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151 ジョーカー sideコンラート

  




ヴァイスから戻ると、身の置き場所がないという感じでオロオロするハイデマリーさんをアロイスがにこにこして眺めてる、という…何ともレアな光景を俺らは見ている。


たぶんフィーネも似たような気持ちなんだろう。つまりは「これがほんとにあのハイデマリーさんなのか」っつーやつだ。…アロイス…こいつやっぱ、”ジョーカー”なんだよな…



*****



俺の時もそうだった。レア・ユニークを発現するやつってのは大抵キツい体験をする。自分の能力だから、それが原因で本当に気がふれるってことはほとんどないって話だがよ、そりゃ結果論だ。立ち直るまでの過程は恐怖しかない。…俺だって、恐ろしくてどうしていいかわからなかった。気が付くと自分の一部がなくなってるんだぜ?救いは体の断面がマナでけぶってて見えないってことくらいだった。そうじゃなきゃ、生きる人体模型だ。

そして、鈴の飾り紐で決着をつけたと思った矢先に、アロイスは俺に質問してきたんだ。

「…その鈴で周囲は安心したと思うよ。君は強いねコンラート。…ところで、その鈴で君も安心できるようになったのかを知りたいんだけど、教えてくれないかな。どうしてそんなに強いのか、知りたいんだ」

俺は虚を突かれ、気付けばボロボロになっている自分のことを話していた。俺は強くなんかない。たすけてくれ、こんなのはいやだ、と叫ぶ自分のことを。俺自身の能力が俺を奈落の底に落とす。誰も助けられない。自分で自分を救うしか、なかった。

アロイスは俺の痛みを想い、助けられないことに歯噛みし、そんなもどかしい気持ちを全部押し殺して俺をからかった。「泣き虫め」と。




ハイデマリーさんは俺とは逆だ。気が付くと自分が増えてたんだからな。…俺が透明化に悩んでいる時に、エルマーから聞いたことがある。最初は霊感でもあるのかと思われていたそうだ。「手だけが空中に浮いてた」「私と同じ足がついてくる」とだけ聞けば、何かの怪談みたいだもんな。

そしてとうとう「自分の頭」だけが自分自身を見つめながら空中にあったのを見て、ハイデマリーさんは狂い始めた。その頃にはレア・ユニークだろうとナニーも教導師もわかっていたらしいが、パニックになったハイデマリーさんを隔離せざるを得なくなり、ナニーが24時間張り付くこと1か月。その間、ハイデマリーさんのそばには、ひっきりなしに半身しかない自分自身が出現しては消えていた。

エルマーが交替でハイデマリーさんについていた時に、ハイデマリーさんは半身のドッペルゲンガーに向かってずっと悪態をついていたそうだ。自分自身に向かって呪詛の言葉を延々と語るハイデマリーさんは…正直、復帰は難しいのではないかと思っていた、とエルマーは語った。


ある日、ハイデマリーさんについていたナニーが大慌てで「ハイデマリーがパニックになって飛び出した、海の方向だ!助けてくれ!」と叫び、大勢でハイデマリーさんを探した。そのナニーによると、完全体のドッペルゲンガーが現れたと思ったらハイデマリーさんを抱きしめようとしたそうだ。

ハイデマリーさんはそれを見て首を絞められるとでも思ったのか、「わたしをころしてくれるの?」と嬉しそうに呟いた。しかしドッペルゲンガーがそっとハイデマリーさんを抱きしめるとパニックを起こし、「わたしもわたしをころしてくれない!だれもわたしをころしてくれない!わたしがわたしを…ころす…っ」と叫んでナニーを突き飛ばし、海へ入っていった。


海の中で何を見たのか、何があったのかはわからない。


ただ、ハイデマリーさんはそれを境に目覚ましい躍進を遂げ、俺らが見た時にはすでにヴァイスで「女の子の味方」としてドンと存在感を主張する「姐さん」だった。



*****




…で、だな。

なんでこんなに小動物みたいなんだ、ヴァイスの姐さんは。



「ちょ…あの…ほんとになんでこんなことになってるのお…」


「はは、今日はもう泊まっちゃえば?明日の朝、ちゃんと宿舎に送ってあげるから」


「マリー姉さん、私のパジャマ貸してあげるから大丈夫だよ!ねえ、いっぱいおしゃべりしようよ!」


「え、ええ…ニコルぅ…ふえーん、ホッとするう…」


「僕とマリーは晩ごはんまだなんだ。すぐ作るからねマリー」


「え?アロイスが作って…くれるのぉ?」


「アロイス兄さんはすーっごく料理が得意なのっ お菓子もすごいんだよ!」


「…そう…ドSじゃなきゃいい男ね…」


「マリー?」


「ひゃいっ」




フィーネが固まっているのを見て、ニコルが心配そうに声をかけた。



「フィーネ姉さん?どうしたの?」


「ニコル…これは青天の霹靂だよ…驚きだ、ハイデマリーさんの音楽が変わった…勇壮で触れる者を打ち倒すかのようなオーケストラが、巫女の祝詞のような…神に捧げる原始の祈りみたいな歌に変わるんだよっ なんというギャップ!これがニコルの言っていた”ギャップでモダモダする”という現象か!…たまらんね、これは…っ」


「フィーネぇ…?それ、ヴァイスで言ったらどうなるかわかるわよねぇ…?」


「おや、オーケストラに戻りましたね…ではぼくはこのへんで帰らせてもらいますよ、おやすみニコル、皆」


「おやすみなさーい!」



逃げ足が速くなったフィーネはさっさと帰った。俺もアパルトメントに帰ろうと思ったが…くそ、アロイスがいいワイン出してきやがったー!あれか、祝いか。ハイデマリーさんオトしたぜヒャッハーワインか!!!



「はい、できたよマリー。簡単なものになっちゃうけど、どうぞ。こっちはヘルゲとコンラートに肴と”シャトー・オー・ボーセジュール”…絶対味わって飲んでくれよ?マリーは赤ワイン大丈夫?こっちは”マルサネ・レジェセゾ”、軽めだから飲みやすいと思うんだけど。あ、ニコルはクレープシュゼットを夏みかんソースで。飲み物はアイスティーでいいかい?」


「きゃっほーぅ!アロイス兄さん大好きぃ~!」


「あははー、今日はお祝いだからねー」


「 は ず か し い こ と い わ な い で っ 」


「うきゃー、マリー姉さんてカワイイんだ、知らなかった~!アロイス兄さん、グッジョ!!」




サムズアップしながら無自覚にハイデマリーさんを羞恥の極致へ追いやっているニコルは最強だな。俺がからかったらケシズミ決定なんだけどよ…気の毒になぁ、捕まったのがアロイスだし。あいつたぶん”死ぬほど恥ずかしがってるマリー”とか大好物なんだろ。黒い笑顔してやがんなァ!



「…ヘルゲ、お願いがあるのよ…私にも移動魔法譲ってくれないかしらぁ…このままじゃ軟禁されちゃうわよお…」


「…ハイデマリー、諦めろ。俺も多少気の毒だと思わないでもないが、諦めた方が気は楽になるぞ?」


「マリー、逃がさないって言ったよね?」ニッコリ。



うおおおお、こえええええ!

…と、それをモノともしない猛者が一人。



「きゃああ、私知ってるぅ!それ”ドS溺愛監禁ルート”って言うんだよね!きゃー、アロイス兄さん鬼畜っぷりがステキぃ!」


「…なんか突っ込みどころ満載なんだけど、褒めてくれてるみたいだし、見逃すよニコル…というか、監禁なんてしないよ。ちゃんと毎日ヴァイスに送り迎えしてあげるし」


「ちょっとお…私がここに住むみたいじゃない…任務は突然命令があるなんて当たり前なのよ?緊急出動がかかったらどうするのよ、絶対ダメよ」


「え~、大丈夫だと思うなぁ。ちょっとお婆ちゃんに聞いてみるねっ」


「え?え?」


「あ、お婆ちゃーん?ニコルでっす!今話してもいいかなあ?」


『おや、さっそく通信してきてくれたねえニコル。かまわないよ、どうしたね』


「あのね、マリー姉さんがアロイス兄さんの家に住んだら、お仕事に差し障りがある?アロイス兄さんは毎日送り迎えするって言ってるけど~」


『ああ、かまわないんじゃないかい?毎日ヴァイスに来るんだし、何か緊急案件があったら”ミニロイ”に知らせりゃいいんだろ?ハイデマリーも安心おし、待機用に今の自室もそのまま使ってかまわないよ』


「やっぱそうだよねえ!マリー姉さん良かったね!」


「あ、そうだ…エレオノーラさんと大佐の通信機、登録名はどうなりました?」


『ふふん、バルトが”キング”で私が”クイーン”だとさ』


「えへへ、やっぱお爺ちゃんとお婆ちゃんはミニって感じがしないから~」


「あ~、それはぴったりだ…了解です、すぐにマリーにも通信機持たせますから、よろしくお願いします」


『はいよ、こっちは心配ないからハイデマリーをさっさと矯正しとくれ』


「あはは、了解です」




…あーあ…気の毒になア…外堀ガンガン埋められて、もう反応できてねぇよハイデマリーさん…一点見つめながらブツブツ言ってんぞ…



「…ぬいぐるみで通信してる…え、なんでマザー端末じゃなくてぬいぐるみ?え、なんでエレオノーラさん平気でしゃべってるのお?やだこのリガトーニすごくおいしい…じゃなくて私ここに住むことになってない?」


「マリーもデザートにクレープシュゼットどうぞ。甘いものは好き?」


「エレオノーラさんも矯正とかヒドいわね…やだあ、クレープおいしい…なんで赤ワインに合うのかわかんない…いつも頑固娘とか散々叱られてるけどぉ、娘が拉致監禁されてんのに好きにしなとかひどいわよう…甘いものは大好きよう…」




「おいコンラート。この酒うまいな…消えてキッチン行って来い、もっとないか探せ」


「フザけんな俺ァコソ泥かよ。機嫌いいんだからアロイスに言やぁいいだろ」


「俺も空気を読むことを覚えた。アレに今割って入るのは”無粋”と言うんじゃないのか」


「だからって俺を使うんじゃねぇ、自分でなんとかしろ」


「ヘルゲ兄さーん、コンラート兄さーん、お酒追加でっす~」


「…ニコル、お前は最高だな。俺のことがよくわかっている」


「アロイス兄さんとマリー姉さん、なるべく二人にしといてあげようと思って。私もアイスティー持ってきちゃった、こっちの仲間に入れてー」


「ニコル、ハイデマリーさんとおしゃべりするって言ってたのによく引いたなァ」


「だってこれからいつでも会えるし~、”ドS溺愛ルート(監禁が取れました)”でモダモダできると思うと、なるべく二人っきりにしてあげたいというか~」


「…アルマに何吹き込まれたんだよ…あんましヴァイスでそういうこと言ってやるなよ?ハイデマリーさん、羞恥で顔面爆発しちまうぜ?」


「いえっさー!」





…ま、ハイデマリーさんが幸せになれそうでよかったぜ。やっぱしお互いにさ…そういう話は直接したことねぇけど、”レア・ユニークの辛さ”を味わった者同士なんだっていう認識はあったんだよな。

逆に辛さがわかるからこそ、お互いに触れなかった。きっと話し出すと止めどもなく奈落へ落ちるだけなんだってわかってたしな。



ジョーカーが何もかもをひっくり返す。



アロイスはニコルやヘルゲこそがジョーカーだっていう認識みたいだが、俺やハイデマリーさんにしてみたら、お前も間違いなく効果抜群のジョーカーだってんだよ。

え?ナディヤ?ナディヤはあれだ、決まってんじゃねえか。ハートのQだよ、言わせんな恥ずかしい。





  

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