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133 ぼくの天使 sideフィーネ

  






「…ふん…なるほどねぇ…アンタらの事情は理解した。よくもまあ、私らに知られずそこまでコトを進めてたもんだね…ほとんど大詰めじゃないかい」


「エレオノーラさん、ほぼ察してたじゃんか…」


「それでも仕掛けがここまで進んでるなんて思うもんかい!まーったく、7つの分体にまでヘルゲの演算補助をさせる術式だって?本体に隠しウィルス仕掛け始めて5年経つだって?しかも移動魔法の改良と通信機の独自インフラ…これだからウチの腕白どもは目が離せないってんだよ!」



そう言うと、エレオノーラさんはヘルゲとコンラートとぼくを順々にじっくり見ながらニヤッと不敵な笑みを見せた。



「…バルト、軍上層部の抑えを頼むよ。白縹のマザー施設破壊事件の捜査担当にフィーネを指名、犯人は”タンラン”国の狂信的地下組織ダージェ。アルカンシエルの生体兵器白縹の生産施設を破壊、国力低下を目論んだ。ダージェの構成員は捕縛済だが、白縹境界警備隊の地下牢にて服毒自殺。拡散性毒物のため、緊急措置として高温焼却後埋葬となった。事件の経緯はフィーネの特殊能力により解明。…フィーネ、休暇を申請してたところで悪いが、こういうことはスピード勝負だ。後で辻褄は合せてやるから、移動魔法で村へ行って捜査のマネごとをしておいで」


「了解致しました。ご報告は中佐へ直接?」


「いや、捜査課のペヴィン准尉に報告しな。正式なルートで捜査したことにするんだからね。明日の朝、准尉からフィーネに正式依頼があるよう手配する。有給休暇は取り下げて、捜査に2週間ほどかかったフリでゆっくり骨休めしといで」



エレオノーラさんはウィンクすると、コンラートに向き直った。



「コンラート、最近のホデク隊長の様子は?紅玉にまだ注視しているかい」


「いンや。軍に引っ張り出してもう1年だし、あの簡易養育室を与えてからのヘルゲの働きっぷりはワーカホリック並みだ。俺の見る限りじゃバジナ大隊長もホデク隊長も満足してると思うっすよ」


「…問題は先祖返りの保護に集約される…か。ニコルって子を私らに会わせるって?」


「ああ、今はまだ学舎で授業中だろう。大佐と中佐の都合が良ければ、夕方にこちらへ連れてくる」


「ふん?会わせてどうする、その娘は守護が生成されているんだから基本的に安全だろ?軍でどういう使われ方をするか、それをどう乗り切るかはその娘次第じゃないのかい」


「エレオノーラさん、ちょっとよろしいですか?」


「なんだいフィーネ?」


「ニコルを単なる先祖返りの宝玉と見ては、軍が扱いを誤るのは必至。彼女は”世界の愛し子”なのですよ」


「世界の愛し子…なんだいそれは」


「マナに愛され、世界…いや、たぶん直接的には深淵に愛されていると言い換えても間違いじゃないはずです。彼女の真価は世界に愛され、世界を愛すことにあると、ぼくは感じます。その彼女を、大規模攻撃魔法に特化した今までの宝玉と同列に扱うことは…現在では唯一の至高の宝玉を壊すことになりかねません」


「…アンタにそこまで言わせるとはねぇ。だが、それなら戦場で使えないことになるね。軍に来ること自体が毒と考えるかい?」


「いいえ、それは問題ないでしょう。彼女が守りたいものは軍にある。拡大解釈すれば、軍を守ることに特化した宝玉として活動することに躊躇はないでしょうね」


「おーぅい、エレオノーラぁ!お前”思考深度”調整しろよお。その娘っ子に会えばわかるこった、考えすぎてんぞお」


「…あいよ。わかった、今晩連れてきな」


「わかった。ああ、それとこれを渡しておく」



ヘルゲは2つの魔石を取り出した。



「新型移動魔法の魔石だ。俺たちが持っているのは各自のマナ固有紋でロックされているが、この二つはロックされていない。ヴァイスの作戦上必要だと思ったら使ってほしい。取り扱いと管理は大佐と中佐に任せる。数が必要なら言ってくれれば作る」


「ずいぶん気前いいじゃねーかぁ?なんだよ賄賂でも渡して、緑玉の娘っ子に優しくしてくれってことかァ?」



ヘルゲは心底呆れた顔で大佐を見た。



「そんなものは必要ない。大佐こそニコルに骨抜きにされないよう気を付けるんだな。あいつは無自覚でオトしてくるぞ」


「がっはっはっは、俺がその辺の青臭ぇお色気娘になんぞやられるかってんだよ」



ぼくら三人は、顔を見合わせてから、大佐を気の毒そうな目で見てしまった。たぶん三人の胸中は一致していただろう。



((( 孫娘にメロメロになるんだろうな… )))








*****







夕方になり、ヘルゲがニコルを伴ってヴァイスに来た。

ニコルは初めてのヴァイス宿舎を珍しそうに見ている。


ああ…先日味わったものと変わらない芳醇な香り…ぼくを引き付けてやまない、生命のオーケストラ。ヘルゲが超絶技巧のソロ奏者だとすれば、ニコルは世界最高峰の楽団を率いる至高の指揮者だ!


おおっと、いけない…また鼻血を出したらヘルゲの警戒度が上がってしまうよ。



「ヘルゲ、中佐が呼んでいたよ。ニコルに会う前に、少々あの魔石の使用方法について相談があるんだそうだ。ニコルはぼくがもてなそう」


「…コンラートはどこだ…お前と二人きりにするわけにはいかん」


「コンラートと一緒でいいのかい?ホデク対策は?」


「もう俺が中央に戻って実績も叩き出してやった。問題ないだろう」


「そうかい、ならホデクを煙に巻くのはコンラートまかせでいいね。食堂にいれば二人ではないのだ、許してくれるかい?」


「…まあいい…」


「もー、ヘルゲ兄さん勘違いしてるよ!フィーネ姉さんは私に何もしません!ひどいこと言わないで!」


「おぉ…ニコル…君は天使だね。さ、一緒に食堂へ行こう。おなかは空いてないかい?ここのデザートはなかなかいい出来でねえ、ぼくは”わらび餅”と”白玉ぜんざい”が好物なのだよ」


「ほあぁぁ…わらび餅…ぷるぷる?」


「ああ、これ以上ないほどぷるぷるさ」


「行くっ 食べたいですっ」



苦虫を噛み潰したような顔をしているね、ヘルゲ…


ぼくとは”愛を乞う”技術水準に圧倒的差があることを痛感したまえよ。

年季が違うのだよ、年季が!

はっはっは、勝利を掴んだぞ!




食堂へ行き、わらび餅を一心不乱に頬張るニコルは可愛らしさの極致だ。幸せな気持ちで見ていると、コンラートがやってきた。



「お、ニコルちゃん来たか!ヘルゲはどうした?」


「ヘルゲは中佐と例の魔石の件で先行会議だよ」


「コンラート兄さん!ここのデザート最高だねぇ…私、ヴァイスに早く来たくなってきたよ…」


「だはは!食いしん坊健在だなー。俺も小腹がすいたから入れてくれー」



三人でわいわいやっていると、徐々に仕事を終えたヴァイスの猛者が帰ってくる。コンラートを見つけたカイさんとカミルさんも来て、だんだん賑やかになってきた。



「お、コンラートお前…二股か?」


「カイ、ぶっとばすぞてめー」


「カイさん、カミルさん、この子はニコル。まだ高等2年ですよ」


「お、よろしくな。学舎は楽しいか?」


「はい、皆仲いいんです。同期の4人でヴァイスの力になれるようにって、毎日訓練してます。入隊したら、どうぞよろしくお願いします」


「おぉ…素直でかわいいなあ…」


「だろ?カミルはヴァイスでオチた第一号だな」


「…カイもオチてるぞ。シンクロで確認した」


「ほんとにユニークの無駄遣いだな、兄貴」


「フィーネぇ、どしたのこの子。こんな子ウサギちゃんを野獣の巣に連れて来ちゃダメじゃないの~」


「ハイデマリーさん」


「え!ハイデマリーさんてレア・ユニークの!?ふああぁぁ、私ニコルですっ あの、ハンナ先生からお話うかがってます!あのあの、握手してもらえませんか…っ」


「もちろんよぉ~…ヤダこの子、かわい…フィーネぇ、ちょうだいこの子…連れて帰る…」


「ダメですよ、ヘルゲがぶちキレてしまいます。ちなみにぼくもぶちキレます」


「つかさー、ニコルちゃん…俺もレア・ユニークだぜー?」


「コンラート兄さんはいいの!ハイデマリーさんはかっこいいの!憧れてたの!」


「ぎゃっはっはっは、コンラート撃沈かよ!今年最高のギャグだな!」


「うう…ぼくもニコルにかっこいいと思われたかった…」


「フィーネ姉さんは可愛くて頭脳明晰ですっごいよ!私、大好きだよ、フィーネ姉さん」


「おぉ…ニコル…ぼくの天使…っ」



ガシッ



おや…急に視界が暗くなったよ。それとこめかみに激痛が走るのだがね…



「…フィーネもお前らもそこまでだ…ニコル、来い」


「はーい」


「…フィーネ、不本意だがお前も中佐が呼んでいる。行くぞ」


「ヘルゲ…伝言は感謝するがね、是非ともこの手を離してはくれないものかな。たぶんそこを破壊されるとぼくは死ぬんじゃないかと思うのだよ?」


「ヘルゲ兄さんっ フィーネ姉さんを頭だけ持って吊るさないでぇ!もげちゃうでしょっ!! ひどいことしないでって言ったじゃない!」


「こいつを野放しにした方が危険なんだが」


「危険じゃないってば!ヘルゲ兄さんは心配しすぎっ 少し加減というものを覚えてください!」


「おう、わかった」


(((( この子すげぇぇぇぇぇ! ))))




その日、ヴァイスにおける”猛獣使い”の称号はニコルのものとなった。



…ああ、大佐と中佐かい?


もちろんニコルにメロメロになった大佐が食堂で「ニコルに手ェ出すやつァ俺が相手だってのを頭に叩ッ込んどけよお前らァ!」と叫び、食堂から持ってこさせた数々のデザートを前に大喜びしたニコルを見たエレオノーラさんは「私たちのことはお爺ちゃん、お婆ちゃんとお呼び」と相好を崩した。


ちなみにエレオノーラさんを婆さん呼ばわりした猛者は、もれなく瀕死の目にあっている。ヴァイスでエレオノーラさんをお婆ちゃんと呼ぶことを許された唯一の存在がニコルということだ。さすがぼくの天使、特大の愛情を受けるにふさわしい。






  

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