155 アクアマリン sideアロイス
マリーが一緒に住むようになって3日目。
まあまあ慣れてきたようで、身の置き場がなくて居心地が悪いっていう感覚も少し薄くなってきたと言ってくれて嬉しくなった。
昨日と今日は、学舎で数台の簡易検査用端末入れ替え作業があったのでなんとなくバタバタしていて、マリーを気にかけてあげられてるのか不安だったからね。
簡易検査は、半年毎の品質検査の間に大きな変化があったと申告してきた生徒や、教導師から生徒の検査要請があった場合に使用される。まあ、一種の予備検査というか…「これなら、品質検査でこういう結果が出るでしょうね」という程度の目安に使うものだ。
老朽化検査も、それに伴う端末入れ替えも、品質検査が終わった直後にだいたい集中するから…僕らはなかなか忙しいことになる。なんで集中するかと言うと、「正規の品質検査結果」と「入れ替え直後の簡易検査結果」が一致すれば、特に異常なしと判断できるからだ。
…そう、一致すればね。
「アロイス、この前の品質検査って…あなたの数値変わりなかったわよね?」
「え?はい、いつも通りですよ?」
「…今日、学舎での簡易検査用端末の入れ替えテストの検体になったのって…アロイスでいいのよね。検査結果がおかしいと思うんだけど…」
「なんだろ、不良品ですかねえ。検証作業しますか?」
「ん~、実はもう、それやったわ。もし間違いない結果なら…ビックリなんだけど」
「怖いなあ、何ですかハンナ先生…」
「アロイス、あなたの今までの検査結果って”屈折率・反射率・硬度…宝石級、B+判定。透明度 A判定。総合到達度 B+判定 ブルートパーズ認定”…これで合ってたわよね」
「はい…」
「今回の入れ替えテストで出た結果は、”屈折率・反射率・硬度…宝玉級、A判定。透明度 A判定。総合到達度 A判定 藍玉認定”よ…」
ぽかーん…
「はあぁぁ?僕が!?アクアマリン!?何かの間違いでしょうハンナ先生!」
「しいぃぃぃ!!…今のところ、私しか結果は見てないのよ。どちらにせよこれが間違いないなら、またしても大騒ぎかしら、と思って…」
えええ、うっそだろ?
だって品質検査ってついこの前で…ニコルが緑玉になって…僕が藍玉?三人揃って宝玉ってことか?なんだそれー!!
「…ハンナ先生、こういうケースって…聞いたことあります?」
「ないっ ないわよおお!何なのあなたたち!三人全員が玉とか何なの!ていうか、アロイスがまさかの転職とかなったら、どうすればいいのっ」
「え、いや…ハンナ先生…僕より先にパニックにならないでくださいよ…でも今さらですよ、いくらなんでも軍に転職なんてありえないでしょう」
「…あなた、大規模魔法は?」
「う…フィールド型水魔法…津波、出せます…けど、たいした威力では…」
「他の属性は?」
「中規模止まりです」
「…ああ、これほんとに…間違いだといいんだけど」
「そうですね…どうしようもないですもんね…」
「「はぁ…」」
「とりあえず…私が検体になって検証作業した数値をテスト結果として出しておくわ。ちょっと落ち着くまで、ナイショにしときましょうか…」
「はい…」
*****
僕は眠る前に、マリーに藍玉認定の話をしてみた。まあ、十中八九何かの間違いだろうけどさ。なんだかハンナ先生のパニック見てたら不安になってきたよ…
「ハンナ先生がさ、”まさかアロイスが転職することになったらどうしよう”とか大慌てでさー。たぶんあの簡易検査用端末、不良品だと思うんだよね。ありえないでしょ」
「…アロイス、今までブルートパーズだったの?…私はアクアマリンって聞いてなんか納得しちゃったけど」
「は?なんで?」
「…絶対、笑わないでよ?…私はアロイスの目に海を見たから」
いきなり照れて真っ赤な顔をしたマリーが激烈にかわいい…じゃなくて…海?僕はヘルゲに”湧水”って言われてたんだけどな。
まあ、イメージの問題…かな?
「…ダイブしても特に変わりないんでしょ?そしたら間違いだったのかもしれないわね」
「あ、そういえば昨日と今日は、簡易端末の入れ替え作業があったから職員の修練はなかったんだ。ダイブ…してない。でも先週まではどこも変化なかったよ?」
「えっと…今ダイブしてみれば?一応、確認で」
「うー、それもそうか」
すでにベッドで半身を起こしているだけの状態だったので、そのままダイブ。
いつもの僕の心は、ヘルゲが言うように水が湧き続ける泉がいくつも重なる空間だ。上下左右そんな感じで、触っても歩いても波紋が広がるし、音も鳴る。白縹としての年齢相応な空間の広さも確保できているので、とにかく標準仕様の水の空間だった。…そのはずだった。
僕は愕然とした…泉ではなくなっている。
海…というよりも、呼吸のできる海中のようになっていた。色は見慣れた色よりも少しだけ濃くなっているかもしれない。泉だった時は水自体が発光している感じだったけど、今は真上から日の光がキラキラと降り注いでいて、あまりの光量に眩しく感じるほどだ。そして上空に波とか海面とかがあるかのように、青いゼリーが割れたような、光が乱反射する空が広がる。光は海底の白い砂に届き、波で屈折したかのような模様がユラユラしている。
水の抵抗があるわけでもなく、普通に歩ける。ところどころにピンクの珊瑚や鮮やかな緑色の藻がついた岩がある。さやさやと海草もゆらめいていて、今までよりずいぶんカラフルな…でも、基本的に白い砂地が広がる、まるで大きなアクアリウムのような空間。
で、その広さが…ハンパない…
いや、ヘルゲに比べたら狭いよ?でも今までの広さと比べたら…何倍になってるんだ、これ…あ、壁があった。海流が立ち上っているかのような、逆向きのゆるやかな滝みたいな…これも光を乱反射していて、”海底”というイメージにそぐわない明るさだ。隅々まで容易に見ることができる。ニコルとヘルゲのバイパスを繋いだ鍵部屋も無事に存在するし、今まで整理した部屋や記憶も普通に存在する。
だ…だめだ、ちょっとダイブアウトしよう。
これは、きちんと見て回ったら数分じゃ足りない。
「…あ、おかえりなさい…どうだったあ?」
「…マリー…どうしようか、僕もしかしてほんとに藍玉になっちゃったかもしれない…」
「やっぱりぃ…白い砂底の海じゃなかったあ?光の模様がゆーらゆらしてる…」
「えー!なんでわかるのマリー!」
「だからあ…私、それ見たんだってば…っていうか…ごめんねぇアロイス。私のせいかもね、それ…」
「えっ どういうこと??」
マリーは、入水自殺を図った時の海の様子について話してくれた。当たり前だけど、初めて知った…誰にも話したことはなかったみたいで、幻影たちがマリーを救助してくれた時の話は圧巻だった…
「その海底に、そっくりなのか…じゃあほんとにあの日に変化したってことだったのかな。…はは、けっこう大変なことが起こったとは思うんだけど、今は単純に嬉しいかなー。マリーの行きたい場所は僕になったってことだもんね」
マリーはギン!と僕を睨むと、歯を食いしばりながら「そういうこといわないでっ」と言ってふて寝してしまった。
かわいい人だなぁと思いつつ、さすがにこの唐突な変化のショックは大きい…これ、次の品質検査まで対外的に隠し通せるかなー?別に隠す意味ないかもしれないけど、もう想定外のことが起きすぎて目が回るなあ。
…あ、エレオノーラさんに相談してみようか…
過去にそういう事例があったかだけでも聞いてみよう。
そう結論を出して、少し安心して寝ることができた。