186 怖い母親と空気の親父 sideヘルゲ
『よく戻ったよ、ヘルゲ。…まったく…よくもニコルに心痛を与えてくれたね、このババァを怒らせたらお前の食事を全てレーションにしてやるくらい訳ないよ、覚えておきな』
「…それは勘弁してくれ…すまなかった」
『ふん、どうせ何かしらアロイスたちにやられたんだろ?今回はそれで勘弁してやるよ』
『おいヘルゲぇ!お前また地力上げたらしいなあ?俺はお前と力比べさせてくれるってんなら許すぜぇ?』
「俺はあんたみたいな怪力じゃないんだ!魔法なしと言うなら速度重視で逃げ回るぞ!」
『がっはっはっは、仕方ねえバカ息子だな!じゃあ酒に付き合え、それで勘弁してやる』
「うまい酒なら飲む」
『しょうのない男どもだね!どうせアンタが戻ればヴァイスで快気祝いなりやるだろうよ、その時にしな!』
「俺の快気祝い?アロイスたち以外でそんなことをしてくれるほど親しいやつなんていないぞ」
『いいんだよ、このメンバーは今やヴァイスの中心人物ばっかりさ。それにアンタが知ろうとしてなかっただけで、紅玉としての実力は全員が認めてる。祭り好きなヴァイスでは私らが音頭を取らなくたって勝手に盛り上がっちまうだろうよ』
「はあ…まあ、酒が飲めるならいいか…あ、中佐に頼みがある」
『なんだい』
「…デボラ教授に会いたいんだ。魔法部に行ってもいいんだが、今回の件に絡んだ話をするならヴァイスがいいと思った。呼んでくれると助かる」
『あ~、なるほどねえ。たぶんもう少しすりゃ呼ばなくてもデボラは来るよ。ほとんど毎日こっちで昼食をとっているからね』
「わかった。しばらくしたら直接執務室にゲートを開けて入るからな」
『好きにしな、いつでもいいよ。デボラは移動魔法のことも知っているから遠慮しなくていい』
「そうか、じゃあ後で」
通信を切ると、昨日用意した3つの魔石を持ってチェックした。
一つはヨアキムのロジック。
一つは通信機。
一つはデボラ教授のマナ固有紋でロックした移動魔法の魔石。
俺が用意できるもので、皆に喜んでもらえたもの。
俺がデボラ教授を信頼していることを証明…できるかもしれない品々。
フィーネに相談したら「絶対だ。絶対喜ぶに決まっているよ」と保障してもらった物だから、大丈夫だと思うんだがな…
俺は意を決して、移動魔法で執務室に入っていった。
*****
「入るぞ」
声を掛けてゲートをくぐると、大佐と中佐がニヤニヤしている。
なんだ?と思ってドアの方を見ると、目を丸くして顎を落としているデボラ教授の姿があった。
「…デボラ教授」
それだけ声に出すのが精いっぱいだった。
いけない、俺はこの人に伝えることがあって来たんだと思い出し、言葉を続けようとした。
「あの…「ヘルゲ!!生き返ったか!遅すぎだ、黄泉路はそんなにのんびり戻って来るもんじゃないぞ、さっさと戻ってこないか!遅くて待ちくたびれたよ、君がいない間フィーネがいてくれなければ退屈で私が死ぬ所だったぞ!まったく、私は自由に生きていいと言ったが自由に死んでいいなど一言も言っていない!生き意地汚く生還したことについては多少褒めてあげないでもないが、全てニコルやアロイスたちのおかげだろう、情けない!次はない!絶対次はないぞ、今度死んだら業務命令違反で罰則だぞ!」…はい!すみませんでした!」
ここまでノンブレスで言い切ったデボラ教授に目を白黒させ、あまりの剣幕に直立不動で元気よく謝ってしまった…
少しの間二人で見つめ合うと、ふっと気配を緩めたデボラ教授はボロッと涙を一粒だけ零して「心配させるな…」と小さく言った。
エレオノーラ中佐がデボラ教授の肩を叩いてソファに座らせた。
俺も向かいに座り、今日来た目的を果たそうと魔石を取り出した。
「デボラ教授、本当にいろいろ…ありがとうございました。おかげでこの通り生きてます。で、これ…開祖から貰い受けて来ました」
「…何と言った?開祖から?」
「マザーの中で魂喰に襲われた際、俺を助けようとしてくれた男の魂があったんです。開祖ヨアキムは、マザーの厄災の箱の中にいます。復活してから再度コンタクトを取り、デボラ教授のことを話しました。ヨアキムから、デボラ教授によろしくとのことです」
「開祖が?私によろしく?何を言って…じゃなくてっ!これ…これはまさか”開祖のロジック”なのか!?」
「はい、オリジナルです。現在のマザーへの移植はできないだろうと言っていましたが」
くらりと頭をのけぞらせ、デボラ教授は「こんなにいろんな意味で重い魔石は初めてだ…」と言った。
「あと…これはデボラ教授専用に調整した新型移動魔法と、通信機です。使い方は…教授なら見ればわかると思います。通信機はマザーを介さない俺の独自インフラで、これを持っている者同士での直接通信が可能です。もちろん大佐と中佐も持っていますので、よかったら使ってください」
「くっくっく…ヘルゲ、アンタ少し手加減してやんな。デボラが貧血起こしそうじゃないかい」
「え…大丈夫ですか、デボラ教授…」
「大丈夫じゃないに決まってるだろう!ななななんだこの宝の山は…っ!だいたいヘルゲ、君はその敬語が地じゃないんだろう知ってるぞ!私にこんな宝の山をくれるくらいだ、私を信用していると言うならまずはそこから改めろ!上司命令が必要なら命令書も出すぞ改めろ!それと君のことは息子同然だと思ってるんだからよそよそしい態度を改めろー!」
ぶはっと思わず噴き出した。
「わかった。俺はあなたを信頼してる。せいぜい甘えさせてもらうよ、母さん」
「ふん、わかったならいい!やったぞエレオノーラ、私に美形の息子ができた」
「あっはっは、まったく手のかかる親子が出現したもんだ。娘だって一人ここで調達しただろうに…おっそろしい三人組だよ、何かやらかすなら私に知らせてからにしとくれ、これ以上心臓に負担はかけたくないよ」
「娘って誰だ」
「「フィーネ」」
「あぁなるほど…ええ?フィーネが俺の姉?悪い冗談だな…」
「ほんとに阿呆だねお前は…これ以上の似た者家族がいるもんかい。お前がフィーネと今まで何を作ったか言ってごらん」
「…パピィ…新型移動魔法…山津波…かな」
「その”それがどうかしたか”っていう顔を今すぐやめな…!世界を震撼させた方陣新技術、禁忌扱いの古臭い移動魔法の精密改良、超ド級の混成殲滅魔法を作ったってんだよ!アンタに至っては通信機までブチかましてるんだ、言い訳は一切聞かないよっ」
「…わかった…」
俺はこのコワい母親たちを前にして、俺の心にフィーネの方陣を参考にしたマザー本体級のコングロマリッドを形成してしまったことは絶対秘密にしなければと思った…
…ところで大佐はなんでこんなに空気みたいなんだ?と思って、つい縋るようにチラリと視線を向けた。俺と目があった大佐は威厳たっぷりにこう言った。
「…かあちゃんに逆らったら寿命が縮むだろうが。お前も長生きしたかったら気配を消すことを覚えろ、バカ息子」
「…肝に銘じておくよ、バカ親父」
男というのは恰好の悪い生き物なんだな、と思った。