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132 歩け sideニコル





翌日、私は屋内訓練場で朝から訓練しているオスカーに会いに行った。私は週末にほとんどアロイス兄さんの家へ泊りに行くので知らなかったけれど、オスカーは欠かさずにメガヘルと訓練していたのだそうだ。


ちなみにメガヘルはオスカーの部屋に引き取られていて、同室の男の子にもぬいぐるみというより”戦友”という扱いを受けているらしい…道理で最近、メガヘルが荒っぽい仕草をするようになったなあと思ってた…


武術の型はロックされているけれど、日常の仕草は日々データが蓄積されていて少しずつ変わっていく。最近ではヘルゲ兄さんそっくりだった面影もなく、座り方も大股拡げただらしない恰好になりつつある。


…ま、それでいいかなって思う。だって私たちの部屋にいたら、クネクネした動きになりそうだもん。



…いたいた。

オスカーとメガヘルしかいないや。

うぅわ…なんか緊張してきた…今さら返事なんてって、思われないかな…




「おー、ニコルじゃん。お前具合どうなんだよ?熱出したって?」


「うひゃう!うあ、うん、大丈夫っ 心配かけてごめんね、オスカー」


「そっか、ならいいんだけど。お前さ、意地っ張りもいいけど、具合悪い時くらいツレに頼れよ」



…純粋に私の体調を心配してくれるオスカーに、嘘をついてる後ろめたさが大きくなってくる…



「あ…あのね、オスカー。訓練してるところ悪いんだけど…もしよかったら話聞いてもらえないかと思って。あの、緑玉になったこととか、演習場での魔法のこととかも説明してなかったし…」


「おー、あれな!度胆抜かれたぜ、あの魔法!つか品質検査でいきなりとか、お前らしいよなー」



カラカラ笑うオスカーと、訓練場の隅にあるベンチに座った。

精霊魔法のこと、白斑の盾のこと、先祖返りのことを、昨日ユッテたちに話したみたいに説明する。オスカーも相当びっくりしてたけど、やっぱり収束のことになるとすごく納得したようだった。



「ああ、なるほどなあ。…お前、すげえ悩んでたけど…良かったじゃんか。そんなすげぇ魔法使えるやついないぜ?胸張って、堂々と宝玉だって言って歩けばいい。エゴンだって黙ると思うぞ?」


「あはは…まあ、その…エゴンのことはね、気にしても仕方ないって言うか…」



昨日の黒ミサのことはナイショですよ、ナイショ。

まっすぐなオスカーを進んで汚すマネなんてしませんよ…



「お前、甘いぞ?だからエゴンもつけあがるんだよ。とりあえず運動の時に、組手と乱取りは俺がエゴンのやつを狙い撃ちしてっからさ。けっこう痛い目見てると思うぜ?」



うーあ、もう既に黒かったー!!!



「…オスカー、これナイショね?」



ゴニョゴニョ。ゴニョゴニョ。



「ぶあーはっはっはっはっは!!それイイ!よっしゃ、偉い!」



ガシガシと頭を撫でられ、苦笑いしちゃう。

さて…もう他の話題には逃げられない…よね。



「あのね、オスカー。私、最近になってようやくその…自分の好きな人がわかった。誰に恋してるか、ちゃんと自覚しました」



オスカーは、目を丸くして動きを止めた。

それから、苦笑いしながら言った。



「ほんっと、おっせーなー。しょうのないヤツ。ようやくかよ」


「う…うん。それで…オスカーにちゃんと、言わなきゃと思って…」


「うん、わかってるって。ヘルゲ兄だろ?お前がそれでボロボロに調子崩してたのだってわかってるつもりだぞ、俺」


「う…ユッテとアルマも、オスカーはずっと前からわかってたって言ってた。私はつい最近気付いたのに…私ってホント鈍感なんだ…」


「ぶっは、落ち込むことねえだろ?自分のことより、他人の方がわかることってのはあるよ。俺だってそうだった。アロ兄は、俺より俺のことわかってたし、ヘルゲ兄も俺が肩に力が入ってることをちゃんと見抜いた。そういうもんさ」


「あのね、ヘルゲ兄さんて…本質的な愛情がわからない人なの。大切な人には過保護なほど優しいくせに、自分に向けられる愛情がわからない。実は自分が人に愛情深く接していることにも、気付かない。だから…いつかわかってほしいと、思ってる」


「…マジか。お前、前途多難だなあ」


「…うん。だからその…オスカーにだけは、知っててほしかった。なんで私がヘルゲ兄さんに恋しているのか」


「…そっかー。ま、お前が今さらカオで選んだって疑うやつなんかいないしな。表面しか見てない姉ちゃんたちなんて敵じゃねぇよ。…がんばれよ。俺が好きなニコルはその程度じゃ諦めねーだろ」


「…ぶ…そこで殺し文句かぁ~」


「ヘルゲ兄が”難攻不落”なのは今に始まったことじゃないだろ?いつか疲れ果てたら俺んとこ落ちてこねーかなー、と。お前よりいい女が出てこねー限りは、いつ転がりこんできてもいいぞー」


「そういうこと言われたら、意地でも転がれないじゃない…」


「当たり前だろ、お前がそういう性格だからこその作戦だし。絶対、落ちてくんじゃねーぞ」



またガシガシと頭をぐしゃぐしゃにされる。

泣いちゃだめだ。私はここで泣いちゃいけない。

オスカーの優しさに、甘えるな、ニコル。



「ほれ、泣くのガマンするなら部屋に戻っとけよ。あ、一個確認…男で一番の親友ポジションはアリなんだよな?」


「当然っ!オスカー以外にいるわけないでしょ!」


「よーっしゃ。俺はそこが最高の位置だ。もう気にすんな、仲よくやろーぜ」


「うん。…オスカー、ありがと…」


「おーう。んじゃ俺、もう少しメガヘルと訓練していくからさ」





「泣くな」って言いながら手の甲で頭を軽く叩かれた。

「泣いてないよ」と返した。

涙は溢してないもんね、涙目なだけだもんね、と自分に言い訳しながら。


”正のスパイラル”

そう思っていいですか、フィーネ姉さん。


私にもったいないほどの優しい男の子を、傷付けてでも。

それでも私はヘルゲ兄さんを追いかける、そう決めた。


これ以上、オスカーに甘えたら失礼だ。




「じゃあね、私ユッテたちと”エゴンをドゴン作戦”詰めてくる」


「そのネーミングだけは何とかした方がいいぞ…」



べー!と舌を出して屋内訓練場を出た。

顔を上げろ、歩け。






  

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