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142 救済されたシスコン sideアロイス







ニコルの研修も3日目。

早くも大規模攻撃魔法を扱い慣れてきたらしく、フィーネが「こんなことができると面白いと思わないかい?」と”子供の描いた夢”を語るように無邪気に話すと「あはは~、おもしろいねソレ!んじゃ行ってみよー!」とニコルが荒れ地の地形をゴッソリ変えてしまう…そんな練習風景なのだとヘルゲが青い顔で語る。



「…オメーがそんなツラ晒す権利ねぇだろ。山津波も同じ経緯だったじゃねぇか…」


「俺がやるのはいいんだっ …ニコルがあの可愛い声で『じゃあ皆、よろしくー!』と言った途端に地面を10m厚の岩盤ごとひっくり返すんだぞ…収束なしに発生するから予兆がわからなくて心臓に悪い。しかもフィーネと一緒にその魔法の名前を付けると言うからどんな凶悪な名前になるかと思えば…『きれいにひっくり返ったね!』と言いながら”パンケーキ”と名付けたんだぞ…俺はあのギャップとノリについていけん…」


「…ニコルちゃん、微妙に名付けセンスねえよな…?」


「ニコルがあのまま魔法名を定着させてみろ、伝説級の精霊魔法が軒並み菓子の名前になって後世に語り継がれるぞ。そのうち『りょくぎょくのだいぼうけん』という童話が発行され、表紙は緑の目をした菓子職人の絵になる」


「なんかお前、ニコルちゃんの想像力が伝染したんじゃねえの?ニコルちゃんなら可愛いけどよ、お前だとキメぇ」



ヘルゲはコンラートの顔に水球をすっぽり被せてガボガボ言わせ、コンラートは見たこともない暗器でヘルゲに応戦している。コンラートはなんと小さい結界方陣でシュノーケルを作って呼吸していた。そしてヘルゲの頭にデロンデロンの粘着質なおもちゃを命中させ、今日の”子供のケンカ”は辛勝をもぎとったと言えるだろう。



「はいはい、もうそろそろフィーネも来るだろ?コンラート、その気持ち悪いおもちゃ片付けてくれよ」


「くそー、ヘルゲ用の秘密兵器だったのに…何で帰省した初日に使わされる羽目になってんだよ」


「なんだ、その暗器…お前ちゃんと仕事してるのか」


「これ以上ねぇほどやってるよっ こりゃデニスが持ってきたんだ!地下組織のアジトで見たことねえ暗器見つけたって言うから期待してたらよ…どう見ても宴会の罰ゲーム用おもちゃだったんだよ!」


「…フザけた地下組織だな…」



ほんとにさ…これからニコルのことで真剣な話する雰囲気じゃないよね…僕が深刻になりすぎなんだろうか。この二人を見てると”ケセラセラ”という言葉が思い浮かんで、自分が滑稽に思える…



お、フィーネが来た。

”愛情垂れ流しのプロ”であるフィーネなら、きっと真剣に聞いてくれると思う。そうであってほしい。お願い。



「やあやあ、お待たせして申し訳ないね!ペヴィン准尉へ顛末をご報告していたのだが、彼の可愛らしいお嬢さんの話で非常に盛り上がってしまったのだよ」


「あ~、お前が誘拐犯から救出した赤ん坊か。そりゃ仕方ねぇな」


「誘拐!?きっと親御さんは心配したんだろうね…元気に育ってるの?」


「ああ、映像記憶を見せてもらったが…最高に愛らしい子だった…来月が誕生日なんだよ、贈り物をすることを考えるだけで心が蕩けそうだ」



おお、愛情が垂れてる垂れてる。


じゃあ本題に入りますかと言って、眠っているニコルを起こさないように数々の方陣を敷いたリビングで”ニコルの魅了”についての仮説をヘルゲに話してもらった。僕が話すと先入観というか…恐ろしい事態になるに違いないって思っちゃってるからね、雑味を入れずに二人には聞いてほしかったんだ。


全部聞いた後で、フィーネは並列思考についての質問を僕と同じようにした。フィーネにはだいぶ前に、ヘルゲが分割されていることも含めて全て話してある。…全員がほぼ同じレベルの情報を持っている状態だ。二人はどう判断するだろう…




「俺ァよ、小難しいことはわかんねえが、ニコル・・・に話さない方がいい要素ってのがこの話にあるのは理解できるぜ。…ただし、だ」



コンラートはいったん区切り、僕の方を見た。



「アロイス、お前は”自然の体現者”の特徴って部分に踊らされて、最悪の想像をしちまったんだろ?それ自体は間違いじゃねーよ。危機回避のためには…完璧を目指すなら、最低最悪の事態を想定すんのは正しい。でもよ、その最悪の想像に囚われたヤツには危機回避なんぞできねぇ。お前の恐怖がニコルに伝染して、いらぬ不幸を呼ぶのさ。…落ち着けよ、兄弟。例え本当にその特徴があったとしても、もうあいつは簡単に折れねぇよ。いい加減に、ニコルを一人前の大人だと認めろ。…もう、守られるだけの子供じゃねえんだ」


「…そうか…そうだね、また妹離れできてないとこが出てたか…」


「くそ…コンラートもわかるのか…」


ヘルゲには先日の尻切れトンボな話し合いから、「コンラートが帰省するまで待ってくれ、直に話したいんだ」と無理なお願いをしていた。彼にしてみればワケのわからない話をされて、イライラも頂点なのだろう。だけど、他ならぬニコルのことなので、すごく我慢してくれている。


静かに考えていたフィーネは、うっそりと顔を上げた。

コンラートとは違って、フィーネはヘルゲを見据えている。



「…ふむ…ヘルゲ…ニコルが君を”なおす”と言っていることについて、どう思う?守護から聞いた話の中にあっただろう?」


「荒唐無稽だと思っている。ニコルや守護の気持ちはありがたいがな」


「そうか…まあいい。ヘルゲ、アロイスが恐怖している理由をぼくからざっと説明してもいいかい?アロイスも、何か違うと思ったら言ってくれたまえ」


「おう、頼む」 「うん」


「まず、君が不思議に思った”ニコルが異常に好かれる”という内容と、その考察は見事だとぼくも思う。ここで問題になるのは、”自然の体現者の特徴なのではないか”という部分だ。これは守護の話もあり、裏付けが取れてしまったようなものだね?」


「ああ」


「人は誰かに好かれたいと思う時、なるべく相手に不快感を与えないように気を配ると思う。その人が何を忌避し、何を心地よいと思うか。人は、気を付けてそれを探りながら胸襟を開いてゆくわけだね」


「…ああ」


「だがその努力に関係なく、特殊能力で強制的に他人の心をこじ開け、自分のことを好きにさせたとニコルが思ってしまう可能性があるんだ」


「…そんなバカな。ニコルは素直で可愛いのが強化されただけだろう」


「そうだね、ぼくもそう思う。だが、君が異常だと言ったのだよ?そりゃ何かの魔法というわけではないだろう。しかし深淵の意志が多く集まればそれは”世界の愛”が多く集まることと同義な気がする。それが原因で、対人関係のスタート地点からニコルは有利だった。そして正のスパイラルが起こるべくして起こった」


「…ああ」


「これをサラリと流して”そっかラッキー”で済ますような子だと思うかい?ニコルは良くも悪くも真面目だ。ヘタすると思い悩んで、重圧に潰されてしまうのではないか?」


「ニコルは…泣くか?」


「最悪の場合は泣くだろうね。そして…ヘルゲとアロイスの好意も信じられなくなるのではないかい?自分に変にかかわったせいで、愛する兄さんたちの人生を狂わせたとでも思うのでは?そしてこれが何より重要だ…ニコルがこの仮説を信じた瞬間、彼女は孤独感に苛まれるだろう」



ここまで聞いて、ヘルゲは顔色を青くさせた。

僕を見て、なぜ僕が取り乱したのかがわかったという顔をする。



「…アロイスが絶対に言うなと言った意味はわかった」


「うん…ちょっとした恐慌状態になったよ、僕…ろくに説明しなくてごめん、ヘルゲ…」


「いや、俺でもそうなった。気にするな」


「…ま、これはコンラートが言うところの最悪の想像だ。ニコルならば真面目に考えたあげく、きちんとそういう特徴も含めて自分なのだと呑み込めると思うね。彼女は器の大きな、強い宝玉だよ?」


「お前らほんっと、ニコルが泣くだろうって思った瞬間にダメ兄貴になるなァ!辛気臭ぇツラすんなよ。さっき言ったろ、もうあいつはそんなヤワじゃねえ。それにフィーネは何か対抗策っつーか…考えがあるんだろ?」


「おお、そうだね。…もしニコルが絶望した時、その全てをひっくり返すジョーカーは可能性として存在する。”本物の紅玉として覚醒した後のヘルゲが、ニコルを女性として愛すること”さ」


「…フィーネ…それはちょっと今のヘルゲには高度な説明では…」


「今までとそう変わらないじゃないか。どこに有効打があるのかわからん」


「ほら…」


「うーむ…ほんとに壊れ紅玉だな、君は…」


「…ニコルにやるなと言われていなければ、今この瞬間にお前の頭蓋骨が半分の容積になっていたぞフィーネ…」


「ニコルがヘルゲを”なおす”つったんだろ?なおったら、ヘルゲに守護が生成される。その守護が、”洗脳”みてえな力に抗えないわけがねえよな?…世界で唯一、ニコルの”正のスパイラル”に巻き込まれない男が誕生するじゃねえか。そういうこったろ、フィーネ」


「おお、その通りさ。ま、ぼくはその話が荒唐無稽というほど低い可能性ではないと思っているってことだね」


「ふん…それでニコルが絶望から救われるという話か?現時点で俺は何もできないじゃないか。ニコルに”直してもらう”のを待つだけか?だいたい、ニコルの絶望が先か、俺が直るのが先かわからんだろう」


「…ヘルゲ、僕はちょっと考えを改めたよ。進んでニコルに話すことはないけれど、ニコル自身がおかしいと気づいたら…もしくは自分で何かを見つけたら、きっと僕らに相談してくれる。それは信じていいと思うんだ。その時に、僕らにできる最大限のフォローをするだけだ。そうだろ?」


「…確かにな。転ばないように予防線を張ることばかり考えても仕方ないのか」


「そーいうこった!ハァ~、ダメ兄貴どものお守りも疲れるなあ、フィーネ」


「はっはっは!普段ぼくらがアロイスにお守りされているようなものだ、たまには恩返しができたかな」


「うん、助かったよほんと。ありがとう二人とも」


「ふん…一応礼は言っておく」


「まあ、その並列思考もイイ仕事したんじゃねーか?止められてなかったらポロっと言っちまって大惨事だったかもしれねーしな。何か褒美とかやれねーの?」


「…飼い犬を褒めるような言い方をするな…俺に変わりはないだろうが」





僕は思ったよりもすっきりと終わった会議に、心が軽くなった。

でもあの想像をした時の恐怖感は忘れられない…ニコルが好かれるというだけの事象の裏に隠れる、落とし穴のような可能性。その真っ黒い穴にニコルが落ちてしまうかどうかは運次第なんだろう。



心構えだけはしっかりして、時が来たらすぐ動けるように。



それだけで、よかったんだな…違う人間が考えると、こんなに違う結末になる。ニコルもこんな風に救済されてくれるといい。そう思わずにはいられなかった。





  


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