149 戦場の女神 sideアロイス
僕はコンラートに頼んで、ヘルゲの自室へ案内してもらうことにした。大佐と中佐の通信機をホワイトライオンのぬいぐるみに仕込むためだ。僕でもその作業はできるけど、さすがに食堂でやるわけにはいかないからね。
ノックしてもヘルゲの応えはなかったけど、「かまやしねえ、鍵開いてるんだから入ろうぜ」といってコンラートはズカズカ入っていく。
ヘルゲは結構本格的に、布団の繭になって寝ていた…しょーもない。
「じゃ、通信機仕込んじゃうか。コンラートありがとう、カミルさんたちのとこ戻っててもいいよ」
「いんや、俺はこっちでいい。…そんで?お前ハイデマリーさんに何カマすつもりだよ」
「…わかっちゃった?」
「ったりめーだ」
僕はぬいぐるみの作業をしながらうーん、と唸った。別に具体的な方策が決まってるわけじゃないんだけどなあ。
「あの人、泣かそうと思ってさ」
「ハァ!?ハイデマリーさん、お前と普通に挨拶してたよなあ?…なにがお前の逆鱗に触れたんだよ?」
「ぷっは!あはは、ごめんごめん!僕の言い方が悪かった。そうじゃないんだ、あの人無理して”ハイデマリー像”を演じてる部分があると思うんだよ。それでさ、こんな言い方されるのは不本意だと思うけど…あの頃のコンラートみたいなんだ。けっこうギリギリかもしれない」
「…まじか?誰も気付いてないぞ、そんなん…なんで初対面のお前がわかるんだよ?」
「さあ、なんでだろうね。逆に初対面だし、軍属じゃないから気付いたのかもしれないよ?ま、とにかくガス抜きっていうか…あの人をホッとさせるか泣かせるかしないともたない気がする。…ほっとけないよ」
「ッハァ~、教導師のカンってか?お前、それ間違ってたらシャレになんねーぞ」
「僕の勘違いだったらってこと?…それはないね。それこそ教導師の経験に裏打ちされた”勘”をナメてもらっちゃ困るって答えるよ」
「…なるほどな。そりゃ一理ある。で?どうすんだ」
「うーん…あんまり移動魔法を部外者に見せるのは良くないと思うんだけど、ハンナ先生に会わせてみる…とか?いや、誰に会えば気が緩むのかなんてわかんないな…いったん村へ移動してから誰に会いたいか聞いてみようか。…やっぱり移動魔法を使うの、マズいかな?」
ベッドで繭がモゾリ、と動いたかと思うとヘルゲが起き上がった。
「…かまわんだろう。ハイデマリーは迂闊に話すようなことはしないと思う」
「聞いてたのか。じゃあ話は早いな、そういうわけなんで、僕はあの人を村へ連れて行ってみるよ」
「…俺も全部聞いてたわけじゃないが、要するに”お前が”必要だと思ったんだろう?だったら勘違いの類はない、大丈夫だコンラート」
「おー、了解。んじゃま、がんばれよ。ほんとに”ギリギリ”なんだとしたら、ヴァイスの女の子総崩れの危機だぜ」
「はは、じゃあこの通信機を頼むよ。ニコルが渡したいだろうから」
「…これもミニって名前つけるのかよ?」
「さあ?ニコルに任せればいいんじゃないか?」
「…そだな、適材適所で行くか…」
食堂にヘルゲも一緒に戻り、ニコルに話しかける。
「ニコル、大佐と中佐のぬいぐるみを仕上げたよ」
「あ、ありがとうアロイス兄さん!じゃあ、渡してくる~…ってヘルゲ兄さん、スッゴイ寝癖!もー!」
「…どうでもいい」
「よくなーい!ちゃんとして!」
「ぷっは、ヘルゲも形無しだわバル爺をぬいぐるみ屋に連れ出すわ…すっげぇなニコル!」
「ふふふ、ニコルの魅力の前ではこれくらい当然なのですよ、カイさん…」
「その滑らかな口説き文句…フィーネ、ほんとお前女にしとくのもったいねーわ」
「おや、カミルさんにそう言われると照れますね。ところで中央学舎の演武の際にトロけさせた女性職員数名…お味はどうでした?」
「ん~、イマイチ…って何を言わせんだよ」
「カミルってそう言いつつ手出ししないから逆にタチ悪いわよぉ…女心を弄ぶ敵ね、敵。ウチの子たちで遊んだら承知しないわよお?」
「ハイハイ、わかってますよ。カイ、そろそろ行くか」
「オーウ。んじゃなニコル」
「ニコルは大佐のトコ行くのね…?今日は話せて楽しかったあ…お願い、また来てね?」
「うん、マリー姉さん!またね!」
僕はチラッとコンラートと目線を合わせた。
理解したようで、フィーネとニコルを「行くぞー」と大佐の執務室へ誘導していく。ヘルゲもノソノソついていったので、僕は集団からスッと離れてハイデマリーさんを追いかけた。
「ハイデマリーさん」
「あらぁ?何かしらアロイス…」
「すみませんが、少々おつきあい願えますか?こちらです、どうぞ」
ニコッと笑い、ハイデマリーさんの背後にゲートを開き、流れるように振り向かせて僕の家へ”拉致”した。
*****
「え…ちょっと…なにこれドコなの?」
「僕の家です。どうぞ、お掛けになってください」
「…なんですって?あなた何者よ…」
言いながらハイデマリーさんは即座にマナを錬成・収束させる。…きれいな収束音だな。やっぱり実戦をくぐり抜けてきた人はシビアさが違う。僕が”ニコルの兄”だと理解した上で、それ以上に”ヴァイスの敵”ならば討つという判断が即座にできる。
ぼくは苦笑いしながら「ま、お座りください。お茶をお出しします」と言いつつ、高レベルのマイナスベクトルを展開させてハイデマリーさんのマナを打ち消してやった。
今度はポカンとしている。そして更に警戒心を高めてしまう。…当たり前だね。僕もちょっと自分で「何やってんだろ」と思ったけど、この人…心が強すぎて、少しいじめたくなっちゃうんだよなー。
お茶と、昨日作ったフォンダンショコラを温め直して出す。
「よかったらどうぞ」
「…」
「毒とか入ってませんよ。作れないかいろいろ模索したけど、さすがに無理でしたから」
「それ聞いて私が安心できるだろうと考えるなら、あなた相当のバカね」
「ぷっくっく…それもそうですね。では、本題に入らせてもらいますね。ハイデマリーさん、あなたが今会いたい人は誰ですか?」
「…は?」
「行きたいところでもいいですよ」
「…何言ってるの」
「じゃあ、質問を変えましょう。ハイデマリーさん、あなたはなぜ家族同然に思っているヴァイスで仮面を被っているんです?」
「…」
「騙しているとまではいいません。あなたという偶像が…ヴァイスの女の子たちを安心させるんでしょう?ヴァイスそのものは大佐と中佐がいれば盤石だけど、あなたは不埒な男から女の子を守る。中間レベルの不安感を払拭してくれるあなたがいるから…ヴァイスはあんなに風通しがいいんだ」
「…そうだったとして、それがあなたに何か関係が?ご賢察恐れ入るわね。それを得意げに披露して、拍手でもしてもらえたら満足かしら?」
「ふむ…なかなかカッタいなー。ま、最初に警戒させちゃった僕も悪いからな…」
「何をブツブツ言ってるの。質問に答えなさい、私がおとなしくしているうちにね」
「ん?ああ、僕に何の関係があるか、でしたね。特に関係ないと思いますよ。”かっこいいハイデマリーさん”に憧れているニコルをとても可愛がってくれますし、あなたという偶像はヴァイスに必要だと思いますし」
「…はあ…埒があかないわ。何が目的なのかを聞いているのよ。いい加減にしてくれないかしら、私をヴァイスに戻して」
「…あなたのレア・ユニーク魔法は”幻影”でしたね。能力が顕現してから制御できるまでに、あなたは半分正気を失った。最初は四肢、次に頭部、さらに次には前半分しかない自分自身のドッペルゲンガーにつきまとわれて、衝動的に入水自殺を図った…が、救助された後は憑き物が落ちたように安定した」
ガタッと椅子を倒して立ち上がり、ハイデマリーさんは僕の胸ぐらを掴んで立たせた。
その瞳に、燃え上がるような憤怒がゆらめく。
…きれいな、黄金の炎。
怒りで逆立つ赤毛と相まって、戦場の女神のようだった。
「…そこまで人の中に土足で踏み入ったからには、覚悟はできているのね?」
「まさか。殴られる気も殺される気も、毛頭ありません。…あなたは強すぎるんだ。あなたならヴァイスを守れるでしょう。でもあなたのことは誰が守ってくれるんです?…僕は”守る”ということをずっとヘルゲと一緒に考えてきたけれど、結論は”一人では何もできない”ということだった。最強の守りとは、人と人の心の繋がりが編み上げる”絆のネットワーク”なんだ。あなたはヴァイスという最高のネットワーク環境にいながら、繋がったフリをしている最強のスタンドアロン端末と化している」
「…ふざけないで!部外者が偉っそうに…っ!私がヴァイスで孤立しているとでも言うの!?何も知らない教導師風情が、ナメた口きいてんじゃないわよ!」
「あー、面倒くさいな!まったく、いい加減にしろ!そうやって強がっててあなたが壊れたら、ヴァイスはどうなるんだ!必死に守ってきたおかげで、あなた無しでは総崩れになるほどの重要人物になっているじゃないか!そのくせに壊れかかっている自覚もないのか!僕みたいな部外者に看破されて悔しいなら、そのズレた仮面からのぞく素顔なんて見せるな!安定してヴァイスを守り続けてこそ『守った』ことになる!途中で壊れたヤツに守護の名はつかない!」
怒鳴って、ハイデマリーを抱きしめて、唇を奪う。
マナが錬成されれば、即座に打ち消す。
比較的自由になってしまっている右手を背中で拘束し、僕の胸ぐらを掴んでいた左手は胴に挟んで身動きさせない。赤毛の波打つ後頭部を押さえつけると、くぐもった声が聞こえる。左手で胸元の暗器らしきものを取り出そうとしているのがわかったので、背中でキメている右手を少し捻っておとなしくさせた。
二人とも、目を閉じたりしない。
ハイデマリーは僕を射殺さんばかりに睨み付け、僕はこのわからずやに理解させてやるとばかりに視線を外さない。
そのうちに黄金の光が揺らめき、ぼろぼろと涙が流れた。悔しくて仕方ないんだろうけど、許すわけはない。頭を押さえていた手の力を少し緩めると、すごい勢いで離れようともがき出した。
呼吸しようと唇が開いた瞬間を逃さず、もう一度頭を押さえて今度は噛みつくようにキスをした。舌を押し込み、歯列をなぞり、頑なな言葉ばかりを紡ぐ小さな舌を蹂躙する。
睨む。観念しろ、この頑固者。
睨む。僕に堕ちて来い。
睨む。僕に、下れ。
ハイデマリーはとうとう、泣きながら瞼を閉じた。体の力が抜けて、足がガクガクしているのがわかる。唇を解放すると、顔を真っ赤にさせながら「こンの…サディスト…」と悔しそうに呟いた。
「お褒めの言葉をありがとう、マリー。さて…僕の勝ちだからね、君を貰います。君は、僕のもの。僕は、君のもの。わかった?」
「誰がマリーなんて呼ぶのを許したのよ!?ケダモノ!そうやって力ずくで言うこと聞かせられると思ったら…んっく…」
まだわかっていないようなので、もう一度バクッと食べてみました。今度こそ力が抜けたかな、と思うと泣きながら「ころすっ」とか物騒なこと言うじゃないですか。…はぁ~、これは調教すんの大変だな…
ん?調教?僕もけっこうヒドいこと考えたな…ま、いっか。
マリーは震える左手の拳で一生懸命僕の胸を押して距離を取ろうとしてるけど、たぶんもうムダだと思うんだー。逃がすわけ、ないでしょう。
キスでダメならこっちかな。
耳の形に沿って、唇を移動させる。「僕のこと、殺す?」と聞くと、殺気を使い果たしたのか”ただの悔しそうな目”で僕を見る。
んー、もうちょいか。
首筋を舐め上げるとマリーのか細い悲鳴が上がった。
わー、すっごくイイ声。
何度か繰り返したら、マリーの体は完全に力が抜けてグッタリした。
もう一度、聞く。
「僕のこと、殺す?」
「…この状態でころせるわけないでしょっ 責任取りなさいよね、このドS!!」
僕は獲物を堕としたことを確認したのでにっこり笑い、もう一度マリーに噛みつくようなキスをしながら自分の部屋へ運んだ。
この戦場の女神は、僕のものだ。