157 超・水特化 sideアロイス
「ヘルゲ」
「…おう」
「ニコルをずいぶん怒らせてたねぇ?どうしたのさ」
「…わからん」
「なるほど、わからないから怒ったのか」
僕はふぅっとため息をついてヘルゲの横に座った。ぽつぽつと話の経緯を語るヘルゲは、どこか呆然としたような、何かを諦めて絶望しかかっているような。空っぽな何かを抱えて彷徨う迷子みたいだ。
「…あ~、そりゃ怒るなあ、ニコル…んで、ヘルゲは…作戦終了したらなんでニコルが誰かと結ばれるって思っちゃってるんだ?」
「当然だろう、俺の役目はマザーのロジック書き換えに成功すれば終わるんだ。ニコルに命の危機がなくなる以上、あとはニコルが安心して暮らせればいいんだからな」
「ふぅ~ん…ニコルが安心して、幸せに暮らすには、何が必要なのかな?」
「知らん。それはニコル自身の問題なんじゃないのか」
「じゃあ…僕がいなくなったら、ニコルって幸せだと思う?」
「…泣くんじゃないのか」
「だよねえ。じゃあ、コンラートとナディヤに会えなくなったら、ニコルは幸せになれると思う?」
「同じことだろうが」
「そうだねえ。じゃあ、ヘルゲに会えなくなったら?」
「…泣く」
「その通りだね。じゃあ、ヘルゲと一緒にはいられるけど、ヘルゲがニコルをもの凄く嫌いになったら、ニコルは?」
「ありえない話だ」
「もしも、だよ」
「…泣く」
「あはは、ヘルゲは想像力が乏しいにも程があるよ。泣く、じゃないよ。”泣き叫んで、絶望する”んだよ」
ヘルゲはガツンと殴られたような顔をした。
「ヘルゲ、君に足りないものがあるのはわかってる。その理由も、もちろんね。でも、さっき君がニコルに言ったのは、これに近いことなんだ。君がニコルを大切に思っているのに、そんなこと言う訳がない、俺はそんなことを言っていないって思うのもわかる。でも…言葉って、とても扱いが難しいんだ。マナを乗せたカナリアの歌じゃなくたって、愛する者の言葉は途轍もない力を持っているんだよ」
「俺は…ニコルを、絶望させたのか?」
「…いいや?そこまでは行ってないさ。ニコルも君がなんでわからないのか、知っている。だから、ただ…悲しくて怒っているんだよ。君が悪くないのがわかっているから、余計に悲しいんだ」
「…くそ…同じことだ…俺はどうして…」
「ヘルゲ、焦るな。君の”役目”が終わっても、君は生き続ける。でもそれは僕らも同じだろ?生きてる君のそばに、僕らもいるんだよ?誰もヘルゲを独りになんてしない。君がうるさいと思ったってそばにいると思うよ。そしたら、君はゆっくり考えればいい。君も、ニコルも幸せになる方法を」
ヘルゲが”ニコルに歯をぶつけられた”と表現した唇は切れていて、少し血が出ていた。まったく、朴念仁にも程があるよね。ニコルもほんと苦労するよなあ。
持っていたハンカチを生活魔法で濡らして、ヘルゲに「血が出てる、拭きなよ」と渡した。
「…冷たいな…なんでこんなに冷やすんだ、凍る寸前じゃないか」
「え?普通に濡らしただけだよ…って、うわあ…まさか魔法出力が上がってて、制御が甘くなってるとか?ああああ、やばい!確認しないと…」
「…なんだ、今度はお前か…どうした…」
「あー…まだ確定じゃないんだけどさ…僕、もしかしたらマリーと付き合いだした影響で藍玉になっちゃったかもしれないんだよ…」
「…は?なんだと?」
「だからさ…僕も宝玉になっちゃったかもしれないんだ」
「…宝玉というのは浮かれたらなれるものなのか」
「ぶつよ、ヘルゲ…」
「…で、魔法出力が上がって、ただ濡らしただけなのに凍った…」
「…かも、しれない」
「お前、確か水魔法だけ大規模魔法が撃てるんだったよな」
「うん、前まではね。たいした出力じゃなかったけど」
「ただの生活魔法でこれだ…お前、水魔法特化の宝玉かもしれんぞ。確認するまでは、うかつに魔法を使わないほうがいい」
「うーわー…そうだね、わかった。どうやって確認しよう…」
「今日帰ってきたら、北東の荒野で実験するぞ。まだフィーネもいるし、北東への規制は効いているはずだ」
「そっか、じゃあお願いしようかな。…それにさ、ハンナ先生だけこの事知ってるんだけど、僕が軍へ転職にでもなったらどうしようとか言うんだよねえ…エレオノーラさんに相談しなきゃと思ってたんだ」
「ああ、それがいいな。…次から次へと、忙しいな俺たちも…」
「まったくだね…」
二人でため息をつくと、とりあえず解散する。ヘルゲに「ニコルに考えの整理もつかないうちに、何が悪いのかわからない状態で謝っちゃダメだぞ、でも申し訳ないと思うことだけはOK」と指示しておいた。
…ま、ニコルもわかってて怒りのやり場がなかったんだろうしな…フォローできそうならするけど、あからさまに同情されてもいたたまれないだろうからね。
*****
今日一日、ひっじょーに神経を使いました。
だってさ、生活魔法って使い慣れてるからヒョイッと使いそうになるんだよ!特に水!あああ、料理もできないんじゃないのか!?僕、ストレスで死んじゃうよ…
「お待たせ…ああ、フィーネとコンラートも来てくれたんだ…悪いね」
「お前…浮かれて宝玉になっちまうとか、どんだけだよ。ハイデマリーさんが好き過ぎて、空とか飛べるようになるんじゃねぇぞ?」
コンラートの顔に、ディルクさんおすすめ”本日の鮮魚”を投げつける。
「ヘルゲ、今日は酒出さないからな…」
荒れてます。今日の僕は荒れてますよ。
料理も満足にできなくなるかもしれないなんて…!
「アロイス兄さん、まあ落ち着こうよ…とりあえず荒れ地に行ってみよ、ね?」
「そうだよアロイス。魔法の制御など、少しすれば慣れるさ。ぼくも協力を惜しまないよ、さあ行こうじゃないか」
「わかった…」
僕の現状を知ったニコルは、昼間の怒りをいったん棚上げにしてくれたようだった。生活魔法でさえ制御が利かず、手を洗うのにもニコルやハンナ先生に協力してもらってたからだ。
北東の荒れ地について、僕は目を見張った。
…こいつら…いくら規制がかかっているからって、これはやりすぎだろう…!燃えて硝子化した部分、泥だらけで湿地帯みたいになっている部分、いつやったんだか知らないけど、氷河みたいに氷が解けずに残ってる部分…極めつけは直径5㎞の円状に、色の違う地層がはまり込んでいる”パンケーキ”の跡地…
「君たち後で全員お説教」
「「「!!??」」」
「…後で直しゃいいだろ、アロイス。ほんと落ち着け、お前…」
「ごめんなさいぃ~、とりあえずパンケーキはひっくり返してもとの地層にしとくから~」
そう言うと、ニコルは直径5㎞の岩盤をドゥ!!と上空へ浮かせ、ゴアッとダイナミックにひっくり返すと元の穴に落とした。
ド ズゥゥゥゥゥン…
…誰かたすけて…僕もこの変態魔法使いどもの仲間入りなのか…?これがニコルの言うところの「可愛くてスッキリサッパリする魔法」なんだとしたら、きっと僕らが一緒にいすぎたせいでニコルのことを変態を変態だと感じない変態に育ててしまったんだ…!
ガックリした僕の肩をコンラートは軽く叩き、慰めるように言った。
「ま、やっちまったことを悔いても仕方ねえよアロイス。お前も存分に変態魔法出しちまいな」
「…僕の心を読んだみたいな事言うなよ…」
「検証して制御できなきゃ、お前料理できないぞ。死ぬ気でやりゃあ何でもできるって」
「…僕の心を読んだみたいな励まし方をするなよ…」
ともあれ、コンラートの言うとおりだった。
ふう、と息を吐いてマナを錬成する。
…もう、この時点で決定みたいなもんだった。
錬成量がハンパない…!
何倍にも拡がった僕の心のように、錬成量まで何倍にも膨れ上がっている。いきなり大きくなったマナに驚き、集中を欠く。マナは霧散した。
「…アロイス…なんだいその錬成量は…量だけで言ったらニコルに匹敵するよ。間違いないね、君は藍玉だ…」
「…はぁ…量に驚いて霧散させちゃったな…もう一度やってみるよ」
もう一度錬成する。今度は驚かずに、静かに集中する。生徒に戻ったみたいに、慎重に収束させる。
キン!
…うまくいった。僕の収束型はフィールド型だから、球体みたいになって…ああああ、これもかあああ…
今までは収束力が足りなくて、直径15㎝くらいの球体だった。マナの量だってそんなに多くなかったわけだから、凝縮されきっていない、密度の低い収束だったんだけど。
直径、なんと1㎝。どれだけ力が上がってるんだよおおお。
うう、集中を切らさないように。
一番苦手な火魔法を出してみる。
一般的な火の大規模魔法”業火”だ。うまく行けばパンケーキ跡地全体に炎があがるはず。
行け。
ボアアアアァァ!
「あ、できた…」
「おー、お前が業火出せるたぁな!いい感じの威力じゃねえの」
「ふむ…そうか、火魔法が苦手だったけどこれだけの炎を出せるのだね。確かに苦手と言うだけあって、マナの錬成量に対する効果としては低いね」
「かなり神経使うけど…うん、なんとかなるかもしれない…」
もう一度錬成、収束。
次は土魔法”地壊”…地割れが起こるはずなんだけど。
ゴガガッ!
…あー、なるほど…思ったより地割れの本数が多いかな?深さもまあまあだね。
次、風魔法”暴風”。
ビュオオォォォォォォォォ!!!
ドドドドドドドドドドドドドド!
「えっ なんで…」
「えええ!吹雪…?すっごい風が巻いてる…雪嵐だぁ…」
「…これは…アロイス、今のは暴風のつもりだったんだろう?」
「う…うん」
「見たところ、無意識に水魔法と混成しているな…割合が6対4、かなり多いぞ…」
「…こりゃ水特化くせぇなあ。つうかミックスの時点で雪っつーか雹になってるじゃねぇかアレ…ちょっと見てくるからよ、魔法撃つなよ?」
そう言うとコンラートはゲートを開き、魔法がおさまった場所へ行く。すぐに戻って来ると、呆れたような声で「見ろよこれ…」と言った。
真っ白い雪…に混ざって、大小の氷の粒が煌めく。最大は5㎝くらい…?ずいぶん大きい雹だなコレ。あたったら痛いじゃ済まないだろうなー…
「で、こんなのもあったんだけどよぉ…」
「うぇっ 何だこれ…これも雹って言うのか?」
それは直径20㎝ほどの氷の砲弾だった…ナニコレ…
「今のはかなり費用対効果の高い魔法だったねぇ…マナの取りこぼしも少ない。これは君のオリジナル魔法と認識されるんじゃないかな」
「そんなのいらないよ…料理さえできれば…」
「…お前、荒れたり弱気になったり…そんなに料理できねぇのがツラいかよ…」
「…正直どうにかなりそうなほど辛い…」
「アロイス兄さん、私がいる間は火加減とか水の供給とか、何でも手伝うから!ね、がんばって!!」
「ニコル…ありがとう、がんばるよ」
ニコルにこんなに心配させちゃ兄が廃るな…よし、最後に水魔法撃って今日は帰ろう!なんか今の暴風で感覚も掴めた気がするし、生活魔法は家で加減を練習すればいいんだ。
「ニコル、水魔法の効果が視えにくいかもしれないから、悪いけどあの雪消してもらえないかな?」
「了解でーっす!」
ニコルはきれいに雪を消してくれて、まっさらな荒れ地に戻った。よっし行きますか。”津波”いくぞー!
僕のヤケなんだか吹っ切れたんだかわからない気持ちにムダに応えてくれたらしいマナが、なぜかギュバ!というびっくりするような音を立てて収束する。
…あれぇ?この大きさと光…ヘルゲが炎獄ぶっ放した時に似てる気がするんだけど?ナニコレ…
「アロイス!集中を切らすな、放出しろ!」
「 ! 」
慌てて荒れ地へ放出し、着弾させた。津波が起こって…いく…はず…
なんっだこりゃああああああ!!!
ギシギシギシギシ ミシミシミシミシ …パ…キン…ッ
次々と起こる大波のはずが、波が起こるそばから凍っていく。
大波の氷の上に大波。また凍って、大波をかぶり、それがまた瞬時に凍る。そんな風にして出来上がったのは…直径5㎞以上、高さ50mに及ぶ氷の台地だった…
もちろんツルリときれいな氷じゃなくて、波がかぶっては凍るからギザギザになっている。でもその…こんな広範囲にこんなバカでかい氷の台地があるって、すごいシュールなんだけど。
これ、ほんとに僕がやったのか…?
「超…水特化…マナの錬成量からでは予測できないほどの威力ではないか…」
「ロジーナが宝石級の水特化だけどよ…全然出力が違うなコレ。今いる宝玉で水特化って、お前だけかもしんねぇ」
「あああ、ハンナ先生が言ってた”まさかの転職”が現実味出てきた…冗談じゃないよおおおおお」
「こっちが本当の”ニブルヘイム”なんじゃないのか…俺の方が低温のようだが、アロイスのは水量がとんでもないな」
「すっごいよアロイス兄さん…!二つ目のニブルヘイムに雪嵐なんて!」
「なんか…精神的にすっごく疲れた…帰って料理作りたい…」
「そ…そうだな、今日は帰って好きなことをしていた方がいいね。エレオノーラさんにはぼくから報告しておこうか?」
「あ…いや、どっちにしろマリーを迎えに行くし…会ってくるよ、大丈夫…」
「そうかい?あまり無理をしないでくれたまえよ…」
「ははは…今日はいつもと逆だね、フィーネ…」
「まったくだねぇ。さ、帰ろう」
「あ、ちょっと待ってぇ!すぐに荒れ地を全部お直しするから~!」
ニコルはまたヘンテコな言い方で精霊魔法を使い、荒れ地に聳え立つ氷の台地や、まだ残っていた硝子化した地面などをきれいに直してくれた。
「ありがとう、ニコル…悪いけど料理の時にも全面的に助けてもらっていいかな?」
「もっちろん!看護はお任せください!!」
「看護…勘弁してよニコル…」
老人介護と言われなかっただけマシなんでしょうか。
ケガ人扱いの僕は、皆に労わられながら帰途についた。