181 悪だくみ sideヘルゲ
「…で、お前は何ができるんだ?」
ニコルの守護とは性格がまったく違うガードに質問する。
( 何って言われてもな。お前と一緒に悪だくみ、とか? )
「面倒な答え方をするなあ、お前…ふーん、悪だくみ、ね…」
ニコルが昼のダイブから帰ってしまうと途端にヒマになる。いや、やるべきことはあるんだが、モチベーションが一気に下がると言うか。明日の朝までニコルに会えないんだよな…でも早く修復して、ニコルとアロイスのところに戻って…アロイスとも話したいことがたくさんある。いや、あるような、ないような…顔を見たら、それであいつは分かってくれるような気もする。
だけど一言アロイスに言いたいんだ、「ただいま」と。
ニコルによると、既に「俺」は見事にマザーを改造して一泡吹かせたらしい。実感はないが、きっとアロイスも他の仲間も絶対に俺を信じて一緒に戦ってくれたはずなんだ。そうじゃなきゃ、俺がいまここにいる筈がない。
だから、俺はもうモタモタしていられないんだ。何か、方法はないだろうか。
6年を一足飛びにできる方法。あいつらをこれ以上待たせないで済む方法。
「…なあ、お前俺の護衛だよな?それなら、俺がどういうムチャしたら危ないかっていうボーダーラインの判断て任せられるか?」
( できるんじゃないか?お前よか経験豊富だし )
「一言余計なんだよ、いつも…まあいい、つまり俺はもう足踏みしていたくない。俺の中にある残り6年分…一気に手に入れたいんだ」
( 面倒臭がりって、度を越すとバカな事を思いつくもんだな )
「なんだ、ダメか?」
( 方法に依るだろ。マギ言語で何かやるつもりか )
「ああ。俺とアロイスはこの18歳の時期にほぼ計画の骨子を定めていた。その後いろいろトラブルはあっただろうが、計画が成功している以上やり切ったんだ。ということは、俺はマギ言語のプログラミングに関して専門家を捕まえた上、倫理回路書き換えができるくらいまでにはなっているんだよ。…あの紅い結晶のどれか一つに、その知識が詰まっている。それをまずは無理やり食らってやる」
( お前、その年齢でもマギ言語使えるだろう? )
「バカを言うな。俺がマザーから掠め取ったマギ言語の知識はいわゆる中級編までってところだ。倫理回路書き換えができるほどの知識がマザーにあるものか、捕まえた専門家の研究室にあるサーバーとその専門家自身にしかないだろ」
( 言っていることはわかるがなあ…一応俺、700年以上前がホームなわけ。マザーなんてない時代の生まれなわけ。深淵の知識があるから話についていけるだけなんだけど )
「ほんとに面倒だな…後で俺の知識を吸収しておけ」
( へいへい。んで、俺はお前がマギ言語を食らう時にぶっ壊れないよう見極めればいいんだな? )
「そういうことだな。よし、やるぞ」
俺は精神を集中し、マギ言語専門家に関する結晶を探す。俺がまだ出会っていない人の記憶と、それに関する知識だからな…見つかっても簡単に使えるかどうか。
…あった!
デ、ボ、ラ…教授ね…なんて巨大な結晶だろう。俺はこの人からこんなに掠め取ったのか、容赦ないな。
よし…演算領域だけは広大に確保してあるんだ。ガードを信じて…やってしまえ!
ゴボッ…コポ…ゴボボ…
まるで溺れたような心象風景になっているのは、俺が情報の海に溺れていると認識したからだろうか。
マギ言語の知識だけじゃない。デボラ教授が俺を心配するような表情も流れ込んでくる…『生き意地汚く生き残ることを、上司として命令するよ』…『マザーが大きな過ちを犯さぬように“厄災の箱”を仕掛けた』…『君はもっと、自由に生きていい』…俺はこの人を騙し、利用し…それを後悔していた。でもこの人は、そんなこと知っていたんじゃないだろうか…知っていて、俺の目的も察して、それでも俺の心配をしていたんじゃないだろうか…俺は、俺はなんてひどいことをしていたんだ。この懐の深い人に、なんてことを。
( うーい、救出っと。お前、情報の海じゃなくて後悔の海に呑まれそうになってたぞ。そんなんで6年分一気飲みするつもりか )
「…悪い。情報は飲み込めてるな…もう少し落ち着くのを待ってから構文にとりかかる」
( そのデボラ教授だがな。お前の計画にものすごい貢献をしてるぞ?今だって、時間を止めているお前の体はデボラ研究室預かりなんだからな )
「は!?どういうことだ」
( かの教授は“コンラート”に似た思考方法でお前の危機を察したようだな。簡易養育室を自力で探し当て、お前が仮死状態になった理由もほぼ正確に推測し、死んだ直後のお前を囲むアロイスたちと合流…お前を今後どう扱うかについて、ヴァイスの重鎮と共に軍部のうるさいやつらを黙らせた立役者だ )
「…どう、詫びればいいんだろうな…どう、感謝すればいいのかもわからん…」
( …小僧。そんなことは6年を飛び越えてから悩め。それと詫びも感謝も生きているうちに、本人にしなきゃ意味はない。“どう”詫びるかなんて関係ないんだよ。生きているうちに、本人に会えるうちに、必死こいて伝えろ。…伝える前に“魂喰”に喰われた俺からのアドバイスだ )
「…わかった」
俺はやっぱりガードと何かしら重大な部分で共通点が多いみたいだ。ニコルはきっと『守る』ということに関して。俺はきっと『生きる』ということに関して。深淵の意志は、俺が『本当に生きる』のを手伝ってくれる。俺は生きていけるんだ、これからも。
気持ちを、切り変えろ。
「俺」を壊したマザーはもういない。
先祖返りを保護できる土台も整うだろう。
メデューサだって、もう消滅した。
なら、俺は。
目いっぱい、幸せになってやろうじゃないか。
ニコルに繋いでもらった命を、ニコルが望む通りに。
それが本当の復讐だ。
…で、俺が幸せになる第一条件はニコルを手に入れることなんだよな。6年後の俺って、ちゃんとニコルを落としてたのか?…自分のことながら、ひとっかけらもその辺は自信がない。はあ…何をやっているんだかな…目の前に一番うまい料理があるのに、味見もしていないんじゃないのか。
大木で出会った瞬間に、もう俺自身はオチてただろうが…いや、幼女趣味とかじゃなくてだな。あのエメラルドしか、俺は欲しくなかったじゃないか。あれが欲しくて仕方なかったくせに、恋焦がれてニコルの緑色の星を見てるだけとか…アロイスをすごく遠くから見つめてた女みたいだな。乙女か、俺は。
( うおーい…なんか思考が明後日の方向行ってないかー?マギ言語消化できたか? )
「…! ああ、消化した」
( んで?手始めに何やるんだよ?面白いもん見せろよ )
「面白いものか…じゃあ、とりあえずあの情報の結晶群。まとめて整理して、マザー分体級の疑似思考回路に管理させてみようか。方法なら当てがあるんだ…デボラ教授の言ってた“厄災の箱”という、魂喰が仕掛けられてたやつがあるだろう。連鎖で浮き上がってきた映像記憶があってな。あのアイデアをいただく」
( ぶあーっはっは!いきなりかよお前!やっぱこいつバカで活きがいい! )
「ふん、お前の言い方は気に入らないが、まだ終わりじゃないぞ。俺のこの広大な世界…使わない手はないだろう。その分体どもは全部外縁に寄せて、中心を鏡みたいな床にしていこう。ルビーの床を魔石代わりにして、倫理回路どころじゃない規模の構文を刻んでやる」
( へえ!それで何やるんだよ?自分を制御でもさせんのか?お前ゴーレムにでもなりたいのかよ? )
「バカ言うな。すでに“ゴーレム”なんて言われ飽きてる。分体どもを統括管理する、マザー本体級のオペレーションシステムだ。方陣のコングロマリッドで、『俺』が目指した演算速度を俺自身で、何の補助もなしに実現させてやる。俺はゴーレムになんぞならない。そのシステムを自在に操る、この紅い世界のマスターになる」
( ふふん…いいねえ。それをやり遂げたら、お前を小僧じゃなくてマスターって呼んでやるよ。んで?そのシステムができたら…お前は6年を飛び越えられるのか? )
「理論上はな。並列コアで高速化させるから、6年分の情報なら数秒で処理できるだろう。…俺の神経が焼き切れなければな。そこはお前に頼るから。頼むぞ」
( 任せろよ小僧。あ~、面白いやつ!こりゃしばらく退屈しないぞ )
「俺は暇つぶしのおもちゃか…まあいい、とりあえず分体から作るか…」
こうして俺とガードの「悪だくみ」は始まった。
ニコルには極力内緒にしておく。今の俺は不完全なヘルゲとしかあいつには映らないだろう。だったら6年を一気に飛び越して、あいつが呆けている間に捕獲してやる。捕まえて、あのエメラルドを本当に俺だけのものにしてやる。
俺の獰猛な気配に反応して、ガードまでワクワクした気配をさせている。「早くやれよ、さっさと面白いもん見せろ」とうるさくせっつくが、なぜか作業スピードに拍車がかかる。ガードは俺を小僧扱いするだけあって、俺をその気にさせるのがうまいようだ。
待ってろよ、皆。
俺は一刻も早く、まだ知らないお前らに会いたいんだ。