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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
永遠の一日
180/443

180 光の雫 sideニコル

  







「ヘルゲ、この辺りって何かある?修復しちゃっていいかなあ?」


「ああ、いいぞ。そこは何もない。…というか、ここら一帯に埋まってる記憶と情報は感じられないな。派手にやってくれ」


「いえっさー!」



マナをぐうっと注入し、なおして!と願う。

赤黒い瓦礫は途端に輝きを取り戻し、キラキラしたルビーの床になっていく。



「くそ…俺がやるといまいち波打った感じなのに、なんでニコルがやるときれいな床になるんだ…」


「にへへ~、うちの精霊さんは優秀でしょう。えっへん」


「精霊は確かに優秀だな」


「…私が優秀なわけではないと、そういう含みがあるわけですね…?」


「ニコルが優秀というか…優秀な精霊にニコルが好かれているという感じなんだがな…」


「同じことですね、ハイ。ヘルゲのばーか」


「…お前、なんか最近短気じゃないか?」


「ヘルゲのせいですーぅ!早く修復しなきゃって思ってダイブしてくるのに、すーぐ私のことからかって!」


「からかってなんていない」


「じゃあすぐ抱き着いたり、キキキキキスしたりすんのやめてよう!アロイス兄さんたちに見せる映像記憶がどんどん少なくなって、超怪しまれてるんだからね!」


「確かにそんな映像記憶をアロイスに見せられるのはいやだ。でもニコルを近くで見るのをやめるわけにもいかない」


「…それ!それ、何なのかわかんないっ!“ニコルを一番近くで見る”って言うから何かと思ったらキッ…キスするし!意味わかんないよう…」


「うーん…そういえばなんでだろうな。俺もよくわからん。でも気持ちいいから、あれはやめない」


「うぐぅ…っ でも困るから、あんまりしないでっ」


「…そうか」



ぐは!出た…っ

黒くまのしょんぼりヘルゲ…!


ずるいよおおおおお!



「…あ、でも今“あんまりしないで”って言ってたな。じゃあ回数は減らす。でも一回毎の時間は伸ばす」


「おんなじことですうぅぅぅぅぅぅ!!!」


「じゃあ、今まで通りでいいよな」



そう言うと滑らかな動作で、リップ音をさせながら見事なバードキス。


もー!

私をこれ以上どうしたいんだあああ!




私と同じ18歳になったヘルゲは、まるでほんとに同期の男の子みたい。色気ダダ漏れの、イタズラ好きな、私に夢中だと言って憚らない綺麗な顔の男の子。たまに新しい記憶を見て落ち込むと、私が撫でてあげたり抱きしめてあげないと浮上しない可愛い男の子。


…これ…ちょっとほんとにヤバいんですけど…っ


ダイブする回数、そろそろ減らしてもいいのかも…

うう、でも私がヘルゲに会いたいし…





*****





そんな風に悶々とする私をよそに、ヘルゲは順調に心の修復を進めていく。もう瓦礫の地区はすっかり無くなっていて、紅い世界はルビーで出来た広大な盆地のよう。周囲にぐるりと存在する、いくつもの紅くて巨大な城も全てルビーで、もちろんヘルゲが作った紅い結晶の柱が収められている。どうしてこういうレイアウトになったのかはよくわからないけど、ガードが現れた日からヘルゲはずっとこの形を目指して世界の構築をしていたみたい。


時折、ヘルゲがガードと話している時に不思議な雰囲気を感じることがあった。

マザーへの有効な攻撃手段でも見つけたかのような、敵を倒す算段をつけた獰猛な獣みたいな目をするヘルゲ。


18歳になった頃からたまに見かけるようになったこの美しい獣は「…なるほどな、俺もよく考えたもんだ」と言いながら、気分よさそうにガードと何かの計画を練っていた。



ある日、私が週末の長時間ダイブでヘルゲの心にいた時。

急にその計画は始動した。




「ニコル、ちょっと危ないから守護に警戒してもらっててくれ。なるべく端っこにいろよ」


「ふぇ?わ…わかったぁ~」



何が何だかわからないけど、言われた通りに退避。守護は盾ではなく結界状に私を包み、警戒態勢をとった。



ヘルゲは盆地の中央までガードに運んでもらう。

何が起こるのかわからずにポカンと見ていると、いきなりヘルゲが莫大な量のマナを錬成し始めた。まるで山津波でも出そうとしているかのように、極限まで最大量の錬成をしている。ギュバッと収束させると、ヘルゲの頭上には直径2mを超える巨大なマナの太陽があった。


一瞬、攻撃魔法を出すのかと思ってしまい、まさかの「自殺!?」なんて連想までしてしまう。でも守護が大丈夫だ、攻撃魔法ではないって言うから、一応そのまま見ていた。



少し苦労しながらマナを扱うヘルゲの目は必死だった。

でも次の瞬間には成功を確信したのか、ニヤッと獰猛な笑顔になった。



自分の足元…つまり盆地の中心地に、ヘルゲがマナを叩きつける。



広大なルビーの盆地で、ヘルゲの足元から徐々に光が渦を巻いて拡がっていく…

違う、あれは、マギ言語!?


盆地に渦を描くように施されたマギ言語の構文が、白い光を放ちながら外縁に向かってどんどん円を拡げていく。まるであの日の膨大な構文のように、意志をもった言葉の群れがルビーを輝かせる。


とうとう私の足元までが輝き出すと、マナの注入を終えたヘルゲがチラリとこっちを見た。そしてにこりと笑った瞬間に盆地全体がカッと光り、私は眩しさで一瞬ヘルゲを見失ってしまう。






一瞬…そのほんの一瞬だけで、心臓を掴まれたかのように痛みを感じた。


またヘルゲを失うようなことが起こっていないか、と疑う心がムクリと鎌首をもたげる。今まで余計なことを考えないように夢中になって、ずっとあの日からヘルゲをなおしてきたのに。


そして今、ヘルゲとの日々の中で忘れたつもりになっていた、雷撃に打たれたように跳ねたヘルゲの体や、胸に大穴を開けたヘルゲの姿が脳裏をかすめる。


守護が大丈夫だ、問題ないと言ってくれていなければ…私はきっと今、パニックを起こしてヘルゲのいる場所へ走っていただろう。






マナの光がおさまると、ヘルゲはそのまま、光の爆心地に佇んでいた。


そして盆地の上空には…数えきれないほどの方陣が、マギ言語でできた紐に繋がれて何十層もの光の傘を作っている。その傘は、紅い盆地や紅い城にほろほろと光の雫を垂らし、紅い世界を光で潤していく。


ゆっくりとこちらへ歩いてくるヘルゲは、まるで花火の滝の下を粛々と進んでくるようで、顔が影になってよく見えなかった。



「ニコル、怖い思いをたくさんさせたな。俺をなおしてくれて、ありがとう。助かった」



…言っていることが、よくわからなかった。


ううん、分かるけど、嘘でしょうという気持ちが先に立って、信じられない。

だって、さっきまでヘルゲは18歳だった。



「ニコル、俺のそばにいてくれ。心も、俺のそばにいてくれ。俺は、あの10分間だけじゃとてもニコルが足りない。…もっと、たくさん、一番、近くにいてくれ」





私は、もう、我慢なんて、できなかった。


声にならない叫び声を上げ、声にならない悲鳴を上げ、全く音のない慟哭をヘルゲに叩きつける。


涙だけをぼろぼろと零し、震える拳で力いっぱいヘルゲの胸を叩く。


崩れ落ちる私の体をヘルゲが支えてくれるけれど、私と一緒にヘルゲもへたり込んだ。


「…ようやく帰ってきた…」


そう言うと、ヘルゲは私にキスをして、愛しそうに、一番近くから私を見た。




ヘルゲを失いそうになった、あの一日がようやく終わった。







  

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