16 秘匿レベルMAX sideニコル
衝撃のロマンあふれるネーミングを聞いて…じゃなくて、嫉妬の対象になっているという事実を聞いた翌日。
ふらふらと森へ着くと、大木の幹に触って「どうしよう、おじいちゃん…」ってつぶやいた。
まだお兄ちゃんたち来てないし、相談に乗ってほしいな…
なんか、おじいちゃんの反応が薄いなぁ。ねえ、何か言って?
「私、お兄ちゃんたち独り占めしてて、ズルいのかな?あの後ユッテやアルマは、そんなの気にしてもしょうがない、でも知ってた方がいいって言うんだけど…」
だいじょうぶ、心配することないって…おじいちゃん、ヘルゲお兄ちゃんみたいなこと言うね?
…お兄ちゃんたちに話すの?えー、だって、こんなこと本人たちに言える?
ああ、そっか…隠し事なんて、できないんだった…そだね…
*****
「…くっくっく…うん、なるほど。うん、うん…シブい…くっくっく…」
アロイスお兄ちゃんがおなか押さえて倒れこんでる…
いや、私も昨日同じ反応したけども。
「私が毎日お兄ちゃんたち独り占めしてるから、ズルいんだよね?そしたら、毎日じゃなくしたほうが、いいのかなぁって…」
「何を言ってるのかなぁ~、ニコルは。嫉妬する、なんてアッチの都合だよ?なんで僕らが気を遣わないといけないのさ?」
「う…でも、他の人が不愉快に思ってるなら、改善したほうが、いいんじゃないかな、と…」
そこでアロイスお兄ちゃんはふいに真面目な顔になって、至近距離で極上の声を出した。
「ニコルは、僕らと、そんなに離れたいの…?」
ぎゃーーーーー!
「違います違いますっ離れたくないですっ」
「そ、じゃあ、今までどおりでいいね?」ニッコリ。
ぜはぁ~、ぜはぁ~、ちょっと…それはないんじゃないの、アロイスお兄ちゃん…
「ね、ヘルゲだって、そんなの冗談じゃないもんねぇ?」
さっきから、笑い転げるアロイスお兄ちゃんに苦虫噛み潰したみたいな顔してたヘルゲお兄ちゃんは、当然、と頷いた。
「ニコルが俺たちといるのを見られたくないのなら、遮光の方陣でも使って見えなくするか?」
心なしか、眉毛がハの字になってる…しょげてるんだ、私がこんなこと言ったから…
そっか、そうだよね。よく知らない誰かのことより、大事なのはお兄ちゃんたちのことだった…私、まちがってた…
ぶんぶんぶん、と首を振って、ニッ!て、めいっぱい笑ってみせた。
「ううん!私お兄ちゃんたちと一緒にいたい!それに、見られたってかまわないよ、自慢のお兄ちゃんたちだもん!」
すうぅーっと、二人がそれぞれ顔を逸らしていく。
は?なんで?笑顔失敗したかなぁ…
*****
なんかとっても機嫌のよくなった二人にほっとしつつ、私はひとつ提案を思いついた。
「ねぇ、ヘルゲお兄ちゃんって寡黙でシブいって思われてるんだよね?」
「まあ、まったくと言っていいほどしゃべらないからねぇ~」
「…学舎で話すことなど、ない」
「でもさ、それでキャーキャー言われるんだったら、少しイメージ変えてみるって、どうかなぁ?」
名付けて!「ほんとはヘルゲお兄ちゃんはホンワカなんですよ作戦」っ!!
ほんとのヘルゲお兄ちゃんを知れば、あさっての方向からのアプローチじゃなくて、ちゃんと愛情が届くようになるんじゃないかと思うんですよ、お姉ちゃんたち!
「ヘルゲはここ以外じゃ、しゃべれないよ?どうするの?」
「ふふーん、わかってますって。そうじゃなくって、とりあえずホラ、見た目からっていうことでぇ…髪形、変えてみるのは、どうかなあ?」
「お?おぉ、斬新な発想…なの?それ…」
「ヘルゲお兄ちゃんは、長い前髪で相当ソンしてると思うの。だって『悪魔』なんてひどいよ!ユッテも言ってたよ、『陰鬱な雰囲気が悪魔そのもの。そしてお年頃のお姉さま方は悪に弱い』って!」
「ぶふぅっ悪…悪って…ぶふあっしぬ…しぬ…ニコル勘弁して…今日のニコルはアサシンか…!」
暗殺者なんて失礼な!こんなに堂々と話してるじゃないっ
私のプレゼンをじーっと聞いてたヘルゲお兄ちゃんは、コクっと頷くと、
「ニコルがそうしたほうがいいと言うなら、俺はかまわんぞ。もともと、何も見たくなくて髪で遮ってただけだからな。いまは見たくないものなんてないが、単に面倒でそのままだっただけだ」
ヘルゲお兄ちゃんは昔、視界が赤くてとても気持ち悪かったのだそうだ。
どういう病気なのかは知らないけど、とてもかわいそう…
でも今は治って、すごく景色がキレイだって言って笑ってた。
そうだよ!お姉ちゃんたちにも好感度アップ、お兄ちゃんもキレイな景色がよりよく見える!いいことづくめじゃないですかぁ~、なんで今まで思いつかなかったんだろう!
というわけで。
「じゃあ、とりあえずヘルゲお兄ちゃん前髪上げてみて?いきなり切っちゃうのも、失敗したらこわいし…どれくらい短いのが似合うか試してみようよ!」
わくわくするぅ~。アロイスお兄ちゃんも興味津々みたい。
「髪のことはアンタッチャブルだと思ってた…」ってブツブツ言ってる。
ほんとに誰も、ヘルゲお兄ちゃんの顔をしっかり見たことなかったんだなぁ。
顔洗う時、どうしてたんだろ??
ヘルゲお兄ちゃんがすぅっと、すらりとした指で髪の毛をかき上げて、私たちを紅い瞳で見た。
ごはっ
んな…!な…!
ナニそのキレェなカオ…!
えええぇぇぇっ、なんか、なんか、紅い瞳がめちゃくちゃ色っぽいっ
い、い、いままで黒くてかわいいクマさんってイメージだったのに!
ぜんっぜん違う!黒ヒョウみたいだ、ヘルゲお兄ちゃん…ほあああああ!
なんか遠くでアロイスお兄ちゃんが叫んでる…
「ヘルゲ!だめだそれ!却下!お前、フェロモンは顔から発射するもんじゃないんだぞ、わかってるか!?」
「…どういう意味だ…アロイス、お前なんだかイラッとするぞ…」
「ばかやろう、いいから手をおろせ!誰かに見られたらどうすんだ、誘蛾灯じゃないんだからなっ!」
「だから、どういう意味だっいい加減お前、説明しないと『飛ばす』ぞ!?」
「いいから!も~!…ってニコル?ニコ…うああああ、ニコルが停止してるぅぅ!」
…ハッ
あああ、ビックリした…すごいもの見た…
「ニコル!正気に戻ったか?いいな、今のは“秘匿レベル9以上”だ!わかったな!?」
「う…うん、わかった…」
…こうして、私の「ほんとはヘルゲお兄ちゃんはホンワカなんですよ作戦」は頓挫した…
洗顔も入浴も、みんなちょっと怖がってて近寄らないんです…アロイスもタブーと思って見ないようにしてますし。