129 ニコルの会議初参加 sideアロイス
僕がリビングのソファに座ってダイブすると、昨日見た盾の一つが水壁の外で煌めいているのが視えた。…バイパス伝いに来たなら、鍵付きの部屋に入っててくれればいいのに~…
( 輝る水、直接話すのは初か。我らは主ニコルの守護だ。以後よろしく頼む )
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますね。入っててくれてもよかったんですよ?」
( いや、我らもこの状態になってからは初めて壁ありの世界に入るのでな。礼儀が重要かと )
「あはは!なるほど~、それはご配慮ありがとうございます。それと…ニコルを守ってくれて、感謝しています」
( それが我らの存在意義。礼には及ばない。昏い火も輝る水も、共に主を守る守護者だ。我らに遠慮は無用 )
「そっか、じゃあこれからもよろしく。ところでいろいろ説明してくれるって聞いたんだけど…」
( 是 まずは主の現状を伝えよう )
こんな感じに、妙に礼儀正しい元おじいちゃんと僕は話を進めていった。ニコルが使う精霊魔法について。守護の力について。今後のニコルが軍でどういう扱いになるかをヘルゲも憂慮していたということについて。また、ヘルゲにはこれを伝えてはいないのだが、と前置きをして守護はこんなことを言った。
( 昏い火は、自分は”真の望み”と同化しているから充分だ、主を守れと言った。だが、昏い火が同化した”深淵の意志”は、集まり始めて間もない時点で破壊され、それ以上の成長ができないままだった )
「つまり…ヘルゲは完全ではないってことかな」
( 是 しかし主が昏い火をなおすことができれば…深淵の意志が再び集うことが可能になる。昏い火は己自身を使って主を守ることに躊躇がない。現状は物理的に攻撃力も防御力も申し分ないが、昏い火の弱点は心への攻撃だ。敵対者マザーに数回の”施術”をされてもなお生き残ったことは称賛に価するが、次に同等かそれ以上の攻撃を受けた時に無事でいられる保障は何もない )
「…ヘルゲは、薄氷の上を歩いている状態っていうことなんだね。それを防げるのは君たち…ニコルだけ、かな?」
( 是 ”自然の体現者”は主しか現存していない。昏い火をなおす能力は、主しか持っていないのだ。それを、輝る水に知っていてほしかった )
「うん、よくわかった。覚えておくよ。あ…それとね、一つ謝らなきゃいけないと思ってたんだ。…ニコルをこの一年、救えなくて…収束のことを理解してあげられなくて、ごめん…」
( 輝る水、勘違いするな。輝る水ならいつかわかると言ったのは、マナ収束のことではない。覚醒した主が取るべき”舵”は…船に乗った、これからの話なのだから )
ゾクッとした。ニコルが苦労するのはこれから、と守護は言っている。ヘルゲの命が実は危うい状態なのだということも大概怖い情報だったけれど…でも、それでも僕らは。
「守護、それでも僕らは止まらないと思う。ヘルゲとニコルを守るのを、助けてほしいんだ。僕だけでは到底力が足りない」
( 是 …昏い火も輝る水も、同じ事を言う )
くつくつと守護は笑うと、腹に響くような声で”宣言”した。
( 昏い火と輝る水は主と同等の守護対象であり、同時に主を共に守る守護者だ。我らの存在意義は守ること。…安心していい )
「うん、頼りにしてるよ。あ、それとね。志を同じくする”同志”にだって、遠慮はナシだよ。次から僕の中に来る時は、ノックも何もいらないから勝手に入ってくること!」
( 是 )
楽しそうに虹色の光をばら撒く守護は、また笑いながらバイパスを通って帰っていった。
*****
ダイブアウトすると、僕の体にはタオルケットが掛けられていた。うわ…そういえば、普通ダイブする時ってうっすらと外界のことも感じるものなんだけどな…ほとんどそういう感覚を遮断してたっぽい。
気付くと視界は少し斜めになっていて、右肩は暖かくて柔らかい…誰かに寄りかかってるのか、僕!?
ガバッ!と起き上がると、のんびりしたニコルの声が右から聞こえた。
「ほぇ…アロイス兄さんも長かったね~、私ウトウトしちゃったよ…」
「…ニコル、踏ん張りが足りないぞ…俺が潰れたらどうしてくれる」
「ん~、なんかサンドイッチ状態が気持ち良くて、つい…」
どうも僕は右側にいたニコルに寄りかかり、ニコルもそのまま眠くなって右側に倒れかけ、それを発見したヘルゲが慌てて手で押さえたが傾きが直らなくて、仕方なく座って支えていた、ということのようだ。
「あらら…ごめん二人とも。なんか守護と話してる時って外界の感覚が遮断されてて…倒れかかってるのがわからなかったよ」
「ああ、それはあるな。守護だけあって、そういった守りが強いんだろうな」
「守護が”申し訳ない”だって~」
のんびりしたニコルの声に、思わず吹き出す。
「なんか…気が抜けるなぁ~。けっこうヘビーな話もあったと思うんだけど」
「ああ、そうだな。それと…ニコルが軍でどういう扱いになるか、という話だがな。ニコルももう一緒に話した方がいいだろうと思う」
「あは、ようやく仲間入りだなー、私。宝玉になってよかったあ」
「…それもそうか。ニコル自身のことだもんね」
「それについてなんだがな。軍の白縹特殊部隊…ヴァイスは知っているな、ニコル」
「うん、習ったよー」
「そのヴァイスのトップには、バルタザール大佐とエレオノーラ中佐という夫婦のブレーンがいる。中佐は知略の権化と言われるほどの人でな。たぶん今回の養育室圧壊について、ニコルのやったことだろうと推測される可能性が高い」
「あー…そこまで読む人なのか。僕らのこともほとんど分かっているようなこと言ってたもんね…」
「ああ、フィーネもほぼ確実だと言っているからな。…俺は、彼らに一連の話をしてもいいと思い始めている」
「…僕、ヘルゲは最後まで話すことに反対すると思ってたよ」
「ああ、本当なら巻き込みたくないのは変わらない。だが…話さないことで守れることがあると思っていたが、あっちがどんどん推測を確信に変えて動いてしまうのでは…思わぬところに危険があっても気付けないかもしれない」
「うん…そうだね…話すことが危機回避になる…そうかもしれない」
「ねぇねぇ、その人たち、信頼していいよ」
「「!?」」
「えっと…バルタザールさんとエレオノーラさん…うん、大丈夫。あったかいよ、その人たち。それに…うーわー、心がおっきいなぁ…絶対大丈夫」
「…ニコル?なにそれ、守護情報?」
「うん。守護がね、深淵から見た二人の”星”の映像見せてくれた。太陽みたいだよ。きっと私たちのためにならないことなんてしない。話した方がいい」
僕とヘルゲは顔を見合わせて、ガックリした。
僕ら、ここ一年それを悩み続けてたのに…こんなにアッサリ…
「…まだ卒舎していないが…ニコルを直接大佐と中佐に会わせた方が早いのかもしれんな。ニコル、キラー属性を思う存分発揮して骨抜きにしてやれ」
「らじゃー!あはは、きっとこの人たちとは仲良くなれるって自信あるよ。ディルクさんとドーリスさんみたいにあったかいもん」
「あぁ、確かにあの二人と似てるかもしれんな」
「そっかー、じゃあそれをコンラートとフィーネにも伝えないとね。二人と通信で話そうか?」
「そうだな、概要は通信で伝えておこう。だが近々移動魔法でこっちに来るぞ」
「うは、ナディヤ姉さん喜ぶね!フィーネ姉さんにも会いたいなぁ~。アロイス兄さん、フィーネ姉さんがいる間に女子会っ あ、女子だけじゃないか、とにかく屍の宴っ」
ハフハフと息が荒いニコルは、涎が垂れそうな顔でおねだりしてきた。うーん、ヘルゲとは別方向の残念宝玉になりつつあるなぁ、この子。まあいいか、可愛い妹のおねだりには弱いからね、僕。
「はいはい。もう全員呼びましょう。じゃあナディヤにもお願いして、コンラートの家で料理作ってもらおうか。移動魔法でうちに運べば安全でしょ」
「…移動魔法って一応禁忌なんだよね?料理のデリバリーに使うとか、すっごいゴージャス…」
「禁忌で思い出したぞ。ニコル、お前フィーネに纏わりつかれるからな、覚悟しといたほうがいい」
「は?何で?」
「…あ、そっか!…ニコル、フィーネは方陣が大好きなの知っているよね。でね、今まで味わったことがなくて追い求めている魔法の中に、古代魔法があるんだよ」
「あ~…精霊魔法…でも、それ見せてあげれば済むってことかなあ」
「甘いぞニコル。守護も覚悟しとけよ、お前のマナを感じて味わい尽くすまでニコルを離さないだろうからな。まあ、俺もニコルが食い尽くされない程度には気を付けるが…」
「えぇぇっ 何それ、食べかけくらいなら放置ってこと!?意味わかんないよう、どうやって身を守ればいいのぉ!?」
「ちょ…ニコルも守護も落ち着いてよ!守護も何を本気で警戒してんの、盾しまって!本当にフィーネが人食いするわけないでしょうが!」
乳白色の盾がヴォンヴォンと唸りを上げながら回遊する。
…意外と守護もアホの子なのか、それともノリがいいだけなのか…昨日見た時より勢いがあって、なんだか本気っぽいから呆れる。
マザーよりフィーネを脅威に思うってどんだけだよ…
「うぅ…だってヘルゲ兄さんが怖い言い方するから…それとアロイス兄さんに守護から伝言。”アホの子ではない”って」
「うぇ、思ってること伝わっちゃうの?」
「私以外ではアロイス兄さんとヘルゲ兄さんから一番影響を受けてるから、何となくどう思ってるかわかったみたい。ていうかアホの子って私も?ヒドくないかなアロイス兄さん…」
「まあ、ニコルも俺の最初の苦労を思い知るといいぞ。俺はあの時、生贄状態だったからな…あと数分遅かったら、対人コミュニケーション担当が再起不能になっていた…」
「えぇ…そんななの…?」
遠くを見るような生気のない目になった紅玉と、フィーネへの恐怖で目の光を失いかけた緑玉。…僕の中で、宝玉に対する憧憬が崩れたような気がした。