190 開発合戦 sideヘルゲ
「おいフィーネ、ここの方陣どうする?一応戦場への配達員なんだからある程度運動性能は必要だろう?」
「ああ、そこは既存の方陣だと難しいね…もう少し増やすかい?」
「これ以上は動作にぎこちなさが出るぞ…うーん…あ、デボラ教授、ここなんだが…」
「…」プイ
「デボラ教…母さん、ここなんだがマギ言語でセンテンスを繋げてもいけると思うか?」
「うむ、これなら負荷もかからないと思うよ。一応検証してから数値を見せてくれ。フィーネ、こっちの紐の“歌”を調整してくれないか?私ではこれ以上できないからね」
「了解ですよ、母上」
「…イイ…この環境イイ…なんというモチベーションの上がる研究所だ…」
「母さん、ここは研究所じゃない。俺の自室だ」
「何を言っている、このバカでかい魔石端末を三台置いている時点で私の研究室よりマナ容量は大きいんだぞ。最初見た時は卒倒するかと思った…自作機が作れるならこっちの研究用端末なんていらなかったじゃないか」
「研究用端末が貰えたから、それを参考にして自作できたんだよ!それよりこっちの方陣見てくれ母さん」
「うむ、いいよ。可愛い息子の頼みは聞いてやろう」
「母上、紐の調整できましたよ」
「うむ、可愛い娘はそろそろ休憩にしなさい。そっちにおいしい茶菓子を用意したからね」
「おお、これは“虎猫亭”の限定大福ではないですか…!いただきます母上!」
「…俺もコーヒー…」
「お前はさっき酒を飲みながらやろうとした罰だ!この方陣が調整できるまで働け!」
「えー…可愛い息子じゃないのか…」
「躾だ、し・つ・け!」
「…わかった…」
くそ…ほんとに俺、この人に逆らえないな…
中佐とアロイスがグラオを立ち上げ、レーション改良に着手した途端に俺とフィーネは忙しくなった。アロイスは「ほんとに配達するだけなんだから、そんなに手間かからないんじゃないの?」とか言ってたがな。
俺たちに依頼した時点で普通の物が出来上がると考えるのが 間 違 っ て い る 。
この配達員“ポーター”は、外見は柔らかくて丸っこいゴム製の人形だ。身長はメガヘルくらい、小柄で真っ白で、顔は簡易な黒くて丸い目とにっこり笑った小さな口だけ。だが中身はなかなか便利なモノに仕上がる予定だ。
周囲の景色を映像で取り込み、迷彩模様を皮膚上に展開できる。ヴァイスの人間全てのマナ固有紋を登録してあり、各人の派遣先データはマザーから自動取得する。移動魔法を内蔵してあるため、誰かがいちいち座標設定しなくとも荷物を持って勝手に行く。マナ固有紋で受取人の位置を探し出し、弁当を守りながら戦場を駆け抜けることが可能。もちろん各種方陣で防御も完璧、身も軽いので弁当がひっくり返らない程度のアクロバティックな動きはできる。受取サインは手を握ればマナ固有紋でチェックが入る。そしてもちろん、弁当の保温機能つきだ。
定型文だけ言葉を発することができるのだが、現在誰の音声でそれを登録するかで喧々諤々な論争が起こっている。
「絶対ニコルがいいと思うのだよ!彼女の声は鈴を転がすようじゃないか」
「バカを言うな、ニコルの声も俺のだ!なんで他の奴らに聞かせなきゃいけないんだ」
「私は大佐に頼めばいいと思うが?戦場で身が引き締まるだろう?」
「この子のこのセリフに、あの胴間声ですか…戦場の怪談になってしまいますよ母上」
「面倒だ、フィーネでいいじゃないか」
「ぼくはごめんだよ!こんなこと言えるはず…あ!そうだ!」
「なんだ、どうした」
「アルマだ!この子にぴったり、こういうセリフも軽く言ってくれそうじゃないか!」
「「おお…」」
後日、音声デバイスの魔石を持って学舎へ行ったフィーネはホクホク顔で戻ってきた。
『毎度ありがとうございます、ヴァイス・トランスポーターです!』
『お食事をお持ちしましたご主人様ぁ!』
『お受け取りのサインに私の手を握っていただけますか?ご主人様ぁ!』
『ご武運を、ご主人様ぁ!』
「…母さん、なんでご主人様って付けなきゃいけないんだ?」
「それが男のロマンだと聞いたし、女の子は特に気にしないだろう?」
「…それでなぜ大佐の声推奨だったのですか、母上…」
「ギャップがあるとモダモダするとフィーネが言ってたのを思い出してな」
「「 … 」」
…こんな感じで開発は進み、平均で毎日200人分の配達をさせるため20体のポーターを作成。厨房にいたアロイスへ報告した。
「…え、なにこの方陣の数…いくらかかったの…」
「はっはっは、そこは問題ないよ。筐体はジーヴァ商会で持て余していたパープの試作品在庫を使ったし、魔石の代金だけだね」
「そう…で、もしかして…ものっそい高性能なのかな…?」
「そうでもないぞ。個体識別機能、派遣先データ自動取得に移動魔法の座標自動設定…弁当を死守するための防御プログラム各種と、迷彩機能に保温機能。こんなもんだ」
俺とフィーネの口に粘土味のレーションが詰め込まれた。
「 や り す ぎ で し ょ ? 」
俺とフィーネはレーションを水もなしで飲みこまされ、涙目になった。
「くそ…注文通りの物を作ったじゃないか…うぇ…」
「アロイスひどいよ…そっちのおいしそうな料理で口直しさせてくれたまえよ…」
「ああ、ごめんよ。最近エレオノーラさんに君たちを何とかしろとうるさく言われ過ぎて、ついね。じゃあこれ、改良レーションの試作品だよ。味見してってよ」
「…おお…これは…チキンの煮込み?香草が効いてて薫り高いね…これを戦場で?こっちは炊き込みご飯じゃないか…っ」
「…アロイス、こっちの菓子みたいなのはなんだ…」
「ああ、そっちはコンバット・レーションだね~。優雅にお弁当なんて広げていられない時のためのものだから、今までのレーションと同じような食感だけど味だけ改良済。シトラス味とバナナ味とチョコ味とチーズ味かな」
「…よくそんなに作ったな…」
「いや~、楽しいねやっぱり!ナディヤの知識がすごく助かるんだよ。また週末に来てもらう予定なんだ」
「お前も大概だな…まあ、俺はうまいレーションが出来るなら文句は言わん」
「そっちは任せてよ。…これからテントだろ?機能は“そこそこ”でいいからね?わかった?」
「む…善処する…」
くそ…すでにいろいろ構想を練っているのに…
だが俺は自重しないぞ。
ニコルが使うかもしれないテントを適当になど作れるか!
また粘土を詰め込まれるかもしれないが、少しガマンすれば済む。
大規模魔法くらい防げるテントを開発してやるからな。