178 ガード sideヘルゲ
ニコルは俺の何だろう?
お母さんじゃないのはわかる。ニコルは若いし可愛いもんな。
お姉さんか?って聞いたけど、笑って「違うよぉ~」と言う。
俺は今、俺の紅い世界の修復中だ。
俺はどうも死にかけたらしくて、この世界を修復できれば外の世界に出られるのだそうだ。まだその時の記憶とかが発掘できてないから、経緯がわからないけど。
やっぱり今の俺の精神年齢に合った記憶以外を発掘できても表層に上がってこないらしくて、けっこう発掘したのに未だに俺は13歳だ。ニコルが高等学舎で勉強している間は、守護が紅い世界とニコルの森との往復を手伝ってくれる。守護は話し相手もしてくれるし、俺が瓦礫でケガしそうになると助けてくれたりもする、頼もしいやつだ。ニコルの守護だけどな。
俺が3歳くらいの時、マザーに感情を抉られた時の記憶がまざまざと甦り、俺はパニックを起こした。その時守護がニコルをすぐさま呼んで、泣き喚く俺をずっと抱きしめてくれていたのを覚えている。
その後も、今までの記憶と言ったら「昏い」の一言に尽きる。俺はニコルみたいに温かい存在ではなく、ギザギザの金属みたいな、母親のマネをした蛇のようなやつに育てられ、いつもそいつをどう欺いて自分を守るかと考えていた。
でもまあ、その記憶のおかげで退屈はしない。昏いだけの13年間で蓄えた知識だの情報戦闘力だのは、絶対役に立つと思うから。俺、よくやった。偉いぞ。
昏かった俺は世界を分割されていたから、その区画ごとに情報や方陣を整理していたらしい。今の俺の世界はそうもいかないから、そういう重要なモノを発見すると紅い結晶の柱をゴバッと生み出して、その中に仕舞っている。
…困るんだよなー…だって分割された区画って99-99まであるんだぞ?しかも裏まで使って隠してたモノがあるから、単純計算で2万弱の区画があることになる。演算用に空いている区画があるって言っても何の慰めにもならない。おかげで結晶の柱は既に大小合わせて1万以上ある。平面に広げてしまうと演算領域が狭くなるから、上へ上へと積み重ね、まるでルビーの城のようだとニコルは言う。あんなとこ、危なくて住めないぞ。
…ま、仕方ないか。この手段の多さが俺の生き残った要因なんだって言うなら、俺は昏かった俺の努力を無碍にはできない。まるで双子の兄弟のような感覚だけど、いつか俺自身のことなんだって自然に思えるといいな。
「なあ、守護。ニコルが来るまで後どれくらいだ?」
( 現在午前8時を回った。あと一時間以内には来るのではないか )
「ふーん…早く来ないかな。それと最近誰かが話しかけてくるんだが、誰がいるのか知ってるか?」
( お前の守護の形成が完了されつつあるからだ。声が聞こえる程度まで大きくなったのなら、そろそろ完全に話せるようになるだろう )
「…俺の守護?…ニコルの守護とどう区別すればいいんだ…わけがわからない」
( お前が違う名前を決めればよかろう、守護は我らの名だからな、違うものを頼む )
「ちっ、そんなのすぐ思いつかない。ニコルに決めてもらおう」
( その思いつき、たぶん後悔することになると思うぞ )
「なんでだろう…菓子の名前になりそうな予感がする…」
( 是 それは正しい予測だな )
「くそ…守護Ⅱとかでいいか」
( 面倒臭がりも大概にしないと、深淵の意志の数が減るぞ… )
そんなことを話しながら瓦礫を探索していたら、またあの声が聞こえてきた。
( …この小僧、やっぱり活きがいい )
「小僧なんて呼ぶな。何様だお前」
( お前の護衛だな。だがもともと俺らは攻撃主体だったんでな。お前の性質に魅かれて集まるんだから、”浄き森”の守護ほどは期待しないことだ )
「ふーん。お前の名前、ガードでいいな。浄き森ってニコルか」
( ああ。それにしても浄き森につきっきりで育成されるとは…贅沢な小僧だ )
「小僧小僧とうるさい。俺はヘルゲだ」
( ふん?”篤き火”と呼ぶのは面倒臭い。小僧なんだから今は小僧と呼ぶ )
「…篤き火?昏い火の間違いじゃないのか」
( さあな?お前の本質が真の名として浮かび上がるからそう呼んだまでだ。死に損ねて本質が変わったか、お前の本来の質がそうだったんじゃないのか )
「ふーん。まあ正直どうでもいい」
( お前…面倒臭がりだな… )
「まあ、護衛してくれると言うなら頼む。よろしくな」
( 最初からそう言えばいいものを… )
なんとなく俺のことを面白がっているようなガードは、今までと違っていきなり完全に意思疎通できるようになった。何なんだろうな、何が切っ掛けだったのかわからん。
俺の周囲で白い剣のように鋭い結晶がたくさん回遊する。
まだ俺の思い通りにはならなさそうな気がするけど、俺を護衛しつつスキあらば暴れてやるっていうワクワクした感じが面白い。
…ん?なんか…視界の霧が晴れた感じがするな。
白霧…じゃないな、何かの記憶が表層に上がってきたのか。
あ、ニコルが来た。
…「俺の緑色」が、来た。
え?なんだこの思考…
ニコルを中心に、色彩が爆発的に拡がる。
俺の視界の紅を、赤を、朱を吹き飛ばしていく。
…これは、俺の視界異常がなくなった時の記憶か…
なんだ、この衝撃度は…っ
ニコルの髪はいつものつややかな銀色だった。
でも小さな、レモンイエローのワンピースを着た子供だった。
違うだろ、今日のニコルは紺色のチュニックと白いパンツをはいている。
周囲の地面は一面の緑で、白い花が咲いている。
空は抜けるような青だった。
まるでニコルの森みたいな記憶…違うだろ、学舎の…そうだ、学舎の森で。
現在の18歳のニコルと、7歳のニコルの映像が交錯する。
…思い出した…
俺は、ニコルと学舎の森で出会ったんだ。
それに、大事な…俺の理解者…無二の親友、アロイスに会った。
俺は…俺は、何よりも大切なこの二人と、森の大木で会った…!
何で忘れてたんだろう。
何で忘れていられたんだろう。
たかが死にかけたくらいで、何でこんなに大切なことを。
俺は、泣きながら18歳のニコルを抱きしめた。
また背が大きくなったみたいで、ニコルが俺より少し小さい。
「うわっ どうしたのヘルゲ…どっか痛い?」
「ちがう」
「…どしたの、何か思い出した?」
「ニコルと、アロイスに会った時のことを思い出した」
「…! アロイス兄さんのこと、思い出したんだ…きっと喜ぶよ」
「あいつ、俺を待ってるか?」
「…うん。早く帰って来いって、いつも言ってる…」
「わかった。…もしかして、俺はあの後にも大切な人間ができたのか?そいつらも、待ってるのか?」
「うん、たくさんいるよ。皆ヘルゲのこと、待ってる」
「そうか…」
「…え?ええぇぇ?ちょ…ヘルゲ、瞳に白斑がある…っ」
「ん?ああ、さっき俺のガードと意志疎通できたばっかりなんだ」
ヴォン!と音が鳴り、白い剣の群れが周囲を回遊する。
( はじめまして、だな浄き森。俺らはこの小僧のガードだ。ま、もうちょい成熟してくれないとなあ…実力発揮できないわけなんだけどな )
「ほわぁ…守護とは形態も性格も違うんだねー、よろしくお願いしまっす!」
( おう、浄き森との往復くらいなら、もう俺らでできるから。小僧のお守りはもういいって、そちらさんの深淵の意志にも伝えておいたからな )
「おい…小僧だのお守りだの…お前失礼すぎるぞ…」
( こんなことくらいでムッとするから未成熟だって言うんだ。悔しかったらさっさと大人になれ )
「ちっ」
「ヘルゲ!舌打ちとかしないのー!」
「…ふん…」
「それと、そろそろ離してぇ~」
「いやだ」
「なんでよぉ、せっかく来たのに修復のお手伝いできないよ」
「 い や だ 」
「出た…っ ヘルゲの突然ワガママ!今日は何なの~?」
「ニコルは俺のだ」
「は!?」
「ニコルは俺のだ、だから今日は抱きしめる日だ」
ニコルの顔がぶわーっと赤くなる。
…もしかしてこれ、脈ありというやつか?
よし、これからもこの調子で押せば落ちるかもな。
ニヤーッという感じの笑いが表に出てしまう。
それを見たニコルが目を丸くし、顔を赤くさせたままブツブツ言う。
「ちょ…どういうこと?これたぶん14歳か15歳くらいに見えるんだけど…こんな頃から女転がし!?私、育て方間違えたのかなあ…どうしよう、アロイス兄さんに相談しなきゃ…あああ、でも今日の映像記憶なんて見せらんないよう、中身まで黒ヒョウになっちゃった、どうしよう…」
「黒ヒョウって何だ、ニコル」
「ワガママヘルゲには教えませんっ!もう離してぇ~!」
「…なんだ、そんなに離してほしいのか…」
…落ちるかもとか、俺の勘違いだったのかもしれない。…少しだけ、腕の力を緩めた。でもやっぱり離したくなかったから、完全にはニコルを解放できなかった。
くそ。諦めないからな。ニコルは、俺のだ。
「う…うー、もぉぉぉ、わかったよう、今だけだからね!?お昼にはちゃんと修復するんだよ!?」
ニコルが折れた!?やった!
今日はニコルの修練時間が終わるまで抱きしめ放題、撫で放題だ。
「うぐぅ…こ、これはズルい…黒ヒョウと黒くまの使い分けが自由自在じゃないの…っ!タチ悪い、これはタチが悪い…!!」
まだ何かニコルがブツブツ言ってるけど、もう言質は取ったからな。
ああ、温かくて気持ちいい。