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130 世界の愛し子 sideニコル

  





兄さんたちの家に泊まり、いろんな…本当にいろんな話をした。


私はすっかり落ち着きを取り戻したものの、覚醒した緑玉…ううん、”自然の体現者”としての自分や、守護が当たり前に日常会話をしてくる脳内に、まだ少し困惑気味。


でも、未だかつてなく、地に足のついた気分になっている自分はとても気に入ってる。心に初めて地面が出現した時もそんな気分だったけど、それとは比べものにならない安定した気持ちに、何度も深呼吸したくなる。


あんなに獣じみた怒りから発生した”自然の体現者”としての覚醒を、最初は厭う気持ちがあった。でも…心が落ち着いてから改めてダイブした時に、そんな気持ちは吹き飛んだ。


草原では、なくなっていた。


ううん、草原は今でもある。

大木も、ある。

…木々が生い茂り、でも鬱蒼としているわけではなくて、手を入れて管理されているかのような森があった。静かな風が吹くと、楽しげにさわさわと囁く木々の声。それに合わせて揺れる、暖かそうな木漏れ日のシャワー。一際大きなスポットライトのようになっている場所では、ダイヤモンドダストのように輝く粒子が、光を反射して妖精のように踊る。


森の美しさに目を奪われていた私が守護に促されて歩き出すと、ケヤキの大木を中心にして、空には大小様々な浮島があった。幻想的な光景に息を飲むと、守護が私を乗せて浮島を回遊してくれた。



ある島では泉から滾々と湧き出る透明な水流が島を潤し、上空から森へ霧のような慈雨をもたらしていたり。


またある島では煌めく紅い結晶が林立し、空を焦がすほどの炎を吹き出したかと思えば大きな岩石が浮遊し始めたりと忙しい。


少し離れた島は、オレンジ色の果実がたわわに実る眩しいほどの果樹園。


そのすぐそばには”夜”を体現したかのように紫の帳が下りている。柔らかなシフォンのような薄い膜が幾重にも重なった、眠りを誘う安らかな場所。


深い蒼の湖がある島では、青い結晶でできた魚が縦横無尽に泳ぎ、ジャンプし、楽しくてたまらないと言うように遊び回っている。


ピンクの綿あめがぽわぽわと漂っているお菓子の国みたいな島には、なぜか毒々しい色をしたキノコの森がある。


冷気を湛えた隣の島は、スケートリンクのような湖。冴え冴えとした菱型の結晶がリズミカルに踊り、削れた氷が舞っては渦巻くので、眩しくてたまらない。


隣には黄色い大きなひまわりの花畑。太陽みたいなその花は、凛としていておおらかで、まっすぐ天に向かって伸びる。


若草の生い茂る島は、外縁に蔓科の植物がウネウネしていてユーモラス。でも淵から零れるように滴るツタのカーテンは、ため息が出るほど美しい。




…皆が、私の中にいる。

獣のような怒りを持った私でも、恥ずかしくて消えてしまいたい霞のような私でも、甘ったれた泥に浸かった私でも。皆がいるから…大丈夫だ。


乗り越えろ。顔をしっかり上げて歩け。一歩一歩、足跡を刻むように生きていこう。生まれたんだから、生きていく。なるように、なる。


よっし、私は、大丈夫だ!






*****






私の為に昨日早退したアロイス兄さんは、午後になると自分の品質検査へ出かけていった。ヘルゲ兄さんは、リビングでフィーネ姉さんやコンラート兄さんに通信して現状の説明をしている。フィーネ姉さんはヴァイスの大佐と中佐に早速呼ばれたらしいんだけど、ヘルゲ兄さんが「近いうちにニコルを連れて、全て説明しに行こうと思う。お前らが反対ではないなら、そのことだけを中佐に伝えておいてくれないか」と頼んでいた。

フィーネ姉さんは満足そうに頷き、コンラート兄さんも「ま、潮時だよなァ」と納得した様子だった。


私はそっと、通信中のヘルゲ兄さんに声をかけた。



「ヘルゲ兄さん…あの、二人に心配かけたことを謝りたいの。少しお話しちゃダメかな?」


「おう、いいぞ。こっちに来い。ニコルが話したいそうだぞ」



ヘルゲ兄さんはミニヘルの位置を少しずらし、私を隣にぴったりくっつけて座らせた。おまけに私の頭を撫ではじめる…


こ…これくらいで動揺したりしないんだからね!

いい匂いだなーとか思ってないよ、私!



「あの、コンラート兄さん、フィーネ姉さん…騒ぎを起こして…あと、ここ一年心配かけて、本当にごめんなさい。なんか緑玉になっちゃったし、これからもお世話をかけちゃうと思うんだけど…あの、見守ってくれたり、励ましてくれて、本当に嬉しかった。もう、私は大丈夫だから…ありがとう」



なんだか支離滅裂になっちゃったけど、二人とも優しい顔で聞いてくれていた。



『ま、ニコルちゃんは強いからよ。本気で心配なんてしてなかったぜ?どうせブンむくれながらも自分が悪いって自覚があって、それで落ち込んでたんだろー。それで緑玉になれるんだから、ほんと心配し甲斐のないやつだ。謝罪も礼も必要ねーぞ?』



ニヤニヤとコンラート兄さんは笑い、逆説的に「お前を信じてた」と言ってくれる優しさに胸が詰まる。



『うむ、ニコルは良い子さ。自分が嫌いで落ち込むというのは、自分がこうありたいと願う高い矜持の顕れなのだよ。落ち込みが深かったということは、それだけニコルの矜持が高いことを示す。これからも誇り高い女性でいてくれたまえ、ニコル。ぼくはそんな君が大好きなのだよ』



じわっと、涙がせりあがってくる。

必死に抑えながら、もう一度「ありがと…」と呟いた。



『時にニコル、ヘルゲが我慢できずに通信機”ミニコル”を作ったそうじゃないか?君にふさわしい、可愛らしいぬいぐるみなのだろう?ぼくは興味津々なのだよ、見せてはくれないかい?』



さりげなく話題を変えてくれる優しいフィーネ姉さんの声に、明るい気持ちを取り戻して元気に答える。



「うん!あのね、すっごくカワイイんだよ~。雪ヒョウのミニコル!見て見て、フィーネ姉さん!」


『おぉ…!これはニコルに似合いすぎだね…可愛らしさと美しさを兼ね備えた、崇高なモチーフだ。瞳も緑色とはね…ヘルゲもなかなかやるじゃないか』


「ふん、俺だってやればできる」


『お前、ほんとにニコルちゃんのことだけは真剣に見てるんだなー』



はっはっは、と笑うコンラート兄さんの不意打ちに、少し顔が赤くなるのを止められない…うう、でもそれは妹だからなのよ、コンラート兄さん…


私がなんとか赤面を鎮めようと心の中で奮闘していると、フィーネ姉さんの様子が少しおかしい…どうしたんだろ…



『な…なんだ…こんなマナは今まで醸し出していなかったではないか…ニコル、君は…ウソだろう…?』



ヘルゲ兄さんと私が同時にハッと目を見合わせる。

しまった…どういうタイミングでか知らないけど、まさか通信で守護を感じ取ったとか言う?こっちも「嘘でしょう?」といいたいんですが…


恐る恐るディスプレイに視線を戻すと、瞳を潤ませて頬を上気させたフィーネ姉さんが私を凝視していた。



えええぇぇぇぇぇ!

そんな扇情的な表情は通信波に乗せちゃいけないと思いますぅぅぅ!!!



コンラート兄さんはドン引きしていて、『ちょ…フィーネ、お前落ち着けよ…ニコルちゃんは女の子だぞ?』とか言ってる。

ヘルゲ兄さんは私を隠すように身を乗り出し、「フィーネ、お前…ニコルと二人きりにはさせんぞ…」と警戒するありさま。


どう聞いても細身で小柄なフィーネ姉さんに向ける言葉ではないけれど…でも、私も正直ちょっと怖いですぅ…




フィーネ姉さんはブツリ、と通信を切った。


あれ?と皆であっけにとられていると、背後からハァハァと息遣いが聞こえてくる…コンラート兄さんはガパン!と口を開け、『う…後ろ!後ろ!!』と恐ろしいモノを見たかのように指差す。


ふぉん、とヘルゲ兄さんのマナが渦巻いた。

恐々と振り返ると…そこには円柱状の結界に閉じ込められたフィーネ姉さんその人がいた…



「フィーネ…お前…」


「ニ…ニコル!!君は特有能力を持っていると聞いたが、その…そのマナは…っ! げふごふっ ぞのマナは…」


「きゃー!フィーネ姉さんっ 鼻血出てるっ たたた大変っ 」



呆れたような溜息をついて、ヘルゲ兄さんは「守護、ニコルに触れさせるなよ」と言いながら結界方陣を解除した。イヤそうにタオルを差し出し、フィーネ姉さんはようやく少し落ち着いてくれた。


…マナを感じて、鼻血…ですか…?



血まみれになったブラウスを洗うため、置いてあった私のパジャマを着てもらう。もちろん、客間で私と二人きりです…。ちょっとこわいけど、守護がいるからダイジョウブ…ダイジョウブなハズ…

生活魔法で水球を出し、その中でじゃぶじゃぶブラウスを洗濯していると、フィーネ姉さんは恍惚とした表情で話し出した。



「いやあ…興奮しすぎた、すまないねニコル…それにしても君…なんというマナを振りまいているんだい…愛に溢れていて、光に溢れていて、まるで生命いのちそのものじゃないか。君が世界・・に愛されているというのが痛いほど感じられる。君は世界の愛し子なのだねぇ…」



”愛し子”…

そういえばおじいちゃんが、昔私をそう呼んだような。



「フィーネ姉さん…私ね、いろいろあって…とても特殊な魔法も使えるようになったの。フィーネ姉さんがそれを見たいならいくらでも見てほしいし、どうして使えるのかはわかる範囲でちゃんと話すから…今度、時間がある時に聞いてくれるかなあ?」


「…ああ、もちろんだとも。ぼくの方から頭を下げてお願いしなきゃいけないくらいだ。…それにしても、だ。なんという辛い体験をしたのだい、君は。ぼくがもしソレを体験すれば世界の愛し子になれると言われても、なかなか踏み切れないほどの痛みだ。…たいそう辛かっただろう、君は強い子だ。…まあ、ヘルゲへの強い愛情ゆえ、とも言えるかな?」



ふふふ、と笑うフィーネ姉さんには、揶揄するような雰囲気は微塵も感じられなくて。ただ、「幸福」を味わう満足げな微笑みだった。



「フィーネ姉さんは…私が何を視たか、わかるの?」


「いいや、ぼくはマナの奏でる音に耳を澄ますのみ。君がその能力を手に入れる過程に思いを馳せた瞬間の、引き裂かれるような悲しみと痛み、そして無力感…そういったものが、ぼくを震わせる。そしてその愛情の深さが、ぼくを穿つ。ねえニコル、君のその体験が…きっと誰かを救う糧になる。それは君ももう、わかっているね?」


「うん…うん、フィーネ姉さん。大丈夫、わかってるよ。…なんで私の周りって、こんなに優しいんだろう…皆が大好きで、私はこんなに幸せで。いいのかなあって時折思うよ」


「ははは、ニコルは幸せすぎて怖いのかい?それはね、因果応報と言うのさ。何も悪い事をしたやつにだけ使う言葉じゃないだろう?君が周囲に与えた愛情が、素直さが、暖かさが、君に還ってきているだけさ。負のスパイラルの反対、正のスパイラルだね。何も怖いことなどないよ、遠慮せずにどんどん空へ駆け上がるといい」



乾かしたブラウスに袖を通し、さも当たり前だとでも言うようにフィーネ姉さんは語る。私がその言葉にどれだけ救われているのか、わかっているのかな。


着替えたフィーネ姉さんと一緒にリビングへ戻ると、ヘルゲ兄さんは私の肩を掴んで「何もされなかったか?」と真剣な表情で聞いてきた。



『おーいフィーネ、お前さっさと戻ってこいよ。中佐のトコに行くんだろー?』


「おお、そうだったね。いやあ、興奮していきなりお邪魔してしまい、申し訳ないね。では週末からしばらくこちらに来るつもりだから、またその時に。ではね、愛し子。ぼくも君を愛しているよ」



きゅっと私を抱きしめたフィーネ姉さんは、直後にヘルゲ兄さんのアイアンクローをもらいながらゲートに放り込まれた…






  

”ひまわりの島”はオスカー。

現状、イエロートルマリンになれるか…?といったところ。

髪は鋼色、暗めの銀灰色です。


”若草が生い茂る島”はリア。

リア先生は黄緑色の瞳、ペリドットの到達認定者。

色の濃い金髪でパッと見クールビューティなのですが、

あの性格が災いして…ゴニョゴニョ。

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