表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/443

124 奇跡の確率 sideニコル

  





懐かしい、匂いがする。


愛しい、気配がする。



ここに居るはずのない彼のことを恋しがるのはやめて、相応しい自分になることを考えようって、今朝思ったばかりなのに。私は、気が狂ったのかもしれない。怒りに呑みこまれて、獣になってしまったから。愛しい人のことばかり考えて現実から逃亡する、浅ましい獣になってしまったのかもしれない。


気持ちのいい、手の感触までする。


バレッタを外し、髪を梳いてくれる優しい手。


どれだけ彼の感触に飢えてたんだろう。

こういうのって何て言うのかなあ、幻触?そんな言葉あったっけ…



「ニコル、来い」



…幻聴…

ああ、でも…抗えない。

これが気のふれた私の作った幻だったら、消えた後のダメージが怖いな…


そっと、顔を上げた。


嘘みたいに、本物そのもの…



まさか。でも。



「ヘルゲ…兄さん…ほんもの…?」


「ああ。迎えに来てやったぞ。来い」



『来い』

そう言っては、落ち込んだ私を食堂から連れ出したヘルゲ兄さんを思い出す。…これが例え幻覚でも。もう、何でもいい。会いたかった…死ぬほど会いたかった。


ヘルゲ兄さんに抱きつく。

あったかい…あんな、死んでもおかしくないような目にあったあの子を見たから。ヘルゲ兄さんが死んでしまったような気持ちになっていた。生きてる。ヘルゲ兄さんは、生きてるんだ。



「…じいさん、この盾は消せるか。ニコルは俺が連れて行く。もう心配ないぞ」



( 是 )



…なんで、君が言うこと聞くのかな?

さっき私のこと、“主”って言ってたのに。


ヒドいじゃない、という気持ちになって拗ねると、守護が答える。



( 昏い火と輝る水は主と同等の守護対象。同時に、主を共に守る守護者ガーディアンでもある。昏い火は主を傷つけない )



あ、そ…

なんか釈然としないけど。

でも…ヘルゲ兄さんの体温が心地いいから。

あんまりにも安心できるから。


今は、ドロドロに甘やかしてほしい。




*****




ヘルゲ兄さんは少しだけ歩くと、私をベッドにおろした。


…は?ベッド?あれ、ここアロイス兄さんの家の客間…


今、数歩しか歩いてないよね?

やっぱり幻覚かなぁ、コレ…

やだな、目が覚めた時のこと、覚悟しておかなきゃ…




カチリ、と音がするのでそっちを見ると、私のバレッタがそっとサイドテーブルに置かれていた。ベッドがギシリと揺れて、隣に腰を下ろしたヘルゲ兄さんが私の頬を拭う。



「…アロイスに連絡してくる。その後で飲み物も持ってきてやるから、横になってろ」



そう言うと、部屋を出て行った。

…随分長い幻覚だなぁ…

守護はやりすぎだと思うよ、いくら私の望みを叶えるのが存在意義だとしてもさ。覚めた後の衝撃を考えてよ…立ち直れなくなっちゃうじゃない。



( …主、我らにそんな機能はない。守護対象の主に、再起不能になるほどの衝撃を与えてどうするのだ )



…へ?幻覚じゃ、ない?あのヘルゲ兄さんは…本当に本物なの?



( 是 )





うぅぅっそおぉぉぉぉぉ!!

んなっ なんでヘルゲ兄さんがいるのっ 


だっ だって、私マザーの施設にいたよ?

少ししか歩かなかった!

数歩でこのベッドまで来たっ!



( 昏い火は移動魔法を使ってここへ主を連れてきた )



い…移動…魔法…

例の、フィーネ姉さんが秘密裡に入手したっていう…

ああ、なるほど…すごいタイミングだった気がする…けど。



…あはは…

ほんと、すっごいタイミングだった。

いつも、そう。

私が「もうダメだー、心が折れるー」ってなると、スッと現れる。


なんなの、もう。

これって惚れない方がおかしくない?


あんな痛い思いをした直後とか。反則だよ。


実際に痛い思いしたのは、あの子だけど…

私は、叫んでただけだったけれど…


助けられた、かなあ?

もうあの子、泣かなくて済むかなあ?


( …通称“先祖返り”が今後生まれた場合、昏い火と同等の養育プログラムにかけられる可能性は83.33%あった。…主は、泣くはずだった子供を救っている )


えぇっ そんなに…可能性が高いの?


( 是 守護ガーディアンが生成されるのに要する期間は、生後約5か月が平均。生成前だと“心理層特殊体”と看破され、施術される。さらに、最初の施術で蘇生できずに死亡する確率は約75% )


な…じゃあ…もしかしてヘルゲ兄さん以前にも…いたの?海持ちの子が?その死亡率って…実際に死んだ子がいなきゃ、算出できない…よね?


( …是 昏い火以前に3名いた。主は奇跡的に難を逃れた。検査直後の生まれである主は、完全に我らを生成する時間を持てた。そして昏い火は…奇跡的に蘇生が成功した )




背筋がぞくぞくする。肌が粟立つ。私も、ヘルゲ兄さんと同じ…

ううん、きっと最初の施術で死んでた可能性が高いんだ…


私とヘルゲ兄さんが出会えたのは、ほんとに奇跡に近い確率だったんだ。

私が恋をした人は、九死に一生を得た人だったんだ。



大切にしよう、この恋を。

生きているうちに、ちゃんと伝えたい。

あの温かい体温が、間違いなく存在するうちに。




*****




いつの間にか、部屋にヘルゲ兄さんが来ていた。

…あぁ、嬉しいなあ…本物だ…



「…やっぱり夢じゃなかった。ヘルゲ兄さんだ」


「なんだ、夢だと思ってたのか」


「うん、だって…会いたくて仕方なくて、いつも夢に出てきてたから」


「そうか。ビットの盾を出したのは、憶えているか?」



…あ、ああ…守護のことね。

しまった…すっかり忘れてた、私あの養育室を破壊しちゃったんだった。


そういえば、私って…今朝と今では180度、精神状態が違う。

あんなに荒れ狂うような怒りの獣を内に秘めてたとは。


それに、非力で嘆いていたとか…うーん、急にあの“泥に沈んでた日々”が自分の黒歴史に変わった自覚が出てきた。たった昨日までのことなのに…現金だなあ。



「…うん。なんか、久しぶりに目が覚めたみたいな気分。半年か、もっと長く、暗い迷路を歩いてるみたいな気分だったから」


「そうか、それは寝過ぎたな、ニコル」


「あはは…ヘルゲ兄さんが、コンラート兄さんみたいな冗談言ってる」


「一緒にするな」


「あはは…ふふ…おっかしい…」




なんだか急に、ヘルゲ兄さんが愛しくてたまらなくなった。

冗談を言うなんて。

私を笑わせてくれるなんて。

ああ…ヘルゲ兄さんは、生きてここにいる…



「ヘルゲ兄さんに、会いたかった。ヘルゲ兄さんに、触りたかった。ヘルゲ兄さんが、好き。もう離れているのは、イヤだよ…」



するりと、言うことができた。

照れるとか、意地を張るとか…そんな無駄なこと、してるヒマないもん。

今、伝えたいことがあるの。



「…俺も、ニコルが好きだが。何で今さらそんなことを言うのかわからん…お前も、軍に来るんだろう?」


「あはは、そっか。ヘルゲ兄さんはそういうの取られちゃったから・・・・・・・・・わかんないか」



そうだよね、そういう感情を抉り取られたんだもん…簡単に伝わったら世話ないよ。さて…どうやったらヘルゲ兄さんに伝わるか。これから大変だなあ、私。


なんか、いっぱいいろんなことがあって…さすがに疲れたかも。

もう少しだけ、ただの妹のフリして甘えていいよね?


私はヘルゲ兄さんに手を握ってもらって、久しぶりの幸せすぎる睡眠に落ちた。






  


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ