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Three Gem - 結晶の景色 -  作者: 赤月はる
永遠の一日
172/443

172 魂喰 sideニコル

  






どうしよう。

ふわふわする。

接続用のリクライニングチェアに横たわってるヘルゲ兄さんの顔を見ていると、さっきのことが夢じゃないってわかってるのに、夢の出来事だったみたいな気がしてくる。


どうしよう。

ヘルゲ兄さんが起きたら、何て言おう。

「手を握っててくれ」とか甘えてくるから、「しょーがないなー、別にいいけど!」とか言っちゃったけど、飛び上がりそうに嬉しかった。




あーもう、私はヘルゲ兄さんの護衛しに来てるのにな。

…でも守護もいるし。

この部屋、ちゃんと精霊が守ってくれてるのがわかるし。

誰もこの部屋に近寄ってないのがわかってるし。


ちょっとだけ、ヘルゲ兄さんの頭撫でちゃおうかな。

あ、ヘルゲ兄さんの手を、私は両手で握ってるんだった…

えっと、片方だけ離して…

うわー、相変わらずサラサラなんだよねぇこの黒髪。

ツヤツヤだぁ…気持ちいいな、ずっと撫でていたいな。

はふーん、幸せだぁ…





ヘルゲ兄さん、最近変な感じがしてたのに。

さっき、急に…なんだか久しぶりにヘルゲ兄さんに会った気がした。


ダイブの時に見るヘルゲ兄さんの島は相変わらずヒビが入ってて危ない感じなんだけど、でも…それ以上ヒビが拡がる気配もなければ、逆に元に戻る気配もないまま静かにそこにあった。


でも戦場から帰ってきたり、非番の日にアロイス兄さんの家で会うヘルゲ兄さんは、妙によく笑うし、あまり攻撃的にならない。いつもすごく上機嫌で、よく私の頭を撫でる。


でもさっきのヘルゲ兄さんは。


ヒビの入った島そのものみたいだった。


だからこそって、言うべきかな。

「そばにいてくれ」って繰り返すヘルゲ兄さんは、必死に私を求めてくれてたと思う。抉れた場所を迂回して、遠回りして、一つ一つ自分の中の想いを拾い集めて、ようやく理解して、必死に私を繋ぎとめようとした。


一切不純物の入っていない、ヘルゲ兄さんの純粋な願いだったと思うから。


だから私は、嬉しくて嬉しくて、舞い上がってしまう。

そんな場合じゃないのに、浮き足立ってしまう。



もう少しだけ。

マザーの演算速度が落ちる、勝負のその時まででいいから…

この幸せを味わっていたい…






*****





( 主、始まったようだ )


…っ! とうとう、かあ。ヘルゲ兄さんなら、できるよね。


( 是 )


よし、気合入れよう。

守護、ヘルゲ兄さんに一体ついてるよね?


( 是 …昏い火は随分無茶をする…あの演算速度をヒトの脳で実現するなど、通常考えられない… )


…かなり負担かかってるのかな?


( …是 だが、精神力であの膨大な量の構文を保持している…倫理回路を浸食し始めた。…うむ、順調だな…驚嘆に値するぞこれは… )


うー、守護ばっかりズルいよぉ~

私もヘルゲ兄さんのかっこいいとこ見たいよぉ~


( …後で映像を見せる。…ふむ、恙なく完了したようだ )


うっは、やったぁ~!ヘルゲ兄さんの勝ち~ぃ!


( …!? まずい…あれは…まさか”魂喰ソウルイーター”では…っ 主、昏い火が危ない。我らは救出に行く )


えっ 何!?う…わかった、早く行って!


( 是 )



何…何が起こってる?どうしよう…どうすれば…





その時、雷撃でも受けたかのように、ヘルゲ兄さんの体が跳ねた。





「きゃあああ!ヘルゲ兄さんっ」



リクライニングチェアから半分ずり落ちた体を支え、頭を抱きしめる。


嘘だ…


息、してない…?


し、心臓っ


鼓動が、聞こえない…



嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ



( 主っ 精霊に願え、昏い火の時を止めろ、と! )



嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ



( 主!!! )



バチン!!



( すまん、主。落ち着け。精霊に願え、”昏い火の時を止めろ”と。一刻を争う、すぐにだ! )



「…みんな…みんな、おねがい…ヘルゲにいさんをたすけて…っ ヘルゲにいさんのじかんをとめて…!おねがいよおおおおおおおおお」



みんなは、ヘルゲにいさんのじかんをとめた。

わたしはあんまりにもおおきなまほうをつかって、つかれてしまった。


なにもかんがえられないわたしに、守護がいった。



( 主、深淵から昏い火の世界へ行く。早くしないと…昏い火の魂が食い尽くされるかもしれない。頼む、しっかりしてくれ )


ヘルゲにいさんの…たましい…だれがたべちゃうの…そんなのいや…


( ”魂喰ソウルイーター”…古代魔法の…初代紅玉が受けた”心を壊す魔法”。宝玉狩りの国が所有した、禁忌の心理攻撃魔法 )


なんでそんなのがヘルゲにいさんたべちゃうの…やだよう、かえして…


( 主!早く行けば昏い火は助かるかもしれない。盾の一枚と、もう一人…知らない男が昏い火を守った。一本の手に貫かれただけだ、助かるかもしれない )


…たすかる?私が早く行けば?ヘルゲ兄さん、助かるかもしれないのっ?


…バカ!私のバカ!呆けてなにやってんの!

ヘルゲ兄さんを守るなんて口だけか、このバカニコル!!




すぐさまダイブ。

ヘルゲ兄さんとのバイパスを伝うんだよね…早く行かなくちゃ…



( 主、乗れ )



守護は私を乗せるとすごいスピードで深淵を飛ぶ。

紅い光が…昏い…ああ、ヘルゲ兄さん…っ!



ぼろぼろ、だった。



呆然とする私を乗せて、守護は切り分けられた上に瓦解した紅い世界を飛ぶ。私とアロイス兄さんとのバイパスではない、歪な形の変な通路を見つけると、そこに飛び込んだ。



歪な通路を飛び出した瞬間、守護が形を変えて私を覆う。



( 主、ここはマザーの中だ。…あそこに、昏い火がいる )



そっと、近づいた。

ヘルゲ兄さんの胸に、大きな穴が開いてる。

ピクリとも動かない。


そっと、うつ伏せの体を返して…守護がもう一つの盾を大きくしてヘルゲ兄さんの体を乗せてくれる。乳白色の半透明な棺みたいに、包み込む。


周囲を、見た。

ヘルゲ兄さんのカケラが…散らばってる…

一つ一つ、いっこも残さないように集める。


ああ…でも、これを全部集めたって、あの大きな穴は。

全然、埋まらない…っ

足りないよ、これじゃヘルゲ兄さんが足りない…っ


震える手の中にある、ヘルゲ兄さんのカケラを見つめた。



『なあ、ニコル。お前は…絶望を見たことがあるか?』



うん、今見てる。

こんなに紅くて綺麗な絶望なんて、見たことない。



私は小さなカケラを全部集めて、ヘルゲ兄さんの体に降り注ぐように撒いた。

カケラは紅い光を反射しながら、紅い雪のようにヘルゲ兄さんの体に溶けて消えた。





どこへ、いった?


ヘルゲ兄さんの魂を喰らったテキは、どこへいった?


引き裂く。


引き裂いて、その腹から私の紅を取り戻す。


返せ。


私の、あの人を、返せ…っ






( 主、待て…あの男が来た )


敵なの、味方なの?ころしていいの?


( 昏い火を守っていた。味方…だと思うが )


『…彼を救えなくてすみません』


「…誰」


『マザーの…これとは違うマザーの設計者です』


「あなたがヘルゲ兄さんを殺した魔法、仕掛けたの」


『…そうです』


「じゃあ死んで」


『私はもうとっくに死んでますので…無理だと思います』


「じゃあ消えて」


『…その前に、これを』



その男は、紅くて大きな結晶を持っていた。

それは。もしかして。



『彼の魂を喰らったソウルイーターが飲み込む前に…なんとか取り出せました。あなたは自然の体現者ですね?あなたなら…彼をなおせるのでは』


「…なんで?あなたが殺したんでしょう。なんでヘルゲ兄さんを庇ったり、魂を取り返してくれたの」


『あの魔法は…紫紺が欲しがった情のないマザーが暴走した時のための保険だったのです。まさかマザーに直に入って書き換えしようとする者がいるとは想定していませんでした。彼を…恩人を殺すつもりはなかった』


「恩人?」


『彼は恩人です。私はここが元の自分の国のように平和な国になってくれるなら、と願ってマザーの核を作った。ですが紫紺はそれを嫌い、私を幽閉し、拷問しながらマザーの核を作り変えさせた。私は…最後、狂っていたのだと思いますよ。この禁忌魔法で、マザーが暴走したらマザーごと壊して復讐してやろうと考えるくらいには。そして私は”魂喰ソウルイーター”と共に厄災の箱に自らを閉じ込め、復讐のその時を見てやろうと思っていました。…彼は、私を解放し、正気に戻してくれた恩人だし、マザーをあるべき姿へ近づけてくれた恩人です。…彼の書き換えた倫理回路は…素晴らしい』


「…そう…ヘルゲ兄さんの魂を取り戻してくれたことにはお礼を言うけど…彼をこんな風にしたことは一生恨む」


『…はい』


「…さよなら」



私はヘルゲ兄さんの魂を受け取り、守護と一緒にマザーの中を出た。


胸にはヘルゲ兄さんの魂を抱いて。


葬送の列のように、ミルク色の棺を従えて。




魂は、まだ温かい。

大丈夫。

私はあなたともう一度出会うから。


待っていて…ヘルゲ。





  

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