179 宝玉どもの報告書 sideコンラート
ヘルゲのやつが「死んで」から、8か月が経とうとしている。この間にアロイスはめきめきと頭角を現し、あっという間にヴァイスのことや軍部内のパワーバランスを把握。元教導師ということもあるのか人心掌握が巧みで、あいつのところにはひっきりなしに誰かしらが相談に来ている。
それでも決まって昼飯時になるとフッといなくなり、学舎の森の匂いをさせて帰ってくるんだからな。時間が不規則になりがちな軍務でこれだけきっちりとした時間の使い方をするやつも珍しい。一部の女の子には「アロイスは銀縁眼鏡をかけるべき」という意味のわからねえ信仰が蔓延している。白縹はほとんど視力低下なんぞないってのに、よりによって宝玉にメガネとか何の冗談だ、と本人も不思議がっている。
そういや既に一度、アロイスは戦場へ行った。
中枢がアロイスを行かせたがっていた、東方戦線だ。あっちは湖沼地帯で、小船を使った機動的なゲリラ戦法をとられて苦戦していたらしい。
何気に皆アロイスが精神的にやられちまうんじゃないかと心配していたが、ケロリとした顔で「凍らせてきました」と笑うもんで、俺らの方が凍った。
基本訓練はとりあえず消化したって程度だし、やっぱり体力だの武術だのは元々の軍部予定者あがりには敵わないが…あいつの強さは絶対に体術じゃねぇ。
エレオノーラさん譲りの軍略と知略、それにあいつの性格が合わさるとだな。
アロイスに「こいつ、制裁しなくちゃね」的な判断を下された相手や敵は、もれなく当初の被害予測よりも数倍の痛手を被る結果になる。
ウチの国軍司令官も予想だにしない大戦果に首を捻るばかりという結果になった東方戦線は、あっという間に終息を迎えた。
ちなみにアロイスにレーション食ったか?と聞くと、額に青筋を浮かべてこう言った。
「あれは食材に対する冒涜だね。あんなの食事とは言わない、エサだよエサ。絶対二度と口にしない。近いうちにレーション開発部門を立ち上げて改良してやる…!あんなのニコルたちに食べさせてたまるか」
…その決意、数年前に欲しかった。
俺らは散々食ったのに、ニコルが食うのが許せないからレーション改良とかどんだけ。
ヘルゲのゲッソリした理由がわかったよ…と言ったアロイスが戦場でどういう食事をしていたのかというと。もちろん、自宅でスキを見て弁当を作って持参したそうだ。
ずりぃ…俺もナディヤに頼もう。
*****
ヘルゲの育成は右肩あがりでスピードアップしているそうだ。現在17歳くらいになっているようで、アロイスのことも思い出して「早く会いたい」と言っているらしい。
…驚きの素直さだ。
これを聞いたアロイスはボロボロと泣いた。
「ヘルゲにマジ泣きさせられたのは初だ」と悔しそうな演技をしていたが、こいつがマジ泣きするのはヘルゲとニコルに関してだけだろうに。
ニコルはと言えば、14歳から先のヘルゲに振り回されっぱなしみたいだ。「好き」な相手に対しての感情露出にまったくストッパーがない状態になったらしいヘルゲは、フィーネも真っ青の暴走愛情キャラバンだ。なぜなら、まだ思い出せていない俺やフィーネ、ハイデマリーやナディヤ、リア。アルマにユッテにオスカーのことを軽く聞いただけで、蕩けるような笑顔で「思い出すのが待ち遠しい」とまで言うんだからな。
しかし17歳になった途端、少々考えるようになったようだ。
「なんかねぇ、ビルギット姉さんとかお菓子押し付けてきた女の子のこととか思い出したらしいよ。んで、アロイス兄さんに顔の美醜についてお説教くらったとかブツブツ言ってて…いまだに自分の顔なんてあの世界でじっくり見る機会もないし、ニ…ニコルが可愛いことくらいしかわからないとか…言うし…」
はいよー、ごっそさん。
まあ要するに、以前と同じく懐に入れた奴等以外に好意を示すのは危険だってのを理解したらしいな。無表情モードとの切り替えが激しくなった、とニコルが言ってる。しかしそうなると…破壊力も増すらしいな。
「もう、なんかワケわかんないくらいフェロモン増大してるんだよ…!無表情に作業してるヘルゲに声かけて、振り向いた途端にこう…ぶわぁっと!ぶわぁっと笑顔とフェロモンが拡散するっていうかあ!あれは…破壊力が殲滅級…」
さすが紅玉。
それにヘルゲについた護衛…これがまた問題児だ。ヘルゲとしょっちゅう口ゲンカし、まるで兄弟みたいだ。なのに何か思いついて実行しようとするときの息がぴったりで、この前修復作業がガツンと進んだのはそのせいだった。
瓦礫の地区はまだ残っているが、以前のヘルゲがため込んだ情報や技術、方陣等…そういうモノを保存してあった結晶だらけの塔があったんだけどよ、それをバカでかい一つの結晶の中に整理してまとめていた。
その外側の結晶ってのが、まさかのマザー外殻に仕込まれた「厄災の箱」をマネたような構造でよ。マギ言語仕込んで、以前並列思考がいた時みたいに「ヘルゲの意志に反応して情報を取り出す」だの「ヘルゲの演算補助をする」だの「方陣や魔法の威力を反射増幅する」だのってバカみたいな機能をつけやがった。あれ以上魔法の威力増大なんてして、どこの国を征服するつもりだアイツ。
たぶんあの最後の一日の記憶は、保有済みなんだろうな。ヘルゲの年齢が追いついてないからハッキリしないだけで、厄災の箱のこともうっすら思い出したんだろう。
もう一つ、なんつーか…重大なことが判明した。
ヘルゲは『ふーん』と軽く流していたらしいが、あのガード…主体になっている人格が初代紅玉なんだそうだ。アレだろ、”魂喰”でほんとに死んじまった人。よく魂喰われて存在してられんなーと思ったが、あの当時の自然の体現者が放ったデカい魔法の一つに救われ、死んじまったけど魂の消滅までは免れていたんだと。
スケールでかすぎて、もう俺にゃピンとこねえ。
あとは、エレオノーラさんによるとマザーの倫理回路書き換えの影響が徐々に出ているようだ。俺はどういうことかイマイチわかんねーけど、シュヴァルツでマザーの直結回路を繋げることは廃止されたし、ヘルゲの簡易養育室は撤去、コピー版養育システムは消去されたし…これ以上何があるんだかな。
ま、アロイスもエレオノーラさんもいるし何とかするだろ。
こんな感じで、俺らはヘルゲのいるようないないような日々を過ごしてる。ナディヤにはすぐ見透かされて「…さみしいわね」と労わられる始末だけどよ。
だが俺とアロイスには重大な計画がある。
あのバカが目覚めた瞬間が勝負だ。
俺たちの覚悟がどんだけデカくて重苦しいものだったかを思い知らせてやるぜ。