202 グラオの真髄 sideアロイス
「はい、ミーティングするよー」
皆に呼びかけると、もうすっかり定位置が決まった席に全員座る。現在グラオは11名。これから徐々に増えていくだろうし、そろそろ専用の待機場所というか会議室がほしくなってきたな…
今は僕やフィーネが会議室予約をして、皆がこっそり移動魔法で会議室へ入り、防諜方陣を敷いて…みたいな手順なんだよね。ヴァイス内でもほとんど知られていないグラオの存在は、こういう時に不便だ。ま、グラオのメンバーが日常的に仲よく一緒にいることについては不思議にも思われていないけどね。
だってニコルも言ってたけど、職場内恋愛率高すぎなんだよ…
僕とマリーがその筆頭ではあるけどさ。
「アテンション。来週、オスカーたち新人4人は実戦に出るよ。まずオスカーは東方戦線跡地へマリー、カミルと行ってもらう。次、ユッテはカイ、フィーネと共に南東のレジエ山麓の反政府組織解体ミッションの尖兵として。次、アルマとコンラートは露草一族内で医療管理部と治癒師の癒着が疑われている件の捜査。ニコルは僕とヘルゲと共に西方の半島にある小国…ハンジン国での大規模殲滅ミッション」
「…おい…随分デケェのがあるな?宝玉3人の殲滅ミッションに…反政府組織の解体ミッションかよ」
「解体ミッションについてはメインがフィーネだ。目的は組織のブレーン3名の無力化、あとは烏合の衆と見ていい。その3名…もしかしたら後天的に発現した紫紺のカリスマ持ちかもしれないんだ。放置できない勢力になる前に解体が必須、ブレーン3名の捕獲ミッションになる。フィーネならそのへんを判断して無力化できるだろう?だけどもちろん烏合の衆の戦闘力だって侮れない。アジト内では大規模魔法も使えないだろうから、フィーネの護衛としてユッテとカイが付く。…僕ら三人の殲滅ミッションに関しては…ただそのまま、”殲滅”だ。ハンジン国が中枢を激怒させた、ただそれだけさ」
「ハンジン国かぁ…あそこは厄介な思想が蔓延してるからあ…戦争して隷属とか賠償させるって方法じゃ、余計な問題を抱えるはめになったでしょうねえ。今までよく中枢もガマンしてたものだわ…」
「殲滅て…なにやらかしたんだかな…バカな国だ」
「はは、まあハンジンについてはもう仕方ないね、”時すでに遅し”だよ。で、東方戦線跡地の湖沼地帯は僕が凍らせた所なんだけどさ。あそこのゲリラの残党、まだがんばってるみたいなんだよね。氷を少しずつ溶かして通路を作り、住み着いたってさ…決着自体はついてるけど、その残党が盗賊化してるらしい。悪いけどそいつら絡め取ってくれる?キルでいいから。んで三人で氷もざっくり消してきちゃってほしい。船を使わせないための氷だったけど、こうなっちゃうと格好の隠れ家だからね」
「あいよ、了解」
「露草の捜査は…証拠獲りだけじゃないんだ。その治癒師、何か催眠系の魔法を使っている可能性が高い。ヘルゲとフィーネには今週中に魔法耐性を上げる方陣の用意をお願いしたいんだ、下準備はデボラ教授にお願いしてあるから。だから治癒師の意識を刈り取った状態での捕縛がベスト。尋問に関してはシュヴァルツにまかせるから引き渡しちゃって」
「うーい、了解」
「というわけで。資料はこれ。頭に叩きこんで、メンバーと打ち合わせをしましょう。以上解散」
僕とヘルゲ、ニコルは隅に集まり、殲滅ミッションのことについて話し合いをすることにした。
「…ハンジンは国ごと包囲。どういう方法でも構わないけど、とにかく殲滅だそうだ」
「随分と…中枢は激怒してるんだねえ?殲滅って滅多にないって以前ヘルゲに聞いたけど」
「ニコルにはこの資料を見せてなかったな。秘匿レベル8だ、扱いには気を付けろよ」
「…え…なにこれ…」
「あの国はアルカンシエル他、ある程度大きな安定した国に対しての劣等感が凄まじい元首によって、洗脳教育を施されている。アルカンシエルにとってはハンジン国民全員が潜在的な敵に等しい。国交断絶しているにもかかわらず、あらゆる角度から因縁をつけてくる国民性にウンザリしていたところで…この事件だ」
「…紫紺の…中枢重要人物の子供を拉致…殺害後に体の一部を送り付け…こんな…何人も…」
「一部の過激派の仕業だ。…ニコル、覚悟してほしい。過激派を始末するのに躊躇する必要など微塵もないが、どういう国民性であれ相手は一般人が大多数だ。それを僕らは、三人で…温かい家庭も愛情も幸せも何もかも、悪魔そのもののようにぶっ潰しに行くんだよ」
ニコルをじっと見つめると、画像の衝撃からようやく立ち直ったニコルは静かに顔を上げた。
「…わかってる。敵と認識した。殲滅する」
「ん、そういうことだね。じゃあ今日はこの後訓練かな。特に作戦の前準備は必要ないから。じゃあ解散」
ニコルを見送ると、ヘルゲに「しばらくニコルを注意して見ててね」と言っておいた。ニコルの中でどんな風に感情の折り合いをつけているんだろう。僕ら白縹は元から、自らを兵器として扱う意識が染みついている。だからこそ僕だって教導師から軍人への意識転換が割とスムーズだったんだ。でも教導師の頃の僕が今の僕を見たら、あまりの落差に驚くんじゃないかな。平気で”キルでいい”とか言っちゃうんだから。
さっきのニコルの反応を見ると、白縹の特性がばっちり反映しているように見える。それは他の三人も同じで、やるのが当然という意識だ。…もう皆、子供じゃない。プロ意識に目覚めた軍人だ。
*****
「ねえ、マリー。僕は冷酷になりすぎているかな?」
夜にマリーと二人になると、僕は少し弱音を吐くことがある。グラオを立ち上げて、疲れているだけなのか…本当に僕自身が変化してしまったのか、わからなくなる時があるんだ。
「…んーん、私の好きなアロイスのままだけど?」
「あはは、マリーは優しいね。僕が落ち込んでるのがわかるんだね」
「ん~…慰めたくて優しいこと言ったわけじゃないわよお…ほんとに、私が好きなアロイスは損なわれてないわよ?」
僕が信じられるように、マリーは僕の瞳を覗き込むように真正面に座った。…というか、僕に跨って至近距離に近づく。金色の瞳が、僕の瞳を検分するように観察して…ちゅ、と軽くキスまでつけて微笑んだ。
「間違いないわね。私のアロイスのまま、私が帰りたい海そのままよ?ねえ、アロイス…冷酷な事件を起こしてるのは、誰?あなたじゃないわよ。あなたは私たちが大切で仕方なくて…温かいアロイスを隠して、冷たいアロイスの仮面を被っただけ。今度は私から言わせてもらうわよ、”そのズレた仮面からのぞく素顔なんて見せるな”…ヴァイスではね。でも、私たちには素顔、見せてくれるでしょ?」
…マリーには敵わないな~…
とりあえずこんな悩ましい恰好でかわいいこと言ってくれるから、色んなとこを触ったり、パジャマのボタンを外しながら聞いていた。「真面目に聞いてるの?」って怒られました。
「そっか、マリーがそう言うなら安心だね。…東方戦線跡地、付いていけなくてごめんね」
「ほらぁ、私に甘過ぎよアロイス。軍人経験、あなたよりどれだけ先輩なのかわかってるぅ?」
「はい、ごめんなさい先輩」
「じゃあ今日は先輩の言うこときいて」
「なんですかー先輩」
「優しく、抱いてよ」
「了解です、先輩」
こんな風に、マリーは僕を甘やかす。
そうすると僕は、明日からも安定して『僕』でいることができる。
最近マリーに甘えてばっかりだから反省しなきゃ。
…本当は半分くらい、僕を甘やかすマリーが見たいから落ち込んだフリしてるんだけど。これはナイショですよ?
*****
翌週、僕らはそれぞれのミッションへ出動した。
一番最初に決着をつけてきたのはアルマとコンラート。このペアは潜入ミッションとなると格段に強いことがわかった。アルマが指輪に仕込んだ強力な睡眠薬で治癒師の首を一刺しして、速攻で捕縛に成功。コンラートは証拠獲りなどお手のものなので、こちらもあっという間。シュヴァルツに尋問させたところ、やはり催眠系魔法をタンラン国から入手していたらしい。そちらの入手経路捜査も引き続きシュヴァルツがやる。
二番目が僕ら。大陸と繋がっているところから僕とニコルが侵攻し、半島の先からヘルゲが挟撃した。使うのはヘルゲのニブルヘイム、僕のニブルヘイムⅡ、ニコルの精霊版ニブルヘイム。とにかく凍らせまくって、1日かけて半島を氷の国にした。この時点でほぼ全滅なんだけど、ニコルは「…外から帰ってきた敵をわかりやすくしよっか?」と”パンケーキ”を提案。中枢はこの国から何かを奪おうとも思いつかない程に激怒しているため、半島を更地にしてもかまわないと言われている…なので、パンケーキ案を承認。ニコルは地盤ごとひっくり返し、ヘルゲはスヴァルトアールヴヘイムで街を泥に沈めて更地にしていく。この作業は半日ほどで終了し、そうして小さいながらも一つの国が地下へ沈んだ。更地になった、祖国があったはずの場所で呆然としているハンジンの者は…見つけ次第僕が”帰国”させてあげた。
次が東方戦線跡地組。マリーが幻影で盗賊どもを追い回し、アジトへ帰らせる。おおよそ収容したところでオスカーが氷柱で出入り口を片っ端から封鎖すると、カミルは業火で氷を溶かしついでにまとめてキル。残党の残党って感じの数人を見つけたオスカーは肉弾戦でそいつらを仕留めた。
…一番時間がかかったのが、レジエ山麓の組織解体ミッション組だった。5日が経った時点でカイから通信が入り、3人の無事は確認できていたけれど。どうも組織ブレーンの三名は用心深い…と言えば聞こえはいいけど、レジエ山麓の迷路のような洞窟を利用して逃げ回っていたらしい。なんとか三名を捕縛して、迷路を脱出したと連絡があったのが7日目だった。三名はやはり微弱ながらもカリスマ持ちだったらしく、今後の扱いを中枢で協議するため投獄となった。残党の始末は蘇芳の兵士が受け持っているので、フィーネたちはようやく8日目に帰ってきた。
「「ユッテぇ!!」」
さすがに心配していたニコルとアルマはユッテに抱き着き、次いで到着したフィーネにも抱き着いていた。カイが「俺は?」と言うので、仕方なく、本当に嫌々だけど僕がハグしてあげた。カイは血の涙を流していた。
全員が無事に任務を終え、目的を達成。
最後のレジエ山麓についての報告をエレオノーラさんにすると、呆れたようなため息が聞こえた。
「…アンタ、レジエ山麓組が時間かかったとか言ってたけど…こんなミッションは200人規模の蘇芳軍が1か月単位の時間をかけて成せるか成せないかってトコだよ。コンラートとアルマにいたっては、下調べがあったとは言え一日で終了…アンタら宝玉組は一国を沈めるのに、残党の始末を含めても3日。東方戦線跡地組は盗賊を追い込む手間があっても4日…どいつもこいつも、アンタら化け物かい…」
「えー、ヒドいですよエレオノーラさん…グラオ立ち上げの際、少しばかりデカいこと言わないといけなかった経緯があったでしょう?それを立証して中佐の立場を盤石にしただけですってば」
「生意気なこと言うんじゃないよ、バカ息子。アンタに立証してもらわなくても盤石だよ!」
「あはは~、親孝行しようとしただけなのにな~」
「親孝行したいならニコルとアルマとユッテを寄越してくれりゃあ充分だよっ」
「はーい、伝えておきますね~」
「おぅい、オスカーの小僧も寄越せや。あの小僧、見どころあるぜぇ…いい筋肉してやがるからなぁ」
「ちょ…大佐、オスカーを壊さないでくださいよ?ほんとお願いしますよ?お酒相手はヘルゲだけにしてくださいよ?」
「うるせぇなあ、わかってるってんだよ…お前はカアチャンか」
「それ、一番言われたくないです」
報告を終えた僕は、会議室でフィーネたちを労っている皆と合流した。
「やあ、みんなお疲れ様。ユッテたちは疲れてるんじゃない?大丈夫かい?」
「めんどくさかっただけだから、何ともないし。フィーネ姉が一番疲れたと思うよ」
「いやいや、あいつら逃げ足早くてねえ…追うのは簡単なんだが、封鎖した洞窟に隠し通路を山ほど作ってあってね…まあ、襲ってきた下っ端どもはカイとユッテがあっさり倒してくれるし。ねえヘルゲ、こういうケースに役立つように、自動マッピングができる何かを開発しないかい?」
「おう、いいなそれ」
「ちょーっと待った。それはエレオノーラさんに聞いてからにしてください!」
「それにしても…やっぱりお弁当が最高だったし…」
「そう!それな!あのポーター本気でスゲェな、あの迷路をクリアして毎日普通に配達してくるんだぜ?こんなにベストの状態で現場にいたことねえよ」
「あぁ~、そういえば私たち1食しか食べられなかったねぇ…コンラート兄さん、もう少し手抜きしてくれてもよかったのにぃ」
「アホか、アルマがあの治癒師を瞬殺すっからだろ!ほんとお前こわい!」
「お、アルマあれ使ったのか」
「うん、カミルが言ったとおりにしたよぉ。あの治癒師、たぶん私がやったって気付かないうちに昏倒してたあ」
「よしよし、よくやった」
「…で、二番目に帰ってきたのがお前らって、ほんとかよ?ハンジンてそんなに小さい国だったか?」
「ニブルヘイムを3か所同時行使したんだ。何回かやれば全部凍るだろ」
「ヘルゲ兄、その”それがどうかしたか”って顔すんなし。お婆にも言われてたじゃん…」
「ユッテも映像を見せてもらった方がいいよぉ~?凍らせただけじゃないから、この三人。半島を更地にしてきたんだよお」
「「「ハァ!?」」」
「あのねえ、パンケーキ使ったんだよフィーネ姉さん!マリー姉さんの特訓のおかげで制御力が上がっててね、岩盤が薄ければ最大10㎞四方までいけそう!」
「ハハ…そうなのかい…それはそれは…」
少しだけフィーネの顔が引きつってる。フィーネを黙らせるとはたいしたもんだ、ニコル…
「はは、じゃあそういうことで皆お疲れ様!フィーネとカイとユッテは既定の休みを明日から取ってね。解散~」
皆が帰って行く中、フィーネがこちらにやってきた。
「アロイス、ちょっと相談があるのだがね…」
…ちょっと…この黒い笑顔…こわい、こわいよフィーネ!
あああ、皆待って!解散って言っちゃった僕のバカ!
今度は何を思いついたのぉぉぉ!?




