200 甘いお酒 sideニコル
パーティーは、大規模な屍の宴のような有様になりつつあった。
生徒も来たりしてたから、ほとんど学舎全体のお祝いみたいだったの。
私はあの後からヘルゲのそばを離れず、ずっと周囲に”仲いいですよ、ヘルゲと私はらぶらぶですよ”と見えるように振る舞いました。…だって職員も生徒も、少なくない数の女の子がヘルゲを赤い顔で見て動きを止めたりするんだもん…
だからヘルゲが手を繋ぐ時に指をからめてきて、いわゆる…こ、恋人繋ぎをしてきても”よし、これでどうだ!ヘルゲのことはあきらメロン!”と訳のわからない牽制マツリが脳内で開催されていたりした。
人前なのに全然拒否しないどころか、妙に積極的な私を少し不思議そうに見ながらも、ヘルゲはとても嬉しそうにしていた。ちょこっとだけ罪悪感があるけど、仕方ありません!いいんです、防衛ラインを下げることなどできません!ヘルゲは私のだいっ
楽しい幸せな時間はあっという間に過ぎ、グラオの皆で会場を片付けてたら「あとはこっちでやるからいいよ、お疲れさん!いいパーティーだったね」と食堂の人が言ってくれて、私たちは恐縮しつつ学舎を出た。
グラオ全員でいったんヴァイスへ戻る。コンラート兄さんはナディヤ姉さんを連れてお爺ちゃんたちに挨拶してから村へ戻るんだって。私たちもヴァイスの自室へ戻り、でも私はふわふわした余韻が抜けなくて…なんだか気持ちが浮ついてるっていうか、じっとしてられないっていうか。はぁ、ナディヤ姉さんすっごく綺麗だったなぁ…!
「くるぁ~ん!くるぁ~ん!」
ミニコルが着信音を鳴らしたので我に返って受信したら…ヘルゲだった。
『ニコル、いま自分の部屋か?』
「うん、そうだよー。今日は楽しかったねぇ、なんかまだフワフワしてるよお」
『はは、何となくそうなってるんじゃないかと思った。どうだ、散歩行かないか』
「ほんと!?行くっ」
『じゃあそっちの部屋にゲート開くからな』
「うんっ」
うっひゃー、中央で夜に外出するなんて初めてかも!ヘルゲと一緒なら移動魔法でナイショの外出できるんだ…きゃっほ~!ずっと食べ続けてたから、全然お腹もすいてない。いつもなら食堂でごはん食べてる頃合いなのにね、変な感じ!
「ニコル、来い」
なんだか懐かしいフレーズが聞こえて、ドキリとする。
「…うん!」
「楽しそうだな。ああ、夜に外出なんてしたことないか」
「にひひ…中央では初めて!どきどきするな~」
「街中には行かないぞ?酒場と娼館しかやってないし、村より治安が悪い」
「そっかぁ…じゃあどこ行くの?」
「そうだな…海に行くか。街中の喧騒よりよっぽどいい」
「いいね~!中央って海がないもんね、私も久しぶりに行きたいな」
ヘルゲがゲートを開き、私を先に通した。出たところはもう砂浜で、さくさくと鳴る足音や、静かな波の音がする。あ~、やっぱいいなあ海は。
二人で砂浜を歩く。真っ暗なはずなのに、月明かりが波に反射していて眩しくて…低い位置にある月の方向を見たら、海には月へ向かって一直線に光の道があるみたいだった。
「ねえ、すごいねヘルゲ。月へ行けちゃいそうな道があるよ」
「ほんとだな。…夜には夜の景色があるものなんだな」
「ヘルゲは昼の景色の方が好き?」
「…どっちが好きっていう事もないが、視界の紅をニコルが吹き飛ばしてくれた後に見た海は忘れられないな。海が紅一色だと思ってたら、いろんな青だったから…感動して泣いた」
「そうだったんだ…そっか、”今は景色がきれいだぞ”って何回も言ってたね」
「ああ。今ならこんな風に”感動した”と説明もできるけどな。あの時は自分が何で泣くほどきれいだと思ったのかまでは分からなかった」
そう言うとヘルゲは流木に座って何か飲み始めた。
「あ~、自分だけお酒なんて持ってきてズルーイ!」
「水飲むか?生活魔法で出してやるぞ」
「自分でそんなの出せるもん、いらないよーだ!」
くつくつとヘルゲは笑い、またおいしそうにお酒を飲む。
「…ねえ、お酒っておいしい?一口くださいなー」
「ニコルには早い」
「え~!私だって卒舎した成人ですぅ!早くないですぅ!」
「…少しにしろよ?火酒じゃないがこれは…あ!」
ごっくん!と飲んでみると…熱暴走が起こってるみたいに、お腹から喉へ向かってボッボッと炎が上がってくる感覚がした。
「けほっ うえぇ…あっつぅ…」
「何を思い切り飲んでるんだ、お前!ほら、水を飲め!」
「うー…ぷっは…ちょっと…ヘルゲ」
「なんだ」
「なんでこんなイタい飲み物がおいしいの~!?おかしいよお!」
「イタくない。お前の味覚がお子様なんだ」
「なによー!私だってもう大人ですう!あー、もう…なんか口の中がスースーするよ…それに苦いっていうか喉が焼けるっていうか…おなかからお酒の匂いがずーっと吹きだしてくるみたい」
うえーって舌を出してハフハフさせてたら、ヘルゲの顔が近づいてきた。
キスしてくれるのかな?でもこんな時にされても、とか思って舌を引っ込めたら、私の舌を追いかけるようにしてヘルゲの舌が私の口に入ってきた。
くちゅ、ぴちゃ、と舌で舌を舐めている音がする。
まるでお酒を私から奪い返そうとしてるみたいに、ヘルゲはおいしそうに味わう。呼吸が苦しそうな私を見てヘルゲが口を離すと、「甘い酒になった」と言いながら紅い舌でチロリと舌舐めずりした。
私はそれを見て、ヘルゲの”黒ヒョウ”だと思ってた色気が序の口だったことを知った。さっき飲んだお酒が炎をあげた経路に、導火線でも仕掛けられていたのかと思うほどの勢いで熱いナニカが昇ってくる。いつもヘルゲが抱きしめてくれるとぼふん!と顔が赤くなって照れてしまうけど、あれよりも強烈な、溶岩でも体の中にあるかのような熱がせりあがる。
「…あ、そうか…私酔っぱらってるのかな?私ってお酒に弱かったのかな?」
「なんだ、気分でも悪いか?」
「ううん、なんかあっつい」
「…ふん?それが酒のせいか俺のせいか、ニコルにはわからないのか」
「だってお酒飲んだことなかったもん。…あ、おさまってきた…よかったあ」
そう言うと、ヘルゲはなぜかムッとした顔になった。
ガバッと私を持ち上げて膝に乗せるとニヤリと笑って「この程度でおさまるとはな。ニコルの”一線”はまだ先にあるらしいな?…なら遠慮はいらないか」と言う。
一線って何?と思って首を傾げると、ヘルゲが少し伏せた目で私の口元を見て「くち、あけろ」と言う。ヘルゲが何にムッとしたのかも何に嗤ったのかも何で口を開けろと言うのかもわからなくて、言うことを聞いたつもりはなかったけど質問しようとして反射的に口を開く。
それを見てヘルゲは「いい子だ」と言いながら自分の口をがばっと開けた。
ヘルゲの紅い舌や、月明かりに反射する真っ白い犬歯が見えた。
次の瞬間には、私の口は質問などするヒマもなくヘルゲに熱いものを食べさせられていた。
さっきの溶岩が。お酒のせいではないことが確定した溶岩が。
胸のあたりでいったん上昇が止まって、おさまっていたはずの溶岩が。
ヘルゲの舌で、ヘルゲの瞳で、ヘルゲの手で、ヘルゲの吐息で、ヘルゲの体温で。
私の口も耳も髪も首も、そしてもちろん頭の中にあった理性みたいなものも。
すべてをふっとばして、なにもかもわからなくさせて、わたしをヘルゲのほのおでとかしていく。なにをしたらいいのかわからないから、てをふらふらさせたら、ヘルゲが「掴まれ」という。だからヘルゲのくびにだきついた。いいにおい。ヘルゲのくびは、いいにおい。いっぱいすいこんで、はふ、といったらヘルゲが「…むり。喰う」といった。だっこのままヘルゲがたちあがると、うみのおとがきえた。
「…ん?あれ…かえってきたの?どこだっけここ」
ヘルゲはなにもいわない。だんだんあたまがはっきりして、でもまだヘルゲのにおいでクラクラして定まらない視線が大きな魔石端末三台を見つける。ヘルゲがマナを渦巻かせると、部屋にすっごくガッチリした複合方陣を展開した。な…なにこれ…2…3…違う、4種類くらいある複合方陣だ…なにこれ?なにこれ?
「ヘルゲ?あの…なにかあった?私が呆けてる間に、危険なこと、あった?」
「…お前だろうが…っ」
「う…ふぇ?」
「お前が危険だ!くっそ…」
そう言うと、ヘルゲはベッドに私をおろしてからもう一度私の口を食べに来た。今度も容赦がなくて、すぐに私の思考はまた溶けだした。ヘルゲの口も手も少し乱暴で、今度は首から上だけじゃなくて、どんどんてがしたにいく。さすがにヘルゲがどうしたいのかがわかって、「いいよ、ヘルゲがしたいようにしていいよ」といった。ヘルゲは「くそ、お前の一線てどこなんだ?」といいながらするするわたしのふくをぬがしていく。ああ、いっせんってそういうことか…ヘルゲっておばかだなあ…「さいしょっからそんなのないよ…」といったら、ヘルゲがかおをまっかにさせて、てでくちをおおった。「ガードがいても、やっぱり俺キラーなのかコイツ…っ」そういったあとは、ヘルゲはわたしをほねまでしゃぶりつくすことしかしなかった。わたしも、ヘルゲをほねまでしゃぶりつくしてやるっておもったけど、ぜんぜんかなわなかった。ふたりでどろどろにとけて、なにもかもとけて、しあわせすぎてしぬかとおもった。
*****
「おみずください」
「おう」
「だっこしてください」
「おう」
「そのリゾットがたべたいです」
「おう」
翌朝、あらぬところがジンジンと痛む私をかいがいしく世話するヘルゲがいた。本当は動けないほど痛むわけではなかったけど、歩くたびにチリッとした痛みが走る。ヘルゲがしょぼんとした顔で心配そうに見てくるのがかわいくて、つい「痛いから歩けない」って言っちゃった。だって、もうむりって言っても聞いてくれなかったから!ヘルゲも「がまんできないからむり」とか言って、二人で意味の違う「むり」を連発したから!
まあ…いっぱい甘えたから、もう許してあげよっかなぁ?
「ヘルゲ、もうあんまり痛くなくなってきたよ。違和感だけだから、大丈夫。ありがとね」
「…違和感ってなんだ。大丈夫じゃないだろう」
「えっと…違和感じゃないか、異物感?まだ何かあるみたいな感じがするだけだよ、だから大丈夫」
ぶげふぅっ!とヘルゲは噴き出すと、耳まで真っ赤にしながら「山津波の範囲計算だっ…北方戦線と同程度の面積で、押し流す速度を1.5倍に…マナ総量と乗っている敵の被害予測算出もやるぞ…っ」と呪文のように唱え始めた。
「ヘルゲ…なんでそんなの計算してるの…」
「うるさい、お前にこれ以上の負担をかけないためなんだから黙ってろ」
「え~…ちぇ、せっかく一緒にいるのにぃ…つーまんない、じゃあいい匂い嗅がせて、黙ってるから」
「ぐぅ…っ 俺は紅玉、この程度の猛攻に耐えられなくて何がトップガンか…!」
「ほんとにヘルゲどうしちゃったの?私に負担って、なにか心配事?」
「お前の体の心配をしてるんだ!悪いか!」
「…あ、そういうことか…なによう、ヘルゲだってたくさん私をぎゅってしてたのに…今さらなんで照れるかな?」
「照れるとかそういう問題じゃ…お前が異物感とか言うからだろうが!」
「え、それがスイッチ?…え?」
「い…異物感て…どんな…」
「えっと…なんかヘルゲのかたちっていうか…」
ヘルゲは突然ミニヘルを取り出し、音声通信でアロイス兄さんを呼び出した。
『あ、ヘルゲ?昨日帰ってこなかったけど大丈夫かい?』
「いまニコルと一緒にいる。今日も二人でいる。心配しなくていい。じゃあな」
『…あ~、了解。じゃあね』
プツン。
…
…
「イヤアァァァァ、なんでアロイス兄さんに…なんでええぇぇぇ!ぜったいアロイス兄さん察してたあぁぁぁぁぁ!」
「お前が悪い」
「ヘルゲが悪いに決まってるじゃなぁぁぁぁい!」
「 お ま え が わ る い 」
私はそのまま待ったなしの、怒涛の第二次紅玉戦線へ突入。
緑玉の必死の抵抗も虚しく、週末を抱き潰されて過ごすはめになった。




