136 軍部セクトの研修生 sideアロイス
ニコルが宝玉となり、精霊魔法と盾を駆使するようになった。
今まで収束の問題に躓いていたこともあって、ニコルは急に自分が自由自在に魔法を扱えることに戸惑っている感じだ。それでも必要なことは守護がフォローしてくれるのだし、できることとできないことは追々わかるだろう。
現在の問題は、ニコルが「どんな魔法を使えるのか」…だと思っていたんだけど。精霊魔法は大抵のことをイメージの力で具現させてしまうので、ニコル次第ってことになってしまう。たぶんしっかりイメージさえできれば、ヘルゲのように山津波だって炎獄だって出せる。
ただ…ニコルが敵を殺すために、ヘルゲと同出力の魔法を実際に出せるかとなると、話は別だ。ニコルは「敵と判断したら、皆容赦ないと思うんだけど~」と言っている。それはもちろん、守護はニコルの身が危険だと思えば容赦ないだろう。でも、例えば特にこちらを直接攻撃してくるでもない、「政治的に敵とみなした相手の殲滅」ならばどうだろう?
…ニコル自身が躊躇して中途半端な魔法しかイメージできなかったら、殲滅できずにかえってやっかいな事態を引き起こすこともありうる。
敵を倒すという明確で強い意志を、ニコルは持てるだろうか。
…と、これが大規模攻撃魔法に関する「過保護な兄」の懸念。
躊躇して魔法精度にブレが出る可能性があるのは皆同じ。入隊した後にどれだけプロ意識を持って仕事に臨めるのか…それは誰もがぶち当たる壁で、乗り越え方も対処方法もその人次第なんだ。
視野を狭くしていては、ニコルも他の生徒も補助できない。
これは、この一年で僕が学んだことだった。
ともあれ、他の子にはない資質を開花させたニコルの目下の問題は…「魔法の練習場所」に困っているということ。午前から午後まで、学舎の応用修練場には初等から高等の授業が詰まっている。ニコル一人しか扱うことのできない、精霊魔法の研鑽を積む場所がなかったのだ。
ハンナ先生と話し合って、品質検査場の演習場を借りようかという案も出た。しかし維持セクト管轄の施設で大規模魔法を使うには、マザー施設の職員にいつも付き添ってもらわねばならない。何かあった時に施設維持の責任問題を養育セクトの僕ら任せにはできない、大人の事情というやつだ。学舎の一生徒の為にその無理を通す訳にはいかなかった。
それに、ニコル自身が「できればマザーに近寄りたくない」とこっそり僕に言ったということもある。あの圧壊事件からこっち、思考誘導されてマザーへの敵意を逸らされていたことに嫌悪感が溢れて仕方ないのだそうだ。
そんな話をしていたら、その圧壊事件の”捜査”にやってきていたフィーネが面白そうにのたまった。
「なるほどねぇ~、精霊魔法の検証か…なんて美味しそうな気配しかしないのだろうね…よし、アロイス。ぼくが村に滞在している間…無理のない範囲でかまわないのだけど、ニコルを研修生扱いにはできないものかな?ぼくの捜査を実地経験するということにして、村の境界の外で”ダージェ”構成員の捕縛、焼却までの一連の猿芝居を手伝ってほしいのだよ。その後は構成員逃亡の痕跡調査という名目で、北東の荒れ地で練習し放題さ。どうだろうね?」
正直すっごくいい考えだと思った。既に方陣研究の要とまで言われつつあるフィーネは、検証作業にうってつけだ。
しかし、ナニカの扉を開けてしまったように見えるフィーネと二人ってどうなんだろう…僕は、また過保護なことを考えてるんだろうか…いやいや、教育者としては当然の心配だと思うわけなんですけど…
それに今現在ソファでニコルとべったりくっついてるから、余計にこう…妖しさ満点なんだよねー!!!
複雑な顔で返事に躊躇する僕を見て、フィーネはにっこり笑う。…わかっててくっついてるんだな、フィーネ…ヘルゲの眉間のシワ、どうしてくれるんですか…
「アロイス兄さん、私やってみたいなあ。2年間がむしゃらにがんばるってヴァイスでも約束したから、足踏みはできたらしたくないし…フィーネ姉さんなら絶対頼りになるもん。ダメかな?」
う…っ
わかってる…ニコルにこれ以上有益な申し出はないとわかってる…
( 輝る水、我らがいる。主がフィーネ殿を拒絶せずとも、行き過ぎた行動だと思えば止めるくらいの分別はある。安心していい )
うわ!慣れてないからびっくりしちゃったよ…うん、守護がそう言ってくれるなら安心だな。じゃあ、頼むね。
( 是 )
「うん、わかった。ハンナ先生にも明日話そう。維持セクトも養育セクトも研修制度はあるし、なんとかするよ。フィーネ、じゃあお願いできるかな」
「まかせてくれたまえ!!ニコル、ぼくはきっとお役に立つと思うよ。ぜひとも精霊たちの乱舞をぼくに見せておくれ」
「うん!こちらこそお願いします!がんばるぞーっ!」
「…俺も行く」
「休暇中の紅玉が捜査に加わるなど、不自然極まりないではないか。しかも君は猿芝居に向いていない事この上ない。痕跡調査で荒野に行くまでは、諦めておとなしくしていてほしいのだがねえ」
「ヘルゲ、フィーネが”捜査”の件を一任されているんだ。そこはガマンだと思うよ?」
「…わかった…」
翌日、ハンナ先生にこのことを伝えると愁眉を開いた。やはりフィーネの研究家としての実績が決め手だったようで、捜査の合間にニコルの精霊魔法を研究してくれるという話に飛びついた。すぐさま研修手続きをとり、ニコルはたいへん珍しい”軍部セクトの研修生”となったのだった。
「じゃあ行こうか、ニコル研修生」
「はい!行ってきまーす!」
二人ともとてもご機嫌でにこにこしているんだけど、フィーネの方はニヨニヨという擬音が当てはまるように見えてしまうのは…いや、もう何も言うまい。
「…アロイス、お前は心配じゃないのか…」
「守護から聞いてない?フィーネが行き過ぎた行動をしたら、ちゃんと止めてくれるって言ってるよ?」
「それは聞いた。だが、フィーネのあの顔…商店とかで群がってくる女とそっくりの症状だぞ。あれは面倒くさい、そして危険だ」
「…症状…ヘルゲ、それ本気で言ってるの?…ああ、本気なんだ、そうなんだ…だからこの過剰反応なのか…ああもう、フィーネとヘルゲを足して2で割ったらちょうどいいのになあ…」
「気持ち悪いことを言うな」
「うん、もういいよ…」
ヘルゲが”気付く”のは、一体いつになるんだろうな。
ニコル、がんばれ…