168 Before 30 min. sideアロイス
ヴァイスの年末パーティーは、非常に騒がしい。
そしてありえないことに夕方からすでに始まっているから始末に負えない…これが明日の朝まで続くのだそうだ。僕にはついていけない。体力バカとは本当に恐ろしい…
でもニコルが山吹に目を付けられそうになった時の”広報部にヴァイスが天誅をカマした”ご褒美パーティーはこんなものじゃなかった、とデニスは言う。
あの時はどんなことをしたのか教えてもらえなかったけれど、現在僕はヴァイス所属なので詳細を知ることができた。
…思ってたよりも穏便だった、というべきか。
…思ってたよりもエグかった、というべきか。
まあコンラートもフィーネも、ナディヤに告げ口されたくないからって嘘をついたわけじゃなかったんだしね。いいんだけどさ、もう。
この一か月の間に、中枢は異例の即決命令を白縹一族に出した。曰く「可及的速やかに藍玉を軍へ転属させるべし」…こんなに急ぐ必要あるのか?ってくらいの即断即決だったようで、大佐とエレオノーラさんは「ち…っ 東方戦線にブチ込むつもりだね…そう簡単に行くと思わないこった」と様々な関係部署へ奔走してくれた。
中枢説得のベースとなるのは不本意ながらも、「アロイスはヘルゲに付け込まれるほど意志薄弱で、最近ようやく一般人程度の意志強度になってきたところだ。宝玉として軍事行動を取るように訓練されてもいないこの男を、ヴァイスとして戦場へ送り込むことを許可するには相当の時間が必要」というものだ。
…自分のまいた種とは言え、今さらながらに少し後悔した。ヘルゲのマザコン属性よりはマシだけど。
まあ中枢もそこは確かに無理を言っている自覚があったようで、でも一度出した命令を素直に取り下げることもせず…「藍玉の即時転属は必須。だが、派兵の時期に関してはヴァイス側に一任」というところまでは譲歩してくれたらしい。…おかげで僕は、予測よりも半年も早く学舎を去ることになってしまったわけだ。
つくづく、ハンナ先生の決断の早さに感謝した。
各セクト総出で対応策に奔走してくれたおかげで妥当な配置転換と教導師の補充ができ、準備万端整ったところでヴァイス転属になったんだからね…
ほんと、ギリギリセーフってところ。
ヴァイスの年末パーティーでは、僕は既にマリーの件で相当有名になってしまっていることもあり、まるで昔からの仲間のように迎え入れてもらっている。
もちろん同期の連中は本当に驚いていた。ロジーナとイーヴォは相変わらず仲よくやっているようだし、ロルフにも会えた。皆に最近の村の様子を伝えたりして仲よく話していると、エレオノーラさんに呼ばれた。
「…バジナとホデクがお前に会いに来ている。ボロ出すんじゃないよ」
「…わかりました。すぐに伺います」
大佐の執務室へ案内され、エレオノーラさんに続いて入室する。…これが噂のタヌキさんたちか…バジナ大隊長はでっぷりと太っていて、本当に軍人なのだろうか、と思った。恰幅がいいと言えば聞こえはいいが、デスクワークと下々への命令しかしていないことが窺える。ホデク隊長は中肉中背。…多少僕を値踏みするような目をしていて、なかなか気色悪い。ニコル風に言うなら「蛇っぽい」といったところかな。
「バジナ大隊長殿、ホデク隊長殿。この者が今回ヴァイス所属となった”藍玉”のアロイス・白縹だ。すまんが転属してきたばかりでな、軍のしきたりに疎い。そこは勘弁していただけるとありがたいのう」
「…はじめまして、アロイス・白縹と申します。この度、アルカンシエル国軍にお世話になることとなりました。よろしくお願い致します…」
目線を上げない。視線を泳がす。参考にしているのは、学舎で見た子供たちの中でも恥ずかしがり屋で自己主張のできない子だ。
「…うむ、よろしく頼むぞ。今後は教育が終わり次第宝玉として各地を転戦してもらうこととなるだろう、訓練に励んでくれたまえ」
「…は、はい…」
「バジナ大隊長殿、この者の転属の経緯はお伝えしたはずですな?無用なプレッシャーはご遠慮願いたい」
「おお、これは失礼致しましたな…」
「…君は、ヘルゲとずっと同居していたんだったな」
ホデクが遠慮がちに質問してくる。
…コンラートからの情報、僕らのこれまでの経緯を総合すると、ホデクの懸念がわかる。なぜ、ヘルゲの周囲でこんなにも宝玉が生まれるのかが、腑に落ちないんだ。しかしヘルゲに同情している節があるため、突っ込んで聞いていいものか迷っているってとこか…
「…はい…」
「…そう縮こまらなくてもいい、君を尋問しに来たわけではないのだ。ただ…不思議でね。先般”緑玉”になった女の子がいただろう?あの子は君にとても懐いていたと聞いてね…宝玉というのは、周囲に何か影響をあたえるものなのかなあ、という素朴な疑問なんだよ」
来た…これを僕が肯定すれば、マザーとは違う切り口で強力な宝玉を増やせると思っているんだ。あんな非人道的なことをしなくたって、宝玉が増やせる、と。
「…いえ…ニコルは…緑玉の子は、最初から宝玉候補でした…少々修練不足が祟って成績は今一つでしたが、半年前に開花しました…」
「ほう…なるほど、教導師だから緑玉になるだろうと予測はしていたのか。…では、君は?」
「…実は、僕も学舎時代は宝玉候補でした。きっと藍玉か蒼玉になれると言われてきましたが、ヘルゲに出逢いました…僕は、彼に寄りかかられて、疲れてしまって…修練を適当にやった結果が教導師でした」
「…! ということは、ヘルゲから…その、解放と言っていいのかな、そのおかげで急に品質があがったのかね?」
「その通りだと思います…僕は、同じような境遇のニコルを可愛がっていました。その子が開花したのを見て…自分も宝玉候補だったことを思い出し…修練に、今さらながらも励みました。そうしたら、僕も…」
「…そういうことか…いや、参考になったよ…ありがとう。これから仕事を依頼する関係になるかもしれないからね、その時はよろしく頼むよ…」
「…あ、はい…よろしくお願い致します…」
バジナとホデクを見送り、しばらく大佐・中佐と三人で静かに執務室で座っていた。中佐はヴァイス宿舎入口の監視方陣の映像を見つめ、「もういいよ、出たね」と言った。
「がっはっは、小僧なかなか演技派じゃねぇかよお!ビクビクオドオドしてて、俺が大嫌いな部類の男だったぜ!」
「っはー、なんとか騙せたと思うんですけどね。ヘルゲと違ってマザコンじゃありませんから。まだ気が楽ですよ」
「ふふん、アンタの予測通りの質問してきたねぇ…やっぱアンタ、私の補佐やりな。参謀として軍略も知略も、私の持てるものを全部叩ッ込んでやるよ」
「うわはー…それ、一番厳しい部署ですね?戦場を転戦してた方がラクそうです」
「忙しくしてやるって言っただろ、モノになりゃヴァイスはアンタの掌中だ。アンタが言うところの”最高のネットワーク環境”…欲しくないかい」
「ちょ…それマリーから聞いたんですか!?」
「ふふん、あの娘はちょいと弱いとこつつけば白状すんのさ。これくらいできなくてハイデマリーの調教なんぞできんのかい?」
「…っは~、参りました…」
「がっはっは、エレオノーラぁ、あんまし小僧に詰め込みすぎんなよお!ようし、酒だ酒!バカ息子どもと飲むぜえ!」
「…はいよ。アンタもいっといで。カミルのそばにいないとマズいだろ。そろそろ作業が始まる…気を抜くんじゃないよ?それと蘇芳の偉いさんがまだ挨拶に来たりもする。アンタもまた呼ばれるかもしれないからね」
「ええ」
食堂に戻り、カミルさんと合流する。
うはー、パーティーもすごいけど、カミルさんの「俺は今マツリ中!ナイショだけどマツリ中!」みたいな顔もすごいなー。ほんとに僕、この人と波長が合うからお互いなんとなくわかっちゃうんだけどさ。
「よ、異常なしだぜ。例の緑青の教授と合流したトコだ」
「作業開始は21時でしたね。ちょっと通信してきます」
「おう」
僕はヴァイス宿舎で宛がわれた自室へ入る。毎晩普通に村の自宅へ戻ってるからほとんど物がないけど、通信する場所とゲートを開く場所が必要だしね。ちなみにヘルゲの部屋の隣だ。…そこまで一緒じゃなくても大丈夫なんだけど、厚意だと思っておこう。
この日のために、全員フォグ・ディスプレイを展開させない”音声のみの通信”モードをヘルゲにつけてもらっている。サイレントモードと併用して、通信に出られるときだけ出ることになっている。
「や、フィーネ。調子はどうだい?」
『やあ、アロイス。7色全て異常なし。オールグリーンさ』
「そうか、さすがだね。僕の方もタヌキさんたちを煙に巻くことに成功…これで僕も”気弱で意志薄弱”属性がバッチリついたよ」
『あっはっは、それはご愁傷様。ぼくは今からヴァイスの自室で待機するよ。7色のマナ転送方陣をさらに一括監視する方陣を紐で繋いできた。異常があったらすぐに該当の分体へゲートで行くよ』
「わかったよ、よろしくねフィーネ。じゃあ」
続けてコンラートへ通信。彼は遮音方陣の中にいるので、基本的にいつでも繋がるはずだ。
「コンラートかい?」
『よう。こっちは所定の部屋に潜入成功。俺は部屋の周囲を哨戒中』
「了解。フィーネも僕も異常なしだ。ホデクも騙せたと思うよ」
『ぶっは、後で聞かせろその話』
「気が向いたらね。じゃあね、よろしく」
『おう』
次、ニコル。
「ニコルかい?そっちは大丈夫?」
『うん、大丈夫だよー。ヘルゲ兄さんも準備中だけど、すぐ終わるって』
「ま、警戒は守護に任せてもいいけど…何かあったらすぐ知らせてね」
『はーい』
…よし。
21時まで…あと30分だな。
はあ…また食堂戻ってあの騒ぎに付き合うのかァ…
体力もつかな…