164 覚悟の片割れ sideアロイス
「…なるほどね」
コンラートに一連の話を聞いた僕は、彼の洞察力に内心舌を巻く。最初にヘルゲの様子が普通じゃないと気づいたのは8月、僕とニコルがほぼ同時だった。戦場から帰ってきたヘルゲと僕が数回話して、現在の状況に落ち着いているんだけど…
コンラートがナディヤのちょっとした一言からこれらを推理したのには驚くしかなかった。
皆に話すべきかどうかは、ずっと迷っていた。
僕はヘルゲにこのことを指摘し、どうしたのかと話を聞いた。そして皆に相談しようと提案すると、ヘルゲはそれを頑なに拒否した。きっと皆して親身に俺を治そうとするに決まっている、それが今は苦痛なのだ、と。
だからヘルゲがどういうことになっているのか知っているのは、僕一人だけだ。
…いま、ヘルゲは”眠っている”。
正確には今まで表に出ていた”ヘルゲ”を眠らせて、代打の並列思考に対外的なことを任せているんだ。”ヘルゲ”が出て来るのは、戦場へ行く時だけ。彼曰く「あの無感動な場所でなら何も問題はない」のだそうだ。
ただし、と僕はヘルゲに条件を突きつけた。
「…皆のうちの誰かが…君の様子がおかしいと看破したなら、僕は君の状況を話す。いいね?」
「…わかった」
そして今、コンラートは”代理のヘルゲ”に交替して2か月弱でそれを看破してみせた。もしコンラートが僕と同じくらいヘルゲに会っていたら、きっともっと早かったんだろうな。
「コンラート。ヘルゲはね、どうしていいのかわからなくなって、ちょっと休んでる。ナディヤが不思議に思ったヘルゲは、代理の並列思考だったからだと思うよ」
『どういうこった…』
「もしかしたら、自分は自分で認識しているよりも皆と理解しあえているのかもしれないと気づいて、混乱したんだ」
『なんだよ、あいつ照れてんのか?そんなかわいいタマかよ』
「あはは、そうだったら良かったんだけど。…恐怖で、壊れそうなんだよ。自分だけが大切だと思っているだけで、君らがそこまでヘルゲを大切に思ってるなんて…分かってなかったんだ。それに気づいて、混乱してる。自分が思うのと同じくらい、人に想われていて…その大切な人たちを自分が危険な計画に巻き込んでいることに、その恐怖に今さら押し潰されそうなんだよ、ヘルゲは」
『…バカかあいつ。俺らには俺らの、計画に対する考えも意志もある。イヤイヤ巻き込まれたわけじゃねぇ』
「…そうさ。それでもヘルゲは考えずにいられない。しかも、ニコルに対する気持ちが抑えられなくなってきているんだ」
『…どういう風にだよ。あいつのこった、ニコルを自分のものにしたいっつー方向じゃねぇんだろ?』
「正解。ニコルに近づく者全てを排除する…行き過ぎた独占欲と言えばいいのかな。それをする資格が自分にない、とわかっていても抑えられない。それをする資格を得ようとは、思いつかない」
『…で、お前はヘルゲが夢の世界に逃亡すんのを黙認してたんだな?なんでだよ、優しさをはき違えてねぇか、アロイスともあろう者がよ』
「そうだね、まったくその通りだ。僕も、自分がヘルゲに酷なことをしているのはわかってる。…ヘルゲに『俺がこのまま壊れたら、マザーに仕掛けた毒は金輪際解放できなくなる』と言われた…僕が皆にヘルゲの状況を黙って、彼に現状維持の苦しみを強いているのは、この一言に阻まれたから。それだけだよ」
『お前…ヘルゲの命と計画、どっちが大事なんだよ』
「僕にとってはヘルゲの命が大事。…でも、ヘルゲにとっては計画は命より大事なんだ。…僕には、痛いほどわかる。14歳からだ。ずっと、ずっと二人でニコルを守りながら、計画を練っては修正してを繰り返してきた。ヘルゲが自分の命を捨てる前提で計画を練っていると知った時は本気で怒ったよ。計画の難易度がどんどん上がっていっても、いろんなアクシデントがあっても、それでもヘルゲは絶対に諦めなかった。ようやく、ここまで来たんだ。もう手の届くところにヘルゲのゴールがある。…僕は早く、ヘルゲに楽になってほしいんだ。こんなの甘くて夢みたいな見通しなのはわかってるけど、”ヘルゲをなおすことができるのはニコルだけだ”と言った守護の言葉を信じてる。ヘルゲが本当に幸せになるためには、この計画を潰すわけにはいかない…だから、僕は悪魔になることにした」
ここまで一気に話すと、少し頭に血が上っていたと反省する。コンラートはヘルゲを心配しているだけだ。彼の言うことが正しい、僕は間違いなくヘルゲを誤った方法で放置しているのだから。
『…悪かった。ヒデェこと言った』
「コンラートは何も悪くないだろ。ヘルゲが死んでもおかしくないような状態で放置しているのは僕だ」
『ニコルには言わないのかよ』
「今、ヘルゲにはニコルからの追求が一番こたえる。ニコルには悪いけど、ヘルゲを”保存”するためにはニコルにだけは知らせたくないと思ってる」
『わかった。俺からは誰にも漏らさねぇ』
「…いいのか?」
『よかねぇよ!ほんとはあいつの首根っこ押さえつけて奥歯ガタガタいわしてぇよ!…でも、お前の覚悟もわかった。お前のその荷物、半分引き受けるぜ。あいつが死んだら、俺とお前のせいだ』
「ふっ…はは…君らしいな。ヘルゲが死んでも、僕らは泣き虫にも涙目にもなる資格がなくなったね」
『まったくだ。あの野郎、全部済んだら二人でフクロにしてやろうぜ』
「いいね、乗ったよその話」
『…じゃあな』
通信を切ると、シンとした部屋に椅子が軋む音が響く。
ヘルゲ。
君はこのまま朽ちるだけなのか。
そんなに弱い男じゃないだろ。
闘って、生き残ってみせろよ。
僕の妹をこれ以上泣かせるなら容赦しない。
絶対に、許さないからな。