185 ヨアキム sideヘルゲ
俺は週末の二日間を皆に囲まれて過ごした。
体調に何も変化はないんだが、やはり一度死にかけた事実を甘く見るなと周囲に言われておとなしく家にいた。
本当は、すぐにヴァイスへ出向いて大佐と中佐へ完治したと報告し…その後、デボラ教授になるべく早く会いに行きたかった。
デボラ教授がどのように介入したかの経緯はアロイスに全部聞いた。
やっぱり、あの人は知っていたんだな。
ガードの忠告が胸に刺さる。
”必死こいて、生きているうちに伝えろ”
その通りだと思う。人間いつ死ぬかわからないのは身をもって知った。
アロイスには、デボラ教授についての気持ちを正直に話した。
だが、俺が罪悪感にまみれていると知ってもアロイスは優しい笑顔を浮かべた。
「ヘルゲ、案ずるより産むが易し、だね。今デボラ教授はヴァイスに頻繁に出入りしてるんだけど、何しに来てるかわかるかい?」
「さあ?」
「くっくっく…あの人、エレオノーラさんの親友になっちゃったんだ。それとフィーネと一緒に方陣やマギ言語のことでよく悪い顔して笑い合ってる。僕はヘルゲがどんな風に猫をかぶっていたかバラしてしまったし、普段のヘルゲがどんな人間なのか、デボラ教授は興味津々で聞いては笑っている。…さて、君が罪悪感丸出しでデボラ教授に会ってごらんよ。教授は驚いちゃってどうしたらいいかわからないと思うよ?」
「…だが、どうすればいいんだ?俺はあの人に酷い事をした」
「ん~…デボラ教授に申し訳ないと思うよりも多く、感謝していることを伝えればいいんじゃないかな?その方がデボラ教授も喜ぶと思うんだけどなあ」
「…感謝か…そうか、わかった。ありがとうアロイス。俺はちょっと自分の部屋に籠る」
「ん、わかったよー」
部屋へ入り、すぐにダイブした。
落ち着いてガードに相談するためだ。
「ガード、相談がある」
( お、どうしたよマスター )
「…マザーにいる開祖と話したいんだが…危険だと思うか?」
( うっは…ま、いいんじゃねえ?魂喰がいると分かっていてマスターを再度餌食にさせるようなマネは絶対にさせないぜ?その開祖がいるかどうかは知らないけどな )
「もうダイレクト・リンクできる環境はないからな、直に入るわけじゃない。端末越しでも、侵入用端末なら接触できると思うんだが」
( なら、なおさら安全じゃねえか。いいぞ、マザーに足跡も残さず侵入させてやるよ )
ダイブアウトして、侵入用端末を起動する。ガードをあてにできるのはかなり頼もしい。でも頼り切るのも良くないと思い、並列コアの一つに最高難度の方陣を展開させて侵入した。
マザーの外殻に線を繋ぎ、呼びかけてみる。
「…緑青の…名前がわからん、マザーのコアを作ったやつ。まだいるか?」
『…もしかしてあなたは…”ヘルゲ”さんですか』
「お、いたか。突然すまん。あの時は世話になった、ありがとう」
『…お礼、ですか?私はあなたを殺しかけた魔法を仕掛けた本人ですよ?』
「あー、まあそれはニコルに聞いた。もう気にするな、俺はこの通り元気だ。お前が守ってくれたおかげだよ。…ところで名前なんて言うんだ、どう呼べばいいかわからん。開祖でいいのか」
『はは、面白い方ですねえ…私は開祖と呼ばれているんですか?そんな大層なものではないので、”ヨアキム”でいいですよ』
( は!?こいつ…ヨアキム?まさか、あの小僧っ子か!? )
「…なんだガード、知り合いか?」
( 俺が王城へ突入した時…魂喰を発動させた魔法使いどもを阻害しようとした小僧がいたんだ…そいつ、心理攻撃魔法なんて外道は使わせないとか言って飛び込んできやがってよ…こいつがスキを作ってくれたんで、俺は…結果的に死んじまったけど、その魔法使いどもを倒せたんだ。死ぬ直前に少し話した… )
『…なんで”紅蓮の悪魔”がいるんです?まさか本物?』
「ぶ…ガードお前…大層な名前を持ってるんだな…」
( うるせえよ…おいヨアキム、その名で俺を呼ぶな。今はガードだ )
『は…はあ…なんだか眩暈がしそうな状況なんですけど…お久しぶり…ですね?』
( おう。俺のマスターも世話になったな。話を聞いてやってくれるか? )
『もちろんです。何か私にできることが?恩人のご要望にはなるべくお応えしますよ』
「すまんな。実はヨアキムの子孫…直系かどうか知らんが、お前の系譜の人間がいる。デボラ・緑青という、マギ言語研究の権威だ。彼女に俺は多大な恩があってな。彼女はずっと、開祖…ヨアキムが作った”本来のロジック”がどういうものなのか知りたがっているんだ。一族にもぼんやりした概念でしか伝承として残っていないらしい。教えてもらえたら彼女も喜ぶと思って、ここへ来た」
『…なるほど。それなら、ここにありますよ。未練があって、狂った後も後生大事に持っていましてね。お役にたつならどうぞお持ちください。ただし現在のマザーに入れるのは無理がありますけど、それでよろしいなら』
「ああ、助かった。ありがとうヨアキム。また遊びに来る」
『はは、端末越しならいつでもどうぞ。もうあなたを危険な目に遭わせたくありませんからね。…ああ、デボラというのはマザーを調整している者の代表者名にありますね…よろしく伝えてください』
「わかったよ、じゃあな」
接続を切り、ほっと息をつく。思ったより簡単に手に入ってしまった開祖のロジック…見てみたいのは山々だが、これはデボラ教授が持つべきものだ。俺は魔石に入れ、明日にでもデボラ教授に会いに行こうと決めた。