154 再発の兆候 sideヘルゲ
ニコルが緑玉として覚醒してから、まだ2週間くらいしか経っていないはずなんだが…周囲は目まぐるしい変化を遂げた。
やはり直近ではハイデマリーが一緒に住むようになったことだが、俺も特に気にならないし、ニコルに至っては大歓迎もいいところだった。ただフィーネがあと数日で捜査という名の休暇が終わってしまうため、ニコルは研修生としてこの家に寝泊まりすることができなくなる。それを非常に残念がっていた。
「ねえねえ、アロイス兄さん!私も軍に配属になったら、この家から通いたい!マリー姉さんと一緒に出勤するの。ダメかな?」
「僕はいいけどさ、それって新人のうちはいろいろ研修とかがあって無理あるんじゃないの?そのへんどうかな、マリー?」
「ん~、そうねぇ。オリエンテーリング期間からソレをやったら、少し浮いちゃうかもしれないわぁ…結局、その期間に先輩からいろいろ教えてもらったりして宿舎で交流するのも、人間関係をスムーズにするからあ」
「そっか…じゃあ、ほとぼりが冷めてからになるかあ…そうだよね、あんまりそういうことして、えこひいきって思われても…周りが不愉快だもんね。うん、わかった!じゃあしばらくガマンするから、いつかってことで。ね?いいでしょ?」
「あはは、そうだね。そこはマリーに見極めてもらってもいいし、ニコルがきちんと考えた結果なら僕はいいよ」
「きゃっほーう!よーっし、ヘルゲ兄さん、今日もよろしくお願いしまーす!」
「おう」
通信機でフィーネに連絡し、リビングへ集合した。ニコルは菓子の名を付けられる魔法をうんうん唸って考えていたが、あまりたくさんは作れなかったようだ。
…ま、名付けありきでは本末転倒だからな…ニコルもそこは多少反省したようで、俺やフィーネに戦場で役立つ魔法を一緒に考えてほしいというスタンスに変わっていた。なので最近はまず、リビングでディスカッションしている。
「…一口に戦場で、といっても、戦況も水物だからな。フレキシブルに対応できる強みがお前にある以上、”作って練習してある魔法”に頼るよりも”戦況を見てその場で作る”という思考瞬発力が重要だと思うんだが」
「いやいやヘルゲ…その思考瞬発力自体が、君の場合次元の違う話なわけだよ。確かに今君の言ったような方法が取れればベストさ。だが、精霊魔法は君のように演算で算出し、数値からある程度の破壊力や被害予測をシミュレートできるシロモノではない。イメージ力が最重要である以上、普段からのトレーニングも重要さ」
「ふむ…それもそうか。では、もう一つ重要な要素だと思うものがある。宝玉が投入された場合に、戦場で期待されることについてなんだが…高等学舎で何か習ったか、ニコル」
「うーん…高出力の大規模魔法を撃って、早期に戦闘終結、または相手を殲滅ってことくらい…かな…」
「ま、そう習うよな。だが実際の戦場で指揮官から求められるのは、いかに戦況を戦略級から作戦級まで難易度を落とすか、というようなことだと思う。実際は殲滅を求められることは少ないものだ。殲滅すれば事は済むのであれば、最初から軍を展開する必要もない。宝玉が一人向かえばいいんだからな」
「あ…そっかあ…逆に軍隊が展開済のところに呼ばれる以上、攻略難易度を下げることを求められるってこと?」
「俺はそういうことが多かったがな」
「ふんふん…なるほど。ということは…過去に宝玉が出動した戦況をケーススタディするのも効果的かもしれないね。それを見た上で、ニコルなら精霊魔法でどうするかを考える、と…」
「うーん、なるほど…じゃあ、マザーの図書館に記録あるかな…探してみるよ」
「いや、ニコル…宝玉の出る戦場の記録は、秘匿レベルが高いかもしれんぞ。俺が収集しておく」
「あ、そっか…うん、お願いします」
「ちょっとオジャマするわね~…さっきから聞いてたらスッゴイ高度なこと勉強してるわねニコル…」
「あれっ マリー姉さん今日はヴァイスに行かないの?」
「今日は非番なのよう。緊急案件があったらヘルゲに移動魔法を頼むようにアロイスから言われてるから大丈夫ぅ…でね、ヘルゲにフィーネ…あなたたち、ニコルにどれだけぶっ飛んだ英才教育してるかわかってるのかしらぁ?」
「あ…あはは、それもそうですねえ…しかしニコルの飲みこみの早さと、精霊魔法の素晴らしさを考えると、どうしてもヒートアップしてしまうのですよ…」
「ニコルが要求する学習レベルに合わせて悪いことなどないだろう」
「そりゃあね、ニコルは賢いわよ。精霊魔法だって汎用性抜群の上に威力抜群だし、重宝されるでしょうね。…で?あなたたち、最初っからぶっ飛んだ新人をヴァイスに送り込んで、ニコルが蘇芳にどう扱われるかをちゃんと考えているのかしら?蘇芳だってバカじゃないわ、どんなに大佐やエレオノーラさんがニコルを庇おうとも、ヘルゲと同じかそれ以上の戦場を渡り歩くことになるのよ?そして新人の時点で高い水準にいるとなれば、数年で能力がこなれて最低でも1.5倍には上がるだろうと予測するものだわ。ニコルに最初から高いハードルを課したら、大変な思いをするのもニコルよ?」
「う…それは確かに…」
「…つまり、ニコルに最初から高い能力を持たせたとしても、ニコルが小出しにすればいいだけじゃないのか?」
「あっは、なるほどねぇ…ヘルゲは手の内をさらさない主義なのねぇ…だからこその変態魔法使いさんなワケか…ニコルは素直で可愛いのが最大の魅力なのに、そうやって隠し事を増やさせてしまうの…?」
「む…確かにニコルの素直さを損なうのは…」
「えっと、そんなトコで納得されると私も困るっていうか…うーん、そっか…なまじ先生がスゴイ人すぎて、なんでも聞けちゃうもんだから…私も浮かれていろいろ飛ばし過ぎちゃったかな。ありがとうマリー姉さん、もうちょっと地道に力を付ける方向で考えてみるよ~」
「ん~ん、口出ししてごめんなさいねぇ…ニコルが低レベルでいるように仕向けるつもりはないのよお。でもホラ、ぶっ飛んだ実力の誰かさんは実際いいように使われてるんでしょ?だからほどほどにってコト。ね?」
「うん!」
「ふーむ、ではヘルゲ…そろそろ魔法出力の加減とイメージのバランスもわかってきたことだし…荒れ地での実験は引き上げて、先ほどのケーススタディを宝石級の、通常どおり図書館で調べられる範囲に限定したらどうだろう?宝玉級の秘匿情報クラスは特殊ケースも多い。それよりは通常範囲の戦況に対してイメージトレーニングしたほうが、より視野の広い意見になるのではないかな?」
「そうだな、特殊ケースばかりでは視野狭窄か…ニコル、それでいいか?」
「うん、ヘルゲ兄さんもフィーネ姉さんも、私のこといっぱい考えてくれてありがとう。すっごく頼もしいよ~」
「いやいや、いいってことさ。しかしハイデマリーさんがいてくれると、バランスが取れるね…ぼくとヘルゲはどうしても話がマニアックになってしまうよ…」
「あらぁ…フィーネはそこがいいんじゃない…ヘルゲはそこが問題かもしれないけどお」
「どういう意味だ…」
「それがわからなきゃ、私からイイ男認定は取れないわよお…じゃあねぇ~」
「ん~、マリー姉さんのカッコイイとこみちゃった…すてきぃ~」
「うん、ぼくも同意だ…素晴らしいね、あのギャップ…」
「…納得いかんぞ…」
「あはは、ヘルゲ兄さんはそのままで…いいってこともないけど、今はいいと思うな!」
「…ニコル、お前も言うようになったな」
「周りに”イイ女”のお手本がいっぱいいるからね~」
笑いながらそう言って、ニコルはマザー端末で図書館にアクセスしつつフィーネと相談している。
俺はそれを眺めながら思う。
…冗談じゃない、ニコルがハイデマリーみたいになったら、どうすればいのかわからんぞ…ニコルには、ニコルだけの良さがあるんだからな。
「ハイデマリーみたいに」?
何か引っかかった。
最近、こういうことが多いな…
…ああ、「ハイデマリーとアロイスみたいに」誰かと結ばれたら…
…ああ、俺は用無しだな、そいつがニコルを守ることになるんだから…
…そいつって、誰だ。許さんぞ。
…何でだ、許さなければニコルは悲しむだろうが。
…?…俺は、矛盾していないか?どうしてスパッと行動指針が立たない?
…くそ、この前ニコルの件で並列思考の言っていることが理解不能だったあたりから調子が出ないな…もうそろそろ、立体複合方陣の運用開始時期が決定されるという時に。集中しなければいけない…唯一絶対のチャンスを逃すわけにはいかないんだ。それさえ成功すれば、誰がニコルを守ることになったっていいんだ。
…いや、よくない、だろう…
…
俺は…そうか、計画を達成したあとの、生きる意味を、持っていないのか。最初から「死ぬ気」の計画だったことをアロイスに咎められ、全員生き残り、守れるように計画を練ったんだ。当然、俺も生き残る予定なんだものな…
そうか、計画を達成したら、俺は何をすればいいんだろうな。皆が安心して暮らせるように…マザーがおかしな決定をしないように見張る…それくらいしか思いつかないな。
…ほらな、俺はこういう風にできている。こういう風に、平和な村では何の役にも立たないただの兵器だ。つまりは、たぶん戦場をめぐる人生を送るってことだな。あの無感動な場所で、ずっとか…いや、たまにここへ帰ってくれば。色彩も感動もここにあるじゃないか。
(…ニコルが他の男のものになったら、その色彩と感動はその男のものだろう?)
並列思考に突然呟かれ、ビクッと体が跳ねる。
視界が…紅く染まる…
なんでだ。なんでだ!!!