147 ヴァイスの人々 sideアロイス
「こっちだ。先に食堂行くと、捕まっちまうからな」
何に、とは聞かない。
もちろんニコルと話したいオチた人たちに、と決まってるからね。
「バル爺!エレオノーラさん!連れてきたぜー」
ノックの後大きな声で言いながら執務室に入るコンラート。気安いとは言ってたけど、いいのかな…休日だからかな?
「ニコル、よく来たねぇ!さあ婆ちゃんのとこにおいで。魔法の練習は順調かい?」
「うん!フィーネ姉さんとヘルゲ兄さんのおかげで絶好調なの!」
「がっはっは、さすがニコルだ。どれ、爺ちゃんが好きなデザートおごってやるぞ、何がいい」
ポカーンと見ている僕らはまるで眼中にない様子で、まさに祖父母と孫の心温まる交流が始まってしまった。フィーネが少し咳払いをして話しかけた。
「かわいいニコルに夢中になるのはよくわかるのですが…エレオノーラさん、ぼくらの同期で教導師のアロイス・白縹をお連れしましたよ。ご挨拶させてもらえませんか?」
「ああ、すまないねえ。さ、みんな座りな。アロイス、私はエレオノーラだ。こっちはバルタザール。話は聞いたよ、ニコルを守ってくれてたってね。…もしやそのために教導師になったのかい?」
「はじめまして、アロイスと申します。”剛腕”のバルタザール大佐と”大賢者”エレオノーラ中佐の武勇伝は存じ上げてました、お会いできて光栄です。…僕が教導師になったのは…そうですね、適性があったのもありますが、確かにニコルを守るには都合がいいポジションだとも思ってましたね」
「がっはっは!ヴァイスの荒くれどもたァ違って上品な男だな!俺たちに畏まる必要は微塵もねえ、普通に話せ。ニコルを守ってたなら、お前も俺の息子だ」
「ふふん、そういうこった。アンタもまあ、苦労する位置に陣取ったもんだね。こいつらの手綱取るのは骨だったろう」
「…そこをわかっていただけるとは…そうなんですよ、大変なんですよ…」
「そうだろうともさ。ま、これからは私がついてるからね。バカどもが何かやらかしたらお言い。私が沈めてやるからね」
”鎮める”ではなく”沈める”と聞こえた気がしたけど、まあいいか。
「ああ、通信機作ってきたぞ。これでアロイスともニコルとも話せるだろう」
「お、待ってたぜぇ。ニコル、これで爺ちゃんとも話せるなァ」
「うん!あ、それでね…もしよかったら、お爺ちゃんとお婆ちゃんと一緒にこれからお買いもの行きたいんだけど…忙しいかなあ?」
ギラリ!と歴戦の猛者二人の瞳が光った気がした。「買い物…だとぉ」「ニコルと…買い物だって!?」と呟く。
「あ、あの…忙しかったらいいの!私のワガママだから、一人でも…」
「忙しいわけがあるかい!行くに決まってるよ!」「当たり前だァ!!」
「おーい、バル爺にエレオノーラさん。通信機だってバレちゃやべぇからって、全員こういうぬいぐるみに魔石仕込んでるんだよ。ニコルはぬいぐるみ選びに誘ってるんだぜ、いいのかよ?」
「あ、そっか…お爺ちゃんみたいにかっこいい軍人さんがぬいぐるみなんて…恥ずかしいよね、ちょっと考えなしだった…ごめんねお爺ちゃん、お婆ちゃん!あの、ぬいぐるみじゃなくてもいいよ、何かかっこいいもの探すから…」
「「ぬいぐるみがいい」」
「えっ いいの?」
「「ニコルの選んだぬいぐるみが、いい」」
「そ…そうなんだ、はぁ~よかった!じゃあ、お出かけだね!やったぁ!!」
…祖父母と孫を除く全員の目が、焦点の定まらない虚ろな感じになっていた。そして浮かれる祖父母と孫はヘルゲの教えたぬいぐるみの店へ出かけていった…
ヘルゲは「自室で寝る」と引き上げていき、残った三人で食堂へ行ってお茶でもするか、ということになった。
「…すげえだろ、大佐と中佐」
「うん、最初僕らなんて眼中になかったねえ」
「いや~、無理もないと思うのだがねえ。ニコルの魅力は筆舌に尽くしがたいよ」
「「フィーネも少しおかしいぞ」」
「ちょっと~、いまニコルって聞こえた…ニコルに会いたいぃ~」
「うあー、ハイデマリーさん…恋煩いみたいっすよ、自重してくださいよ…」
「だってぇ…あら、失礼。こちらどなた?」
「初めまして、アロイスと申します。学舎で教導師をしてまして、今日はニコルとお邪魔しにきています」
「あらあ、ご丁寧にありがとう。ハイデマリーよ、よろしくね。…じゃあニコル来てるのね…どこぉ?」
「すみません、今は大佐ご夫婦と買い物に出かけてまして…戻ってきたら改めてご挨拶に伺いますよ」
「そっかぁ…」
…この人、ニコルがかっこいいって絶賛してたハイデマリーさんだよね?なんでこんなに捨てられた子犬みたいにシュンとしちゃってるんだろう。
その時、食堂に入ってきた女の子二人がハイデマリーさんを見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ハイデマリーさん!こっちで一緒にお茶しませんかぁ!この前のお話しの続き聞きたいですー!」
すると、ハイデマリーさんの雰囲気が一変する。ピクッと震えると、シュンとしてたことなど微塵も感じさせずに色気と余裕のある表情を纏う。
「あらぁ、そう?じゃあご一緒するわねぇ。…じゃ、私はこれで。アロイス、お邪魔しちゃってごめんなさいね、また後で」
妖艶に微笑みながら手をヒラヒラと振り、女の子たちの方へハイデマリーさんは去って行った。
「きゃー、やったあ!何飲みます?」
「あなたたちは?これから注文するならこれでお支払いなさいな、私にはコーヒーをお願いしてもいーい?」
「えー!私たちが誘ったのに、ご馳走になっていいんですか!?」
「当然でしょお、かわいい妹に誘ってもらえるなんて名誉ですものぉ」
「やだぁ…ハイデマリーさん優しいぃ…ありがとうございます!」
「んふふ、いっぱいお話ししましょ」
…僕は、なんだか物凄い違和感を感じながらハイデマリーさんの背中を見ていた。艶やかでゆるくウェーブした赤毛、確かゴールデンベリルの到達認定持ちだという濃い黄色の瞳は、本当に黄金のように輝いていた。
後輩の女の子に向ける表情は確かに凛々しく、ニコルが憧れる”かっこいいハイデマリーさん”とはこの人なんだろうと思う。でも…
「ねえ、フィーネ。ハイデマリーさんて…いつもあんな風なの?」
「ん?どういう意味だい?」
「いや…何ていうか、ニコルの不在でしょぼんとしている時と、後輩の女の子に向ける雰囲気が随分違うなって思ってさ」
「え、そうだったかい?まあ、それだけニコルに会いたかったんだと思うがね」
「あの人いつもあんな感じだぜぇ?後輩はとにかく可愛がるしよ。男にはちびっと厳しいが、何かあったら体張ってヴァイスを守るって気概があるから野郎にも一目置かれるしよ」
「へえ…そっか、さすがにニコルが憧れる人はすごいね…」
…うん、やっぱり何か…違和感。
これ以上コンラートやフィーネに聞けることもなさそうで、なんとなく適当な返事をしてハイデマリーさんの話をやめた。
しばらくすると、デニスが食堂へやってきた。
「おー、デニス!久しぶり!」
「よお!悪いな、来るって聞いてたけど野暮用があって遅くなっちまって…久しぶりだな、どうだよ教導師の仕事は?」
「はは、やっぱりいろいろ難しいね~。生徒に教えられることばっかりだ」
「ま、どんな仕事も難しいもんだよなあ。でも、お前ならそのへんの中央の教師よか質がいいと思うぜ。あんまし考えすぎたりすんなよ?」
「デニスは相変わらずだなあ。僕の事より君はどうなんだよ。仲間の身が心配で、自分のこと粗末に扱ってないだろうね?」
「う…お前、エレオノーラさんと同じこと言いやがって~…大丈夫だよ、ケガ一つせずにピンシャンしてんだろ?」
「おや、半年ほど前に前線の兵士を助けに飛び出して、先頭で狂ったように魔法を撃ちながら敵を掃討したんだったよね?その時は左肩を負傷してたような…」
「おいい、フィーネ!」
「…デニス…それ、すごく怒られただろ…大規模魔法を撃てる切り札が特攻するとか聞いたことないよ…」
「う…だから、そん時にエレオノーラさんにめっちゃ叱られたよ…現場の指揮官にも”心臓止まるかと思ったぞバカヤロウ”とか言われてよ…」
「ぷは!よほどこってり絞られたね?なら僕がこれ以上言うことはないかな。でも僕だって心配してるんだって、ちゃんと覚えておいてくれよ?」
「お、おう…わかってるよ…」
そこで、大佐夫婦とニコルが上機嫌で戻ってきた。
「たっだいまぁ~!スッゴクいいの見つけちゃった!お爺ちゃんとお婆ちゃんにめーーーっちゃそっくりでかわいいの!」
「おお、どんなのを選んだんだい?」
「にへへ…じゃぁ~ん!」
それは、ホワイトライオンの番だった…うわー、似合いすぎだ…
「こっちはねえ、もちろんお爺ちゃん!目は深い赤ね。それでこっちがお婆ちゃん!目は紫!すごいんだよー、店員さんがね、本人の瞳の色を見ながら魔法で色を調整してたの!だからソックリ!」
「へえ!これはまた…”百獣の王”ご夫妻ではないか。良かったですねえ大佐、エレオノーラさん」
「がっはっは!ニコルが選んだんだからなァ、間違いねぇよ」
「ふふふ…まーったく、この白髪頭も捨てたもんじゃないね…ニコルにゃ、私らがこう見えるんだとさ」
「じゃあ、これ仕上げてもらったらまたお部屋に持っていくね!」
大佐夫婦は頷くと満足そうに執務室へ戻って行った。ニコルは達成感丸出しの上気した顔で僕の隣に座ろうとして…デニスに気付いた。
「あ!デニス兄さん!この間は本当にすみませんでしたぁ…」
「はは、もういいって。これからは仲良くしてくれよ、な?」
「うん!あ、そうだ。デニス兄さんにこれ…”もういい”って言ってくれた矢先に何なんだけど、お詫びにと思って大目に入れといたの。よかったら食べて!」
「お?へぇ、クッキーじゃん!うまそー、ありがとな!」
「はは、そういえばデニスも甘いもの好きだったよね」
「おう、だから戦場は辛いぜまったく…甘いものどころかメシ自体マズいからなあ」
「う…やっぱりそうなんだ…私もそれ聞いて、荷物にクッキー焼いて入れてから戦場に行こうかと思ってたぁ…」
「ぶっは!マジかよニコル、そんなの持ってったら奪われて食いつくされるぞ」
「ええっ デニス兄さんそれ本当っ!?」
「ニコルが作ったっていう付加価値付きで、争奪戦間違いなしだ。絶対悟られるなよー、俺はこっそり飴玉持ってってるけどトイレでしか食ってない」
「あっはー!面白すぎるよデニス兄さん!」
ケタケタと笑うニコルと、戦場の面白おかしい話をするデニス。眠くてウトウトしているコンラートに、ニコルを幸せそうに眺めるフィーネ。
…ああ、あと2年もしたら、これがニコルの日常になっていくんだろうな。
少しだけ淋しくもあり、ニコルの巣立つ先がこんなに暖かい場所だと納得できた安心感もあり。僕はいろんな感情がないまぜになっていた。
大佐 : 白髪 瞳は深い赤 レッドスピネル到達認定
中佐 : 白髪 瞳は紫 バイオレットスピネル到達認定