146 ヴァイス訪問準備 sideアロイス
思う存分お菓子を作り倒し、皆を満足させられて充実感いっぱいの宴の翌日。
リビングには石像のようにソファできちんと座りながら眠るヘルゲと、半分体が落っこちてるように三人掛けのソファで寝ているコンラートがいた。
さすがに女性陣はアパルトメントへ移動魔法で帰ってもらい、たぶんフィーネはリアと自室に、ナディヤはコンラートの部屋で寝たと思う。
起きてきたニコルが手伝ってくれて、酒宴の残骸を片付けたり空気の入れ替えをしたりしていた。
「ニコル悪いね、助かるよ」
「ううん、昨日はすっごく楽しかったよぉ。アロイス兄さんありがとう!手伝いくらい、いつでもやるってば」
「ニコルは優しいね。それに比べてこいつらときたら…」
もうほんとに、こんな姿見てナディヤが呆れても知らないよ、僕。それに今日は午後からヴァイスに出向いて、大佐と中佐へ挨拶に行こうって言ってたのに…平気なのかな。
「おいコンラート!そろそろ起きろってば。シャワーでも浴びて来なよ」
「んあー…おう、オハヨ…わかった…シャワー借りる…」
「ニコル、ヘルゲも起こしてごはん食べるか聞いてー」
「ハーイ!」
コンラートがいて片付けられなかった酒瓶や食器を引き上げ、ざっと清浄の生活魔法で掃除を済ます。よし、と思って顔を上げると…
またしても寝ぼけたヘルゲに捕まって、膝の上でガッチリとホールドされ、顔を真っ赤にしてあうあう言っているニコルがいた。
「ぶふっ!!」
「…わ…笑いごとじゃないよアロイス兄さん…うあー…」
「それも訓練だ、ニコル。紅玉の攻撃くらい躱せないとねぇ。ま、脱出…したくないかもしれないけど、がんばるんだよー」
「ええぇぇっ そんな含みのある言い方しなくても…っ うわーん、待ってアロイス兄さーん!」
僕はスタスタと洗い物を持ってキッチンへ移動した。
シャワーでさっぱりして出てきたコンラートも、リビングで固まったニコルを発見した。「コンラート兄さ~ん…」と助けを求めるニコルに向かい、いい笑顔でビシッとサムズアップしたコンラートは、何事もなかったかのように「朝メシ、俺も頼んでいいかァ?」と言ってからダイニングへ行った。
ざっと簡単に昨日の残り物を温め直し、クリームチーズとブルーベリージャムのベーグルサンドを出した。モグモグと食べながらコンラートが話し出す。
「なあ、今日はエレオノーラさんに挨拶してすぐ帰るのか?ハイデマリーさんがニコルに会わせろってうるせーんだよ…カイとカミルもだけどよ。…あ、あとデニスがお前に会いたがってたぜ。ケケ…こないだあいつ、ニコルに怯えられちまってよ…誤解は解けたらしいが、気にしてたぞ」
「ああ、任務がなければヴァイスも休日で宿舎にいるんだったよね。大佐ご夫婦へ渡す通信機なんだけど、ニコルが『できたらお爺ちゃんたちと一緒にぬいぐるみを選びたい』って言うんだよね…ダメなら中央の店で自分が選ぶから買い物つきあってって言われてる」
「ぶっふぅ!!マジか、バル爺をぬいぐるみ屋に連れ出すつもりかよニコル!!最強だな!!」
「ん~、お忙しい方々だろうしね、無理言っちゃだめだよって言っておいたけど…それにぬいぐるみに偽装って、大佐ご夫婦に必要な措置なのかなあとも思うんだよねえ」
「その葛藤、俺の時にもしてほしかったぜ」
「君たちは危機感が薄すぎたからいいの!まあ、だからあまりジャマでなければニコルが楽しめる程度にヴァイスにいてもいいと思ってるんだ。僕もデニスに会いたいしね」
そんなことを食べながら話していたら、のっそりとしたヘルゲの背中を真っ赤な顔したニコルがぐいぐい押しながらダイニングへ来た。
「ふ…二人ともヒドいじゃなーい!なんでキレイにスルーしていくのぉ!?」
「「ニコルを応援してるんだよ」」
「もおおお!!!」
「…アロイス、コーヒーあるか…あとメシ…」
「はいはい」
食べ終わったコンラートはアパルトメントにいったん帰り、ナディヤにフィーネを起こしてくれるよう頼んでくると言った。
ニコルは張り切ってアイスボックスクッキーを作ると言い、またしても山ほどのクッキーを焼きあげていく。手伝いながら、楽しそうにヴァイスのことを話すニコルを見て思う。…この子、このクッキーでまた何人オトしちゃうのかな…
「ハンナ先生にも聞いてたけど、マリー姉さんってほんとすっごくカッコいいの!見た目は最高に色っぽいお姉さんなのに、やることは凛々しいっていうか!知ってるぅ?マリー姉さんって『幻影』で軍隊出したことあるんだって!どっかの戦場で援軍が遅れてピンチになってたところにね、たった一人で駆けつけて大勢の援軍の幻影を出して追い払ったの!!でもさすがに無理しすぎて、その後熱出して倒れちゃったんだって…一人でそんなところに行く勇気もすごいけど、そんなにまでして仲間を助けるなんてスッゴイよね、かっこいい!」
「あはは、ほんとにニコルは憧れているんだねえ。じゃあおいしいクッキー、今日食べてもらえるといいね?」
「うん!それでカイ兄さんとカミル兄さんはね、『共鳴』のユニークっていうのが有名でね、二人で感覚の共有ができるんだって!もちろんお仕事でその魔法が大活躍らしいんだけど、そのユニーク魔法に頼り切ってないとこがかっこいいんだあ!二人とも師範の免状持ってるみたいでね、入隊したらいっぱい訓練してくれるって!くー、もっと棍がうまくなりたい!せめてコンラート兄さんに一撃入れられるくらい!」
「くっくっく…コンラートに一撃か!そりゃいいや、やっちゃえニコル」
「おうっ まっかせとけー!」
クッキーの袋が山積みになる頃、少し腫れぼったい目をしたフィーネとコンラートがやってきた。
「フィーネ姉さん、ちょっと顔がムクんでるぅ…お酒飲むとそうなっちゃうの?」
「ああ、そうなんだよ…普段は酒量を押さえて回避しているんだがね、昨日は楽しすぎたよ」
「冷温パックしよう!アルマに教えてもらったの。リンパマッサージもすればきっと良くなるよ」
「おお、お願いしようかな…」
二人はきゃいきゃいとタオルを持って客間へ行ってしまった。
出かけるまでもう少しかかるかな。
「…俺もヴァイスへ行かないといけないのか」
「ヴァイスはいいけど、ニコルにぬいぐるみの店教えてあげるんだろ?ミニコルを作った時の、目の色も変えられるお店」
「ああ、そうだった…くそ、まだ眠い」
「もしバル爺とエレオノーラさん連れ出せるなら場所だけ教えればいいんじゃねぇのか?一緒に行ってジャマしたらたぶんキレるぜ、バル爺」
「…いい考えだ。爺さんにニコルをまかせて、俺は自室で寝る」
「…しょーがないなあ、もう。じゃあフィーネが来たら出発だね」
顔のむくみを見事になくしたフィーネがアルマとニコルを絶賛しながら戻って来ると、僕らはヴァイスへ繋がるゲートを潜った。