125 贖罪 sideニコル
目が覚めると、もう真っ暗だった。
…どれくらい寝ちゃったんだろう。
明かりを点けて、ささっと乱れた髪を手櫛で直す。
バレッタを着けようとして…隣に可愛らしい雪ヒョウのぬいぐるみが置かれているのに気付いた。
『 誕生日おめでとう、ニコル H 』
これ…通信機なんだ…もう魔石が入ってて、私のマナを注げば稼働するようになってる。でも、私の誕生日は数日先で。
…そこまで考えて、でもこの言葉は今日にふさわしい気がしている自分に気付く。私は、昨日までとは全く違うニコルになった。苦しかった一年は無駄ではなかったのかもしれない。でも、この一年をたかが”苦しい”だけで乗り切ることができたのは…間違いなく、アロイス兄さんのおかげだった。
私はアロイス兄さんにもらいっ放しで、そのくせ甘えっ放し。何も返せていない。嫌われちゃうかな…ううん、アロイス兄さんはそんな人じゃない。私が意地っ張りを炸裂させてた真っ最中に聞こえた、大木からの声は忘れない。
どうすればいいだろう。私に今できることなんて、できるだけ素直に、正直に、全部話すことしかない。そうしたら、さぼる度に言われていた「心配をかけるようなことをしたら、説明する義務がある」っていうことを…その義務を果たせるのかな。そうしたら、許してもらえるかな…
そうっと、静かに客間を出た。
ダイニングに明かりが点いてる。覗いてみると…アロイス兄さんが草臥れたメモを見ながらため息をついていた。あれは、私が母の轍について書いたメモ。あんなになるまで、ずっと持っていたんだ。私が収束に悩んでることを気にして、なんとか解決しようとして、ずっとずっと考えてくれてたんだ…
申し訳なさで、泣きそうになる。
…だめ。泣けば許されるようなことじゃない。
甘ったれるな、がまんしろ、ニコル!
ぐい、と袖で涙を拭ったら壁に腕をぶつけて、アロイス兄さんが私に気付いた。
「…起きたの、ニコル。調子はどう?」
「ん、なんともない。…ごめんなさい、騒ぎを起こして…」
「それは大丈夫だから、安心して。おなかすいてないかい?」
「あ…そういえば、おなかすいた。アロイス兄さんのごはん食べたい…」
「はは、今あっためなおしてあげるから。座って待ってて」
ちょ…私、どんだけアロイス兄さんのごはんの誘惑に弱いのよ…
だめだぁ…やっぱりおなかすいた。気付いたら、足の力まで抜けちゃいそう。
でも…これだけはちゃんと言おう。
話を聞いてくださいって、誠意をもってお願いしなくちゃ。
怖いけど、できれば許してほしいし…
許してもらえないかもしれないけど、誠心誠意謝って、いつか許してもらえるようにしなくちゃいけない。それが私の、義務だ。
ちょっと手が震える。
アロイス兄さんに直接さわれなくて、シャツの裾を掴んでしまった。
ん?と振り返るアロイス兄さんの顔が優しくて、また泣きそうになるから…俯いて、背中に額をつけて、顔を隠した。
「…どうした?なんか淋しくなっちゃったのかな。ヘルゲならまたすぐ戻ってくるから、安心していいよ?」
…うああ…私が甘える時は、ヘルゲ兄さんに会いたくてたまらないんだって思われてるんだ…そりゃそうだよねぇ…ここ一年の所業を考えたら、当然の誤解だった…
頑張れ、私。
黒歴史が恥ずかしいのは当たり前!自分のせいなんだよ、これは!
「ううん、違うの。アロイス兄さんに…謝りたくて。私ずっと、遠くにいるヘルゲ兄さんに会いたいってそればっかりで…近くでいつも守ってくれてたアロイス兄さんに甘えて、困らせて、ワガママ言って、意地張って、心配させて…一番私のこと、考えてくれてたのに。アロイス兄さん、大好きだよ。ちゃんと全部、話すから。だから…聞いてくれる?」
ちょっと声まで震えちゃう…これで精いっぱい伝えたつもりなんだけど…言葉、足りてるかなあ。
そっとアロイス兄さんの表情を窺おうと顔を上げると、ちょっと涙目になったアロイス兄さんが嬉しそうに笑う。
「ん、もちろん。ちゃんと聞くよ。…お帰り、ニコル」
…アロイス兄さんには…わかるんだ…私が泥から這い上がって、兄さんたちのところへ戻りたいって思ってること…
ううん、”戻ってきた”って思って…だから”お帰り”なんだ。
私は心底ホッとして、そして黒歴史の恥ずかしさに負けずにキチンと話そうって心に決めた。…もちろん、ごはんを食べてパワー充填してから、ですけど。