127 残念メンタル sideヘルゲ
俺はニコルを寝かしつけてアロイスと話した後、ヴァイス宿舎の自室へ戻った。固有紋索敵をしたが、コンラートもフィーネも戻っていないようだ。取り急ぎ、ニコルがマザーに先祖返りだと嗅ぎ付けられていないかを探るために侵入用端末を起動させる。
…どこもかしこも、新しい宝玉が出現したことしかピックアップされていない…念のため中枢へも侵入したが、マザー内に怪しい動きはなかった。
どういうことだ?
白斑があったからニコルはずっとC判定だった。
あの時は盾が発動して瞳から出ていたから、ニコルの瞳は緑一色だったんだと解釈していたんだが…違うのだろうか。
じいさんにでも聞いてみた方が早いかもしれんな。
お…コンラートもフィーネも戻ってきて、食堂にいるな。
俺もメシを食うか。
…くそ、アリバイ作りとは言え、今日はアロイスのメシだと思ってたのに…
食堂で二人に目線を送っておいた。これで二人には俺が呼んでいることくらいならわかるだろう。
*****
「…は?マジか。とうとう緑玉かよ…」
「ニコルはヘルゲのような苛烈な魔法を使うようには見えないがねぇ。しかし”凪いだ津波”とはまた…興味深い矛盾だね。しかも収束しないというのは、どう解釈したものかね」
「ああ、それは本人に聞けば分かるかもしれんし、本人もわからないかもしれん。それとな、フィーネにはまだ言っていないことがある。俺とニコルは生まれつき精神構造が特殊でな。便宜上”先祖返り”と呼んでいるんだが、それに特有の能力がある。それが今回暴走して、白縹のマザー施設の一角を圧壊させたんだ」
「…なんと…それでニコルはどうなったんだい?まさか捕縛されてはいないだろうね?」
「移動魔法が完成したところだったんでな、圧壊した施設からは秘密裡に連れ出して、アロイスの家にいる。俺が連れ出した時のマナの残滓は始末したが、念のためアリバイ作りにいったん戻ったというわけだ」
「…ビットか?」
「そうだ」
「ビット?それがニコルの特有能力かい?」
「ああ。…もしかしたらフィーネは実際ニコルに会った方が、どういうことなのかすぐにわかるんじゃないか?これはお前ら用の移動魔法の魔石だ。マナを流せばどういう構造かはすぐにわかると思うが」
「おぉ…!これはまた…素晴らしく磨き抜かれた方陣ではないか…!あのカビ臭い魔法を、よくもここまで昇華させたものだね。…ほうほう、なるほど…ん~、素晴らしい食感だ…!通常の座標設定に加えて、自分がより強くイメージできる場所にはさらに精密な補正がかかるようになっているではないか。近距離もかなりの精度でいけるとはね…コンラート、これがあったら君は仕事上、無敵も同然だな」
「うあー、それを言うな…俺も思ったけどよ。ま、シュヴァルツごときの仕事でそんな大サービスしてやる義理もねぇよ」
「まあ、俺は1か月の休暇を村で過ごすつもりだ。お前らもそれがあればすぐに来れるだろう。ヒマがあったら来い」
「ぼくは次の週末ですぐに行こう。というか、ぼくもそろそろ有給休暇を取ってもいいな…せっかくアパルトメントを入手したのに、何も家具を揃えていないしねえ」
「うぇっ 任務あんの俺だけかよ!?くっそー、あと1週間はかかりそうなのによ…移動魔法使って、ほんとに力技で短期決着しちまおうかな…」
「ま、移動魔法を使った痕跡はごまかせるように仕込みはしてあるが…目撃されたらそこまでだからな?」
「おーぅ、了解。さっさと片付けて、俺も一週間の規定休暇取るわ」
「ああ、ところでヘルゲにコンラート。ぼくは思うんだが…ニコルが緑玉認定となった日に白縹のマザー施設で謎の圧壊事件。この事象をエレオノーラさんが繋げて考えないという可能性は捨てた方が賢明だと思うんだ。…どう対応するべきか、意志統一したほうがいいと思うんだがね」
「…そりゃ言えてるな…」
「…そうだな。後で戻った時にアロイスにも聞いておこう。二人とももし大佐と中佐から呼び出しがあったら連絡してくれ。俺も戻る」
「おう、わかった」「了解だよ」
「じゃあ、俺はアロイスの家へ戻る。後は頼んだぞ」
もう深夜だ。ニコルたちも寝てるだろうし、部屋へ直接戻ればいいか。
ゲートをくぐり、静かに荷物を置く。…しかしやはり移動魔法は便利だな…侵入用端末も持って来れたし、戦場へ行く時のように荷物の大きさを制限しなくて済む。
あー…今度から戦場でレーションのマズさにぶち切れたらこっちに戻ってきてアロイスにメシを作ってもらおう。いいぞ、移動魔法。今度フィーネに一つセンテンスを教えてやってもいいくらい便利じゃないか。
…?
リビングから話し声?…まだ起きてたのか。
「もうねぇ、私が言うのもなんだけど!ヘルゲ兄さんはニブちんにも程があると思うのっ だって普通、あれだけモテたら少しくらい”俺はいい男だ”っていう自覚があってもいいと思わない!?超越しすぎで、逆に残念メンタルだと思う!」
「まあねぇ、でもそれを鼻にかける男なんて、ニコルは好きじゃないでしょ?」
「そりゃそうだけど!でもでも、もったいなさすぎだよ!しかもピンチの時にはすぐ現れてさ、『俺に付いて来い』みたいなこと言うとか反則!絶対あれは反則なのっ」
「あはは!確かに~。まさに”みんなだいすき!ヒーローのおはなし”だねー」
「ねぇねぇ、それアロイス兄さんたまーに言うけど、なぁに?」
「ん?金糸雀の童話のこと、ヘルゲから聞いてない?」
「うん、聞いたけど…」
「…あ、もしかして書籍そのものは見せてもらってないんだ?」
「見てないよー、ヘルゲ兄さんがお話ししてくれただけだよ?」
「くっくっく…じゃあ見せてあげようかなー…表紙だけでニコルは腹筋崩壊するほど爆笑できるはずなんだよね~……って、うわぁ!!ヘルゲいたの!?」
「…見せたらお前のご自慢の包丁の刃が鉄球になってても知らんぞ、アロイス…」
「あはは…了解…」
「ニコル…ずいぶん楽しそうだったな…?」
「え…?えっと…あの…えへへ?」
「ちょっとミニコルを大改造してやろう…そうだな、ニコルが宿舎に帰ったらすぐに走り出して、オスカーの下着でも咥えて戻ってくるようにしてみようか…」
「きゃああああっいやああああっ!ごめんなさいごめんなさいっ ていうかなんでそんなにアロイス兄さん風味のお仕置きなの!?しかもちょっと今デリケートな問題のある人にダイレクトアタックとかやめてー!!」
「俺はニブちんなんでな…デリケートな問題など知らん…」
「うわあぁぁん、ごめんなさいってばぁ~!」
縋ってくるニコルは面白いし可愛いのだが、俺は地味に”残念メンタル”の言葉にショックを受けていた…




