167 冷徹と愛情 sideコンラート
コンココン、とドアをノックした。「誰だぁ?入れよ」と応えがあり、遠慮なしにズカズカ入っていく。カイとカミルは今日終わらせたばかりの仕事の報告書を見ながら何か話し合っていたところのようだった。
「よ、兄貴。邪魔するぜー」
「コンラートかよ、気がきかねーなニコル連れてこいよ」
「ほんとにいつかヘルゲに殺されっぞ…ほいよ、酒もってきた」
「…お前熱あるんじゃねーのか。悩み事なら少しだけ聞いてやるぞ、酒一本分だけ」
「悩み事じゃねぇよ、誘いに来たんだ。…詳細は言えねぇ。派手なことしてもらう予定もねぇが…極秘のマツリに手ェ貸す気はあるか」
「「当然」」
俺はニヤッと笑うと、酒の封を切る。
「年末にマザー本体の大規模改修工事が入るのは知ってるか」
「ああ、極力マザーの使用を避けろと通達があったやつだな」
「…マザーにハックを仕掛ける。そっちが要のマツリだが、それが済めば俺は黒に一泡吹かせる作業に入れる」
「ふふん、いい顔してやがんな。だが少し悲壮感も見えるなァ…おい兄弟、もうちょいライトに構えろ。何事もイメージが大事だぞ」
ち、カイのくせに見透かしやがって…だが言うとおりだな。
「…了解。ま、そんでよ。要するに…俺が黒に一泡吹かせる時に”三泡”になるようにさ、兄貴たち…手伝ってくんね?」
「「当然だっつってんだろ、早く役割話せアホウ」」
「わーかったよ!どんだけマツリ好きなんだよ食いつきすぎだ離れろよ!」
カイとカミルに頼んだのは…通信機の代わりだった。ヘルゲの”影”に何らかの理由をつけて一人ついてもらい、アロイスのそばに一人ついてもらう。…たぶん司令塔代わりになれるのはアロイスだからな。
本当ならヘルゲ本体についてほしいとこだったが、たぶんアイツはいらんと言うだろう。単純に安全確保の観点で言えば、ニコルが付いている時点で保障されたようなもんだしな。
問題はヘルゲの影が対応しきれない状況になった時と、ヘルゲ本体の影響を受けて思考リンクが途切れた時だ。リンクが途切れると、影を操れはするが自発的に話せなくなる。周囲にそこで異常を感じさせないため、”ヘルゲは少し調子が悪いから”という理由でカイかカミルを付き添わせるつもりだった。
…俺はヘルゲが計画を成し遂げた瞬間が怖ぇ。
安心した瞬間に体が悲鳴を上げていることに気付いて、どうにも動けなくなるなんてよくある話だ。
影に異常があったら…つまりヘルゲ本体に異常があったら、ハイデマリーさんはすぐにわかる。
そして影に異常があったとすぐにアロイスへ知らせるには…年末のパーティーで人に囲まれているアロイスに通信を入れるわけにゃいかねえからな、カイとカミルに”共鳴”で連絡を取り合ってもらうのが一番安全で早い。
作戦の要点と役割を二人に話すと、機嫌よさそうに獰猛な笑顔を見せる。
これだよこれ…この黒さについてこれる女がなかなかいねぇから、この二人ってモテんのに女ッ気ねーんだよな…
ともあれ、二人からOKをもらったので自室へ戻る。既にアロイスには、カイとカミルを組み込むと伝えてある。たぶん以前のアロイスなら「無関係な人を巻き込めない」と渋面を作っただろう。
だが、今のあいつは違う。藍玉として…軍人としてこれから生きて行かなければならないと覚悟を決め、作戦遂行の成功率を高めるためなら、使える駒は使う。
ヘルゲへの”仕打ち”の件も含め、あいつはきっと自分の冷徹さに内心嫌気が差しているだろう。たとえそれが紛れもなくヘルゲとニコルへの愛情ゆえだったとしても。
あいつのスゲェとこは、気持ちの切り替えが意識的にできるとこだ。教導師がそういうものなのかは知らねぇが、あいつが”必要だ”と感じたら、自分を作り変えることも辞さないところがある。
ああ、藍玉になっちまったのも、そういう部分が極端に出た形だったのかもな。
ヘルゲは…”本物”の、俺が知っているヘルゲは、アロイスのそういうところをよく分かっていたと思う。
計画は短時間で勝敗が決まる。
ヘルゲが先か、マザーが先か。
分体によるヘルゲの演算補助と、マザーの演算速度低下。
充分に勝算は、ある。