187 氷の魔王と炎の魔王 sideニコル
あの日から一年が経とうとしています。
私たちは学舎最後の年末を目いっぱい楽しんで思い出を残そうと、同期みんなでパーティーしたり、寒いけど海岸に繰り出して夜通し打ち上げ花火…じゃなくて打ち上げ魔法で遊んだりと、ちょっとハメを外した遊び方をしました。
実は学舎最終学年にはよくある話だそうで、夜通し遊ぶこともナニーにあっさり許可されて皆びっくりでした。
この時に私はエゴンから”濁り玉”と言われていた件を謝罪され、仲よく…とはいきませんが、水に流してお互いがんばろうと言える程度には仲直りしました。ま、エゴンにドゴン作戦については私は謝罪しないしバラしもしないけどね!
ヘルゲは身柄が魔法部扱いなのをいいことに、私たちが入隊するまではデボラ教授たちと”遊ぶ”んだと言って毎日うきうきと端末に向かっています。
…ちゃんとお仕事しなよと言いたいところですが、ヘルゲが本気で遊ぶともれなく”金の成る木”か”世紀の大発明”か”脅威の殲滅魔法”が出来上がってしまうので、誰も文句が言えません。
お婆ちゃんは「本当にヤバいスリーマンセルを組ませちまった」と毎日のように頭を抱え、アロイス兄さんに「お前が制御しな、もともとそういう苦労する位置づけだったろうが!」と言って困らせています。
そのアロイス兄さんはいつものようにヴァイスへお仕事に出かけていきます。
皆の話を聞いてはバランスをとり、問題があれば穏便に解決し、どこかからあくどいちょっかいがかかればヴァイスを操ってマツリの開催実行委員長と化し、理不尽な蘇芳独自の決まり事には裏から手を回していつのまにか改変してしまいます。
昔はヘルゲと二人で”天使と悪魔”なんて呼ばれていたのに、今ではヴァイスの中で「氷の魔王と炎の魔王」などと囁かれているようです。
…二人とも、ずいぶん出世しましたね、おめでとう。
ていうか二人とも悪魔サイドになったんですね。
でも昔みたいに「悪魔なんてヒドいよ!」と思うことは、もうできません。なぜならマリー姉さんに関するアロイス兄さんの態度と、私に関するヘルゲの態度…これはまさに「氷のエロ魔王と炎のエロ魔王」だからです。
私とマリー姉さんは、二人でよく「どうにかしてあいつら」とため息をつきます。
【 side アロイス&マリー 】
「あ、マリー。こっちにおいで~」
「なあにぃ…?」
「…昨日、”私に花を贈るなんて何考えてるの、似合うわけないでしょ!私に甘いのも大概にして!”って叫んでたよね?」
「え…っ あの…えっとぉ…ごめ…嬉しくなかったわけじゃ…」
「悲しいなあ、マリーに似合うから贈ったのに。マリーはほんとに自分のことわかってないよね」ニッコリ。
「ひぃっ…だ、だから…そんな話は帰ってからにしてよ…っ なんでヴァイスの食堂でその話しなきゃいけないのよっ」
「えー、今そんな話をしたい気分なんだよね。ところでマリー、限定解除どうする?僕としてはマリーの子供なら絶対かわいいに決まってるからね、何人できてもいいんだけど。でもほら、マリーは仕事やヴァイスがすごく大事でしょ?だから無理して産んでもらうのも悪いからね。マリーの希望を聞きたいなあって思って」
「んな…っ なにを… こんなとこで何言い出してくれてんのよおおおおおおっ!このヒョロエロサディストエセフェミニストぉぉぉぉぉっ」
「おや、こないだより少し名前が長くなったようだ。あははー、マリーってほんっと…自爆体質、だね?明日は休みだし、今晩じーっくり答えを聞こうかな~。じゃあ、また後でねマリー」
「うわああぁぁぁぁんっ」バタバタバタバタ…
【 side ヘルゲ&ニコル 】
「ヘルゲ、アロイス兄さんに頼まれた買い物行ってくるね~!すぐ戻るからあ」
「待てニコル!お前はバカか…アロイスに一人で行くなって言われてないのか?」
「あ、あ~…言われたけどお。大丈夫だよう、軽い物しかないし。売ってる場所だって知ってるもん。アロイス兄さんも過保護なんだよ~」
「…俺も行く」
「ええ!?だからスグだって…」
「俺も、行く」
「うあ…なんかデジャヴ…まあいいけどぉ…」
*****
「ねえ…ヘルゲ」
「なんだ」
「なんでこんなに私のこと抱き寄せてるの…恥ずかしいし歩きにくいからヤメテ…」
「威嚇に決まってるだろう。お前が俺のものだと知らしめないと餓えた野獣が寄ってくる」
「だ、誰、餓えた野獣って…」
「商店入口近くの金物店”鋼の力”店員ダミアン、奥の茶葉店”tea for two”店員クリストフ、その3件隣の香辛料店”ハヌマーン・バザール”店員ヨーゼフ、さらにその奥の魔石専門店”Rolling Stones”店主ラウレンツ…!その他まだいるがラウレンツはそのネーミングセンスも俺が魔石を買い付けに行く時の挑発的な態度も何もかも許せん…!」
「え…えええぇぇぇ…なんでそんな調査済みなの…ていうかケンカ売りに行くんじゃないんだよお?ヘルゲ絶対ケンカしないでよ?」
「大丈夫だ、ケンカになどならない。それにディルクとドーリスにも挨拶したいしな」
「あ、そっかあ。ディルクさんたちにはきちんと挨拶してたもんねヘルゲ」
…そう、ディルクさんたちの話は私を油断させるためのフェイクという意味があったようです。もちろん魚屋では和やかな温かい場面が繰り広げられましたが、それ以外の場所では私も威嚇された人も阿鼻叫喚でした。
「お、ニコルちゃ…うおわ!」
私にキスしたかと思うと、背後でヘルゲのマナの気配。何事かと振り向くと、幻覚で『ニコルは俺のもの』という炎の文字を持った、炎でできた人っていうか魔人っていうか魔王っていうか、そんな感じの幻覚が店員さんを威嚇していた。
「ヘルゲ!もー、何やってんのダメでしょ!」
「幻覚だから熱くない。何も燃やさないし、あいつにお知らせしてやっただけだ」
「威嚇するためにキスすんの、やめてよぅ…っ 気分悪いなあ…」
「何を言ってるんだニコル。お前が好きで仕方ないから、俺はキスしたい時にしてるだけだ」
「うぐぅ…ズルい…」
情けなくも黒ヒョウに丸め込まれた私は、その後の被害拡大を押さえることができません。私がヘルゲの幻覚を防ごうとマナを練ると、ヘルゲはそのマナを消してしまいます。きっと何かの変態魔法を使ったんでしょう。守護に頼もうとすると、ガードが「面白いから見てよーぜ」と守護を丸め込んでしまいました。
「ヘルゲ、何もしちゃダ…んく!?」
「あれ、ニコルちゃんじゃないか、お茶を…うわあ!」
「へ…ヘルゲ!ほんとに怒…んふ!?」
「最近お菓子は何か作ってるの?俺は…ひゃああ!」
「ちょ、ほんとやめてよヘルゲ…んあぁんっ!?」
「お、ニコル!俺とデートする気にぎゃああああ!」
…ラウレンツさんに、幻覚以外にも何かやりましたね…?
何を満足そうに鼻を鳴らしてるんですか。
そしてキスだけじゃなくてどこ触ってるんですか…っ
帰ったらお説教ですよ、ニコルスペシャルですよ…?
そして帰ってからニコルスペシャルをかまそうとして…
逆にヘルゲスペシャルと言う名のキスの嵐で黙らされました。
「卒舎までのがまん、卒舎までのがまん…」と唱えるヘルゲが正直怖いです。
私の大切な兄と元兄は、ヤバい感じに進化しています。