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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
その後の結晶たち
208/443

208 閑話 カイ&ユッテ 

  




「ユッテ、お前よく訓練ついてくるなー。コンラートのやつ、お前らをどんな風に鍛えたんだよ…俺の殺気受けて普通に向かってくるとかアホか」


「うーわ、アホとか言うなし。殺気だけでひるんでたらこっちが死ぬじゃん。その方がよっぽど怖いっての」


「死ぬのこえーか?」


「あったりまえじゃん。…ニコルが突き抜けた時に痛感した。死んだら終わりだから必死に生きる。生きられるように鍛えてくれたコン兄にも感謝してる」



ほー…

俺は感心して、ユッテの頭をガシガシ撫でた。


「死ぬのなんか怖くねーよ!」と粋がる新兵はたまにいる。

そういう奴らはプロ意識の入口にも辿りついていないヒヨっ子以下、卵のカラに空けた穴からビクビク覗いているだけの臆病者だ。人間は生きてナンボ。軍人はキッチリ敵を殺して、生きて帰り続ける奴が最高品質。そして粋がった奴に限って「モノの役にも立たねーうちにイキって死にに行く奴ぁ面倒くせえ。いまのうちに死ね、その方が役に立つぜ」と言って殺気を向けると大抵チビる。


ユッテはハッキリと生きる方向に意識を向けている。

これはいい素材だ、鍛えがいがあるってもんだ。



「ちょっとー、カイ兄痛い!加減してくんないと頭が陥没すんじゃん」


「お、悪いな。陥没したほうが美女になると思ってよ」


「うっさいわ、どんだけ私の頭がコーンヘッドだと思ってんの」


「おぉ、見事な返し。剣もそれくらいやれりゃーいいなぁ?」


「うがー!もう一本頼んまーっす!」




オスカーもアルマもニコルも、こいつらは揃いも揃って俺の殺気に耐えやがる。カミルの暗殺系独特の殺気も同じだ。特にオスカーは耐えると言うより、既に自分の中に殺気を放つ下地が出来上がっているから冷静に相手との力量を測っているフシがある。ほんっと…こいつら面白くて仕方ねー!




*****





ある日、ユッテが食堂で一人メシをしているのを見つけた。珍しい…いつも4人一緒なのになあ。…くそ、ハイデマリーもいねーのか。ユッテ狙ってるやつが様子伺ってんぞ?



「どうしたユッテ。他の三人は?」


「んあー、ニコルはお婆に連れてかれた。オスカーはお爺にとっ捕まって筋肉チェック。食堂にはアルマと一緒に来たんだけど、アルマに興味あるっぽい先輩に連れてかれた」


「ぶ…アルマ大丈夫かよ…」


「あー、心配ない心配ない。今んとこただ話してるだけだし。力ずくみたいなのがあっても音量最小にした通信機がすでに繋がってて居場所も把握してるから。ホラ」



…なるほど、隠し持ってはいるが音声通信は繋がってるな。とりあえず考えなしについてったワケじゃなさそうか。



「…カイ兄、心配症だなー。カミル兄くらいドンと構えててもいいのにさ」


「うっせえ、俺はアロイスやヘルゲほど病的じゃねえぞ」


「ぶっはっは!確かに!…でも今私につきあってくれてんじゃん。あっちこっちでチラチラ見てる人、牽制してくれてんでしょ?」


「んぐ…牽制ってほど何もしてねーじゃねえか」


「いやいやー、師範サマがいたらこっちにゃ来れないでしょーよ。おかげでゆっくり食べれるしー。ありがとカイ兄」


「…おー。お前けっこう素直だよな?」


「…んなこたないと思うよ?素直ってのはニコルみたいなのを言うんだよ。私は相手限定で、しかも滅多に素直にゃなれないね。そーゆーのは本当の素直と違うっしょ?」


「ふん?今まさに素直にしゃべってんじゃねーか…」


「ん?そういやそうか。んじゃカイ兄は限定に入ったんだなー。イェーイ、おめでとー!」


「なんだよ、喜べってか?お前しょってんなー!」


「へへん、いつかカイ兄に『限定ありがとうございます』って言わせてみせるし。覚悟しーやー」


「け、簡単に言うかよボケ」



ユッテと話していると、カミルと一緒にアルマが帰ってきた。…なんでカミル?共鳴で呼びかけてみると、(何となく困ってるっぽかったから声かけてみた。小芝居したらノってきたんで、たぶん少ししつこくされたんだろ)と言う。なるほどな。力ずくじゃないから通信で助けは呼ばなかったのか。

その後は、そのまま4人でメシを食って部屋へ戻った。

なんとなく…ユッテが素直になるのは淋しい時なんじゃないかと思った。いつも4人でいないとダメっていうほどあいつは弱くない。だが、何か…淋しがっている気がするんだよな。なんでだろうな。



それともう一つ気付いたことがある。

さっきユッテが「カイ兄も限定に入った」と言ったのは、どうも冗談の類じゃなかったみたいだ。自分が素直にしゃべってることも後から気付いていたし、何と言ってもカミルたちが合流してからのユッテの態度が…あからさまに違ったからだ。これにも本人は全く気付いていない様子だった。アルマにはほんの少しの保護者気分。カミルは完全に兄貴扱いで冗談ばかり飛ばしていた。


…くそ、俺こういうのに弱いんだよなあ。




*****




数日後、俺はユッテが「淋しがっている」原因がわかった気がした。コンラートの結婚だ。なんだ?あいつコンラートに片想いでもしてたか。うーん、結婚相手の映像記憶見たことあるが…黒髪の美女だったよなあ。しかもコンラートがベタ惚れだ。…かわいそうになあ、だいぶ前に失恋でもして引きずってたってことか?つってもなー…俺ぁ慰めるとかいう高度なマネはどーも…しょうがねえ、これしか思いつかねえ。



「おいユッテ、お前いま時間あるかー?」


『ん?なんも予定ないよ、何か用?』


「お前走るの好きだろ。いいランニングコース教えてやっからこねーか」


『マジ!?行く行く!』



中央の街をぐるりと囲んでいる分厚い外壁は二段構造になっていて、外周は防犯上もあって警戒がキツイ。だがガクンと低くなっている内周の壁の上というのは軍関係者なら一言断れば登れてしまう。主に街中を逃げ回る身軽な犯罪者などを追う際に、経路見極めや通行人にジャマされずに接近できる高速移動路として使うからだ。

一周すればたっぷり12㎞以上あるし、疲れたら所々にある詰所から降りちまって帰ればいい。ヴァイスから一番近いのは北西の詰所だ。そこから1.5㎞も北へ走ると紫紺と瑠璃のいる中枢会議所のあたりになる。中央の街は北から南へなだらかに下っているため、北の壁上にいるとなかなか眺めがいい。



「ふいー…いいだろココ。事件でも起こってなきゃ詰所がイイって言や登れる。だが一人では絶対来るなよ?来たきゃつきあってやっから俺を呼べ」


「…すっご…何ココすっごい景色…こんな高いトコから街を見下ろしたことなんてないよ…」


「気に入ったか?」


「…うん。なんか…スッキリしたし…」


「お、そっか。そりゃ良かった」


「…カイ兄さあ…なんかまた、私の心配したっしょ」


「んあ?どーだかなー。まあ少し淋しそうだとは思ったがな」


「うあー、やっぱカイ兄にはバレる気がしてたし!笑えばいいよ、コン兄にナディヤ姉取られるのがイヤとか、超こっぱずかしい!超コドモみたい!別にほんとに取られるわけでもないのにさー!うあー、頼むから内緒にしてー!」


「…は?ナディヤ姉…?」


「あ、カイ兄は会ったことない?めっちゃ優しくてさあ、ホッとするつーか…私が完全に素直に甘えられるのってナディヤ姉くらいなんだよね…」


「あ…そ…なのか…」



…俺はどうも盛大に勘違いしていたようだ…くそ、こっぱずかしいのは俺だあ!

しかもコンラートに惚れていたわけではないと知ってめちゃくちゃホッとしてるとか…っ

13歳も年下なんだぞ!入隊したばっかなんだぞ!

でもコイツ俺にだけは素直に白状するとか超かわいくねーかあああああ!?



折り返して北西の詰所から帰ることにし、往路とは逆にユッテが元気に、俺が悶々としながら帰るはめになった。





*****




コンラートの結婚パーティーのため、久々に学舎へ入った。なっつかしいなあ、さすがにもうこっちへ来ることもほとんどねーからなあ。

コンラートのやつはヴァイスでパーティーを開くのを断固拒否しやがった。くそ、俺たちの行動を把握してやがる…散々飲ませて外壁の外にでも放ってやろうかと思ったのによ…


相手の黒髪美女は、ユッテたちの極秘ミッションによって文句ナシの完璧美女になって会場入りした。いい仕事しやがるなー、コンラートがほとんど酒も入ってねーのに顔真っ赤にしやがった!サイコーだ、この映像記憶であいつを数年からかえるぞ。テロップに「サーモメーター」って入れてやる…一気にレッドゾーンだぜ、兄弟!



「どーよカイ兄~、ナディヤ姉めっちゃキレイっしょ!」


「ぶふ…ぐは…おう、嫁さんは文句なしの美女だなー!つかお前最高だぞ、見ろよあのコンラートの赤い顔…俺はアレを見られただけでメシ3杯いけるぜ…」


「ぶ…ぶっくっく…いや、気持ちはわかるけどさあ!つか…何アレほんとに魂抜かれてんじゃーん!フラフラしてるし!あっはっはっは!」


「俺は永久保存版にするぞ、この映像記憶…ユッテ、ゴチ!」


「いいってことよ、存分に楽しんでクレー。カイ兄に少しくらい恩返しせんと!」


「んあ?なんだ恩返しって?」


「…元気付けてくれたじゃん。あれ、超嬉しかった。…あのさあ、またあのコース連れてってよ。カイ兄と二人で行きたい」



ドッ!


…心臓、鷲掴みにされたかと思った…

だめだコイツかわいい、話してる途中でオスカーがニコルに話をしに行って…二人で話し始めた途端にコレか!無自覚なのか何なのかわかんねえ、でもこれは完全に…俺、オチただろ…こんのヤロー…


(カミル!俺はユッテを落とすぞ!絶対オトす!決めた!!)

(カイ!俺はアルマを落とすぞ!絶対オトす!決めた!!)


((…は?))


これは双子の不思議現象だと思っていいんかな…?とか思いつつ、全力で俺たちはオトしに行った。俺らの共同作戦ナメんなよー、挟撃のタイミングばっちりってとこ見せたらあ!という気合のなせる業か。なんとか自室へ連れ帰り、この無自覚に素直でかわいい、見た目キレイな”運命”の娘を捕獲した。






*****




短刀を見て嬉しそうな顔をするユッテは、またしても素直モード全開だった。鋼を見て少しビビって遠慮しそうな雰囲気だったんで、俺も素直に「生きる確率を上げろ、金の問題じゃねえ」というような意味のことを言った。正直いっぱいいっぱいで、何を言ったかよく覚えてねえ。



くそ、そんなほっぺたピンクに染めやがって…ほんとコイツどうしてくれよう。



思い切って、「お前、俺のモンになる気ねえか?」と言うと、ユッテのやつは俺に抱き着いてきた。…マジか。俺、31なんだけど。わかってんのかなコイツ…一応勘違いされてても困るしと、年のことを言ってみたら。「ンなの知るかあ!カイ兄がいいんだからしょーがないじゃん!」とキレられ、俺は完全に…ネジが飛んだ。


こいつを俺のものにする。

こいつは誰にも渡さない。


それしか考えられず、でもユッテは初めてだったので、とにかく蕩かすことに専念した。普段あんなにこざっぱりした性格のくせに、ふぇふぇと泣いて悦すぎてツライと言い出すユッテに、さらにネジが飛ぶ。それでもやはり痛かったようで、一瞬顔が青ざめた。なるべく痛みから気を逸らすようにと、また蕩かす。とうとうユッテは、もう一度「悦すぎてツラい」と言った。俺はもう本当にコイツを手放せないと思い、理性が吹っ飛んでいるユッテの首筋を思い切り吸い上げた。


食堂で俺のユッテをチラ見してるやつに、こいつを見せてやれ。

お前がもう俺のもんだと、宣伝して歩け。

ざまあ見ろ。




ユッテを抱いてはウトウト眠ることを繰り返し…ふと翌日の夕方近くに俺が起きてみると、ユッテは先に起きて服を着ていた。いろいろ百面相したあとでユッテはポツリと、素直モードじゃない雰囲気で俺に言った。


「カイさあ…やっぱ慣れてるよね」


「あー…そりゃまあこの年だし…多少の経験はあったけどよ…」


「あは、そだよねー。今までの女と違って、私って毛色が違って面白そうだった?」


「…は?」


「た…短刀ありがとね、部屋に戻るし」



ユッテはそう言うと俺の部屋を出ていった。


…正直、死にたいと初めて思った。


適当に女の子をあしらってきたツケが回ってきたのか?

ようやく本気で欲しい女を手に入れたと有頂天になった途端に、これか?

俺は…俺たちは、どうすればよかったんだ?






食堂へ行くと、俺と同じように死相が出たカミルと会った。

…なんだよ、また双子の不思議ってか…

まさかのヘルゲに気を遣われ、俺たちはさらに落ち込む。

食欲なんて出やしねえ。

考えられるのはユッテのことだけ。

諦められやしない、何度でもあいつを捕まえにいく。


そう思ってユッテのところに行こうかと…腰を浮かせたら。


泣きそうな顔で、ユッテとアルマが俺たちの所へ来た。

俺とカミルを引っ張り、ちょっと話がある、頼むから来てくれ、と言ってそれぞれ別方向へ引っ張って行かれた。




「カイぃ…ごめ…ごめん、酷いこと言ったし…」


「な…なんだよどうしたよ?何で泣いてるんだお前」


「だってさあっ私、自信なかったんだよ…っ!カイがほんとに私のこと好きだなんて、ちょっとも自信なくてさあ!昨日は嬉しくて舞い上がって、もし遊びでも後悔しないなんて思ってたけど、やっぱヤダ!!カ…カイぃ…大好きだよお」



…俺、もしかして幻覚見てねえか。

ユッテが俺のこと、大好きだって泣きながら言ってる。

ユッテが…俺のこと…大好きだって…言ってるぞ?



「マジか。お前、もうどこにもいかねーか。俺のモンで、いいんだよな?」


「そーだよおお、これ以上いわせんなあああ」



ユッテの口を、貪った。

呼吸できなくなるほど、貪り尽くした。

俺のだ。俺のだ。俺のだ。俺のだ。



俺は、本当に強運な男だ。






  


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