177 Recollections sideアロイス
年末年始の休暇も明け、皆がぼちぼち休みボケから復活し始めた頃。軍では紅玉が魔法事故に遭ったことが公表され、少しだけ騒ぎになった。でもヘルゲは元々が不安定だった(ということになっていた)こともあり、またか、と思う蘇芳が大半だったようだ。
ニコルも学舎へ戻り、普通に…表面上は普通に生活している。守護とも相談した結果、学舎で基礎修練の時間をヘルゲとの宝さがしに費やしてもニコルの到達度とかには何も影響がないそうだ。ニコルは既にマザーの測定できる範疇を超えていて、品質検査でも適度な数値が出るように守護が偽装してくれるらしい。
平日は午前中の基礎修練と、お昼の森での時間を宝探しに。余裕があれば夜も行くみたいだけど、アルマやユッテに訝しがられない程度に抑える。
週末は僕の家で思う存分ダイブし、ヘルゲを順調に育てていた。
一応、リアやナディヤ、アルマにユッテにオスカーへは軽く事情を伝えてあった。ヘルゲが魔法事故に遭ったこと、でもニコルの精霊魔法で回復見込みだということ。全員真っ青になって心配してくれたけど、僕らのあまりにも楽観的な態度に「…時間はかかるって言ってたけど、たいしたことないのか…」と安心してくれた。
…で、ヘルゲの本体はというと。
「ね~ぇ、ニコルぅ…私思うんだけど…時間止めててもヘルゲの体にホコリが積もるんじゃないかと思うのよねぇ…ほらぁ、置物とかもいつのまにかホコリが付くじゃない…?」
「…!? たいへーん!そっか、おふとんに入ってるだけじゃダメかあ!」
二人が急いでヘルゲを見ると、やはり布団から出ている顔や髪にホコリが多少ついていた。皮膚とかに影響はないものの「放置された彫像」的なモノになるところだった、とニコルがハタキでヘルゲの顔を掃除していた。
…かわいそうだからハタキはやめなよ。生活魔法でキレイにしてから結界で覆ってあげればいいじゃないか…
そう言うと、それもそうか!と言いながらヘルゲの体を結界で覆う。そして長方体の結界の上に、ご丁寧に布団をかけた。…意味あるのかな、その布団。
これを見たコンラートは大喜びだ。自分がホルマリン漬け画像で散々な目にあったので、布団を引っぺがして”ヘルゲのゼリー寄せ”だと様々な角度から映像記憶をおさめてご満悦だった。
皆、ヘルゲの死体(仮)で遊び放題だな。
定期的にニコルからヘルゲの育成状態も見せてもらう。3歳くらいの大きさになったヘルゲはやんちゃ坊主になっていて、ニコルをかわいく振り回す。
『よーし、ヘルゲ今度はどっちに探しに行く?』
『やだ、きょうはおれ、にこるのもりであそびたい』
『えー、でも早くカケラ探してあげれば、ヘルゲはもっと大きくなれるんだよ?』
『やだっ にこるともりであそぶぅ!だっこして!』
『しょーがないなあ、もう。じゃあ、ちょっとだけだよ?』
『うんっ』
ニコルはヘルゲを愛しそうに抱き上げると、守護に乗って森へ飛ぶ。
大小様々な島が浮かぶ、幻想的なニコルの世界。
空を一周してきゃあきゃあ言う二人と、たまにスゥッと近くに来ては微笑んで飛び去っていく黄金の女の子。オレンジ色の島から果実を分けてもらい、ウネウネ動く蔓科の植物を見てびっくりし、ピンク色の綿あめを少しつまんでは甘くておいしいと頬を緩める。
こんな風な映像記憶を見ては爆笑するコンラートや、微笑ましげに頬を染めるフィーネ。マリーも「ずっとこうならいいけどねぇ~」と苦笑する。
…どんなやつに育つんだろうな、ヘルゲ。
早く戻って来いよ。
*****
僕はヴァイスで大忙しの日々を送っている。
ニコルや守護からも事情を聞いた後で全ての顛末をまとめてエレオノーラさんに報告すると、ハァ、とため息をついてエレオノーラさんは僕を見た。
「…アンタら、どんな星の元に生まれたんだかね…どんだけ波乱万丈なんだい。古代の心理攻撃魔法にやられてギリギリ生きてて?ニコルがヘルゲを育て直している?マザーの核の製作者に会って…肝心の倫理回路書き換えはキレイに済んだ、と…ハァ、私の中にこれと繋げられる事象の欠片はないってんだよ…」
「あはは…僕もヘルゲも想像の埒外でしたね…厄災の箱があんなモノとは思わなかったですし。まあ、ニコルも悲壮感とかなく楽しそうにヘルゲを育ててますから…」
「…アンタの予測でヘルゲの復活はいつだと思うね」
「正直わかりません…今は本当に少しずつしか大きくなれていませんが、ヘルゲが一人でもカケラを探せるまで育つと一気にスピードが上がるだろうってニコルが言ってますし…感覚だけで言っていいなら、1年か2年くらいなのかなあと思ってますけど、もっと早いかもしれませんし…」
「ふん…なるほどね。その期間のことはデボラに頼んで大丈夫だし、まあ後は…アンタかね」
「は?僕ですか?」
「何寝ぼけたこと言ってんだい。私の補佐の仕事、みっちり叩ッ込むよ。これからマザーが白縹をどう扱うことになるのか、ヘルゲがいない以上予測が困難だろうに。悪いことにはならないにせよ、変わっちまったマザーの判断に乗り遅れたら、ありつける筈の恩恵というチャンスを逃すことになりかねない。…これを機会に、ヴァイスを軍からの独立機構にすることも可能かもしれないんだ。私らの仕事はこれからなんだよアロイス。気合入れな」
「はは…そうですね…了解です…」
そんなわけで、僕はエレオノーラさん付きの秘書という表向きの役職をいきなり賜った。内実はご想像にお任せします。たまにマリーに泣き言を言っては慰めてもらってるのはナイショです。
そういえば、デボラ教授はすっかりヴァイスに馴染むほどよく出入りし、エレオノーラさんや僕、フィーネとしゃべりまくっている。まったく面白い人で、エレオノーラ、デボラと呼び合うほど中佐と仲よくなってしまったり、フィーネと方陣やマギ言語についてレベルの高い話をしていたりする。
本当に秘匿レベルの高いことは話してない…と思うんだけど、新しいアイデアを思いついては話す時の二人は本当に黒くて恐ろしい笑顔をしている。ここにヘルゲが加わった時のことを考えると、背筋が凍る思いがする。
デボラ教授はあの時の「最高に気持ちいい啖呵」の内容を忠実に実現し、バジナ「元」大隊長更迭という事態に追い込んだ。現在ホデク「元」隊長が暫定的に大隊長として就任している。なんでホデク?となるところだが、シュヴァルツを統括している関係上ホデクは更迭できないだろうとエレオノーラさんも納得していた。
ただし、ホデクには首輪が付けられた。
バジナの指示で仕方無く(?)とはいえ、紅玉が魔法事故に遭ったことの直接的原因を作ったとされ、ヴァイスのエレオノーラ中佐を特別顧問としてホデクに付けるとマザーが提案。中枢はそれを妥当と判断し、実質シュヴァルツをヴァイスの監視下へ置くこととなったのだ。ホデクもそれは甘んじて受け、コンラートが言うとおり「反省の色」を見せていた。
ちなみにバジナに関してはなぜか追加で、数々の軍務違反や、一部の兵士への無茶な仕事の采配など…その杜撰な管理も咎められて、降格後に任意退職となったらしい。
え、僕?
知りませんよ、ヴァイスで裏マツリがあったことなんて。カイさんとカミルさんとコンラートが”三倍返し成功”って祝杯上げてただなんて知りません。
カイさんとカミルさんが男娼扱いされそうになった経緯を聞いて、思わずグラスの水をガッチガチに凍らせたりもしていません。
していませんったら。




