵はほぼ出ないし、その「養生」自体がマナ・ピエトラだったりする。つまり、薄い石壁で作業現場を囲ってヘルゲに「こじんまりした建物の作業風景」を映し出させることによって偽装するわけだ。その作業風景を撮影するため、ヘルゲはガヴィと緑青へ行った。そして「…ガヴィ以外の建築現場ってのは…前時代的に見える。最初にガヴィを見てしまったら、逆カルチャーショックだな…」と呆然として帰ってきた。


石材の重量を軽減するために結界や風魔法を駆使するけれど、普通に滑車を使ったり人力で積み上げていくのだそうで…そりゃガヴィが売れっ子になるはずだよねえ…本人は「あんまり派手にやると、業界から爪はじきにされちゃうからさあ!ほどほどにやってんのよ!予約がイッパイでーすって言いつつ、作業なんてソッコーで終わるし。だから今回の仕事だって全然無理してスケジュールあけたわけじゃないからね、気にしないでよ~?」と言っていた。それで作る建物が凄い精度の石造り高層建築…しかも金属柱入りの新素材で強度抜群なんだからね…




そして…「一か月でできあがる」とガヴィは言っていたけど、実際は6日程度だった…つまりグラオが交替で作業現場に人が来ないよう警備するんだけど、作業自体はそれも見越して週末だけだったんだ。…もうやだ、ほんと変態魔法使いって…予測がつかないんだもん…っ


養生のマナ・ピエトラはどんどん高くなっていき、ガヴィは恐れ気もなくその上に立っては建物を作っていく。外壁が出来上がると中に入り、またしてもすごいスピードで模型通りの壁を生成していった。二棟それぞれに、二本の黒い鉄製螺旋階段がはるか上まで伸びている。なんで階段を作ったんだろ?と思ったら「非常階段代わり?あと、なんとなくカッコいいじゃなーい」とのことだった。確かに見た目もいいし、非常階段は必要かもしれない。何が原因でキャリアーが使えなくなるかわからないしねー。


そしてあっという間に建物ができあがり、厨房の什器も各部屋の家具もどんどん運び込まれた。ちなみに什器の業者さんは緑青のリストランテに納品したと思っている。そして家具の業者さんはヴァイスへ納品したと思っている。…ま、要するにゲート開きっぱにして運び込んでもらいました、ハイ。



アパルトメントの名前はどうする?と聞かれ、グラオ全員であーでもないこーでもないと議論した結果…”KATZENカッツェン GARTENガルテン”、猫の庭という名前になった。ガヴィには僕らを「ヴァイスの灰猫チーム」という紹介の仕方で説明してあるので納得したようだ。「灰猫たちの住処ってわけね、いいんじゃなーい?」と正面入り口の上に飾り文字でデカデカとKATZEN GARTENと刻み、満足そうに出来栄えを見ている。建物は二階部分より上に迷彩がかかり、外からはまったく見えなくなった。僕らの拠点はパッと見で一階のステンドグラスが煌めき、まるで瀟洒なリストランテみたいな外見になっていた。





*****





11月下旬の週末、僕とナディヤは待ちに待った”Sword of Soul”への買い物へ出かけた。コンラートには「…お前ら目が怖い。俺はこんなに獲物を狙うような目をしたナディヤはしらねえ…」と言われ、マリーには「ちょっと…何かが漲ってるわ…二人とも冷静にねぇ?」と心配された。


フィーネによると、「ある程度の数は常に店内に在庫があるから大丈夫。もし特注で頼むなら少し時間がかかるだろうね」とのことだった。


ナディヤの包丁はフィーネにプレゼントされたものだし、僕はコンラートに頼んで買ってきてもらっているから…二人とも”Sword of Soul”に行くのは初めてだった。僕は中央で勤めているんだからいくらでも行く機会はあった。でもきっと店内に入ったら僕は歯止めが利かずに買いまくると思って自制してました。



南区の、いわゆる職人街の一角にその店はあった。隣にはたぶん工房。店は無骨なレンガ作りで、鉄製の飾り看板が燦然と掲げられていた。ゴクリと唾を飲みこんで…



「行きますか、ナディヤさん!」


「そうですね、アロイスさん!」



なんだかもう戦友と化したナディヤと一緒に踏み入ると、大佐もかくやという胴間声が工房から響く。



「おらあ、腰入れて打たんかーい!」


「うぃぃーっす!」


「鋼は生き物じゃああ!」


「うぃぃーっす!」



…店っていうか、かなり鍛冶場の雰囲気…

でも商品はすごい数が店内にあった。カウンターからデニムの作業着を着た女性が顔を出す。



「はいよ、いらっしゃい!何をお求めかな、刀?包丁?」


「「包丁ですっ」」


「あはは、こっちに全種類並んでるわ。見てってー」



…僕とナディヤは息を飲んだ。もちろんその鋼や研ぎの美しさもあるけど…ショーケースに展示されてるあれは…



「ナディヤ…あれ見てくれよ…フルセットだ、ジュラルミンのケースに入ってるぞ…」


「な…なにこれ…アロイス、骨すきまであるわよ…」



ペティナイフ、サイズ違いの牛刀二本、カービングナイフ、筋引き、サーモンスライサー、ソールナイフ、ミートフォーク、出刃、パン切、スパテル、シャットナイフ、パーリングナイフ、オイスターナイフ、ピーラー…

僕がわかるだけでもこれだけ、そして僕ではわからない用途のものもけっこうあった。


僕とナディヤはおもちゃ屋さんで動かなくなった子供のようにショーケースに張り付き、店員さんが笑い出した。



「お客さんたち、どこの料理人なんだい?普通のご夫婦かと思ってたけど、そのセットに釘付けになるようじゃプロだろ?」


「軍人です」「ナニーです」「「夫婦じゃありません、友達です」」


「はぁ!?どういう…まあいいけどさ…でも相当料理好きと見たけどー?そのケース入りのはプロのフルセットだよ。それがありゃ大抵のものは作れるし…あとは特殊なものが必要なら追加だね。柳刃包丁とか麺切り包丁とかさ」


「ナディヤさん…これは買い、だと思わないですか」


「もちろんです、柳刃も麺切りも買いだと思います。おそば…食べたくありませんか、アロイスさん」


「当然です。すみません、この包丁セット…2セットと、柳刃と麺切り2本ずつ、あとは万能包丁を3本。在庫ありますか」


「…あるともさ…豪気だねぇ…」


「趣味が高じました。僕らは副業が料理人だとでも思ってくれれば」


「あはは!なるほどねぇ。ま、各種包丁の使用方法はケースに入れてあるからさ。見たことないものでも使ってるうちにコツはわかると思うよ。お家に配達するかい?」


「「いえ!持って帰ります!」」


「そうかい、んじゃこれね。こんだけ包丁ばっかり持っていれば料理人とわかってもらえると思うけど…職務質問されないように気を付けてねえ。…あ、こちら軍人さんだったか、じゃあ心配ないね」



会計を済ませて店の外へ出て…僕らは顔を見合わせるとコクリと一つ頷いて一目散にそのへんの物陰を目指した。そしてゲートを開け、「猫の庭」の厨房へダイレクトに戻ってきた。



「…うぉわっ!!お前ら戻って来てたなら…あーあーあー…」


「え?アロイス戻ってきてるの?…きゃ…」



僕とナディヤはそれぞれジュラルミンケースを前にして、包丁をとっかえひっかえ愛でていた。それを発見したコンラートとマリーが驚いている。



「…ああ、ごめんごめん…ただいま。…ハァ、やっぱりすごい鋼だ…」


「このペティナイフ…絶対その辺の包丁より切れるに違いないわ。早く切りましょうよアロイス…」


「そうだね、今日は何を作ろうかな…柳刃の切れ味も見たいから魚がいいかな」


「あら、私は牛刀で切りたいわ…じゃあアロイスに魚料理は任せるわね。私は…ブロック肉を切ってみたいから…何を作ろうかしら…」


「よし、まずは真鯛のカルパッチョかな…」


「おーい、二人とも戻ってこーい」


「ちょっとコンラート…ナディヤが切り裂き魔みたいなこと言ってるわよ、止めてあげなさいよ…キス一発でなんとかならないの?」


「刃物持ってる時にンなことできるか!ハイデマリーこそアロイスを包丁のチャームから解き放ってこい、妖艶姐さんモードで釣れねーのか」


「バカ言わないでよぉ…その辺の女だったらとっくに”包丁と私、どっちが大事なの”って詰め寄ってると思うわよぉ?それに釣れたら釣れたで、その後が大変なんだけどぉ?」


「…しょーがねーなー。おーいナディヤ、アロイス!食材買いに行こうぜ、料理すんだろ?」


「「行く!!」」


「「はぁ…」」



その日、ぼちぼち引っ越しを済ませたグラオの面々に料理を出した僕とナディヤは幸せの絶頂でした。でも片付けが終わってもなかなか厨房を離れようとしない僕らはさすがに叱られた。


ナディヤはコンラートに抱き上げられて連れ去られ、僕はマリーの幻影10体に囲まれてじっとり睨まれたので、観念して部屋へ戻った。



部屋に戻ると、マリーがブンむくれている。

「…”包丁と私、どっちが大事なの”とか言わせたら別れるからね…」と言われ、本気で焦りました。

ごめんなさい…






  

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